同行者
元いた場所に戻ると、先程と同じ格好で横たわる二人がいた。まるで起きる気配がない。それを見て、ふと、なぜ自分が目を覚ましたのかに思い当たる。
そして、思い出す。ベチャリと顔に広がった不快感。顔面に擦り付けられたザラザラした感触と、顔に付着していた粘液・・・。そこまできて、やっとその『目覚まし』の正体に気付き、愕然とする。
「そうか、寝たまま食われる可能性もあったのか・・・」
俺は『世の中には知らないほうが幸せなこともある』という言葉を心の底から実感し、改めて命のあることを人知れず噛み締めた。
気を取り直して二人を見下ろす。とりあえず起こさなければ始まるまい。俺はまず女を起こすことにした。理由はない。単に近かっただけのことだ。
近づき改めて、女の姿を眺める。羽織ったベージュのファー付きロングコートの中は、胸の開いたブルーのドレス。キラキラのラメが光っている。完全にキャバ嬢だ。
「・・・」
甘ったるい匂いが鼻に刺さる。しかし、これでも随分薄くなっているのだろう。
「おい、大丈夫か 起きろ」
体に触れるのは躊躇われて、まずは声を掛けた。反応は無い。少し声を張ってみる。しかし起きない。俺は仕方なく肩に手を起き、揺すってみた。やはり起きない。
何度か繰り返すうちに面倒になってきて、最終的には思い切り揺すりながら叫んでいた。
「起きろ!おい!起きろ!」
「んぅ~」
やっと、女が声をあげる。意識と無意識の狭間で戦うなかで、体をくねらせる。無防備に動くので、胸元がチラチラと見え隠れし、俺は目を泳がせた。
そんな俺の些細な葛藤も知らず、むっくりと上体を起こして周りを見渡した女は、まず最初にこう言った。
「・・・え、なにこれ?」
俺を見て、そして次に周りの風景を見渡す。
続けてほぼ同じ内容の言葉を、今度はやや力を込めて言った。
「え、え!?何、ヤバくない?これ何!?」
その答えを持たない俺は、黙って首を振るしかない。
「ていうか、そもそも、誰、あんた」
女は少し先に倒れているオッサンを見ながら「あのオッサン、大丈夫?生きてるの・・・?」と、続けて問いかけてきた。俺は質問に答えず、逆に問う。
「・・・電車乗ってたの、覚えてるか?」
「? あ・・・あぁ~、乗ってた・・・乗ってたね!」
最初は難しい顔をしていたが、思い出すと同時に興奮したようにこちらを指差す。
「あんたもいたよね! ・・・そうだ、ナンか変な音して、ドカンってなって、ヤバって思って、グアッてなって・・・」
擬音が多い独り言を呟いたのち、ひねり出した答えは彼女自身の表情を暗くさせた。
「じゃ、もしかしてここって・・・天国的なヤツ?」