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その虫は、実に不思議な呪文を唱える。
似我似我似我(我に似よ)
そう唱えながら巣穴に閉じ込められた青虫は、数日の後にはその虫にそっくりの姿となって這い出してくるのである。
だからそいつはこう名づけられた……ジガバチ。
もちろん、名前の由来に関する一説でしかない。実際には毒を刺して麻痺状態にした獲物に卵を産み付けるのだ。孵った子虫は獲物を喰らって親蜂となり、巣穴から這い出す。
だが、それは呪文によって一個の虫が、分身へと変えられる様に見えなくも無かろう。
ならば俺も変わるのか? あの腰の妙に細い、黒に黄色のコントラスト美しい一匹の蜂へと……。
湊は穴の底で目を覚ました。ともかくここは暗い。
おそらく彼の体が丁度おさまる程度の砂質に閉じ込められているはずなのだが、ぼわんと曖昧な感覚では、横たわっている自分の体を感じるのがやっとだ。
「くそ! しくじった」
温暖化の影響というやつだろうか。生物が異常発達を遂げる事例はここ十数年、後を絶たない。そのための専門調査チームが組まれ、彼は大学で学んだ生物学の知識を生かそうとそれに志願した。
「だって、あれは……反則だろう」
その村が巨大昆虫によって全滅させられたと報告があったとき、いつものように鳩ほどの大きさに膨れたスズメバチか、犬ほどの大きさの蜘蛛だろうと侮ったのは手痛かった。最低限の装備しか持たない調査隊に襲い掛かったその虫は、人間ほどの大きさだったのだ。
ジガバチ
あんな間近で、つぶさに見たのは初めてだった。
密に薄毛で覆われた黒い体は全体的に細い。よくも折れないものだと感心するほど細い腰の先についた腹はつるりとして、黒と黄色のコントラストが美しい。
その腹の先に毒針が見えた……と思った時点でなぜ逃げなかったのだろう。気がついたときには腹に深々とつきたてられた毒針によって、不快な麻痺を生みつけられていた。
(他のやつらはどうしただろう)
調査隊は5人。対する蜂は八匹は居ただろうか。全滅させられたとしたら、助けなど来ないだろう。
(いや、仮に……)
助けに来る者があったとて、穴のそこに埋められた半死人をどうして見つけることが出来ようか。痺れは舌にまで回っているのだから、所在を知らせるための声さえあげられぬ。
それに、しびれた首を無理に曲げて腹の上を見れば、そこにはつるりとした象牙色の卵が置かれていた。これが孵り、子虫が体を食べつくすまでの時間は数日しかないだろう。
湊は絶望の中で、ただ無為に卵を見つめる。薄い殻を透かして、出来上がりつつある子虫の体がぐるりと動いた。そんな気がした。




