‐08‐ スカーレット
爆煙が器官に入り込み、ゴーゴンはゴホッゴホッと咳き込む。
その体は剣で斬り刻まれたかのように、裂傷からは血が流れている。ブワッと風の奔流が巻き上がったかと思うと、黒煙を切り裂く真空波のような魔法がゴーゴンを襲う。紙クズのように吹き飛ばされ、ダンッと背中を列車の壁に強打する。
激痛に歯ぎしりしながら、床に這いつくばっていると、ゴーゴンの目の前で立ち止まる足音が聴こえる。戦々恐々としながら見上げると、紅い髪の女が頭から流血しながらこちらを絶対零度の表情のまま見下ろしてくる。
「……なんだ……。……なんなんだあああ、お前の魔法は……?」
ゴーゴンは掠れ声を震わせる。
視界の隅に映ったのは、マグマのようにドロドロに溶解した拳銃だった。複数の魔法をここまで高レベルに連続使用できる魔操士を、ゴーゴンは知らない。
しかも、団長に似たような魔法特性を持っているという時点で脅威。
近づいてきた、紅い髪の女は固まった。
止めを刺されるのかと思っていたゴーゴンは、疑問に思い、視線の先を辿る。すると、複数の影が落下していくのを見た。何をやっているんだと思っていたら、その影を追うように、ジェラートが飛び降りるのを視界に捉えた。
なんで、という言葉を口に出すことはできなかった。
紅い髪の女は突風を発生させると、車窓のガラスを粉々に割る。降ってくるガラスの刃を、ゴーゴンはうわっと情けない声を上げながらも回避する。転げ回るようにしたゴーゴンを、邪魔とばかりに紅い髪の女は跳躍すると、車窓の枠に足をかける。
まさか、このまま飛び降りるつもりか。
ゴーゴンは、掌を床に置く。すると石化魔法が列車そのものを呑み込むように、侵食していく。そのまま紅い髪の女の足首まで完全に石化状態にする。何が目的かは分からないが、ジェラートの後を紅い髪の女に追わせるのは得策じゃない。
「このぉ、バケモノ女がぁあ。油断したな! これで終わりだ!」
ゴーゴンの勝ち誇った声。
嘘やハッタリではない。
ゴーゴン自身にすらこの魔法を解除できないのだ。
草木やモンスターを石化したことがあるが、それからどんなことをしても元には戻らなかった。団長にも人間相手にするのは止められていた。あまりに強大過ぎる魔法なので、その魔法は計画の時以外に使うことは許されていなかった。
出し惜しみをして勝てる相手ではないが、発動してしまえばこちらのもの。一瞬の油断をついたゴーゴンの勝利だ。そう、そのはずなのに、紅い髪の女は振り返ると、残酷なまでに鈍く光った眼光をしながら、
「……へえー、そう」
紅い髪の女の石化した足が、バキッバキッ、と内側から何か圧力がかるような不気味な音がする。
ゴーゴンは、絶対的優勢であるはずの今の戦況が、足元からガラガラと崩れるような音を聴いた気がした。