‐07‐ 爆発
魔法を極めた先には、更なる魔法が存在する。
各個人特有の魔法、といくらいっても、やはり同じ魔法を使うことには変わりない。例えば炎魔法ならば、威力の違いや、放出する炎の形状が違う程度でしか差異は生まれない。
だが、そこから独自の魔法術式を構築することによって、その人間にしか辿り着けない境地がある。本来なら他者に譲渡できるようなものではない。だが、神霊が得意としていたオリジナルの魔法を、ライオネルは受け継いでいた。
その魔法を使用したのは、つい先ほど。
ライオネルは、まずは相手が食いつきそうな話術で優男の注意を逸らすと、持っていたクロエの短剣をこれ見よがしに、ポイと線路に投げ捨てた。当然、優男は動揺する。ただでさえ、人間は物体が唐突に動くと、それを目で追う習性がある。
だからこそ、唯一の武器である短剣を目で追ってしまうのは、必然に近かった。それが、優男のように戦闘経験を積んでいる相手ならなおさら引っかかる。相手の虚をつき、ライオネルは後天的に会得した魔法を使用し、接敵した。
そうして、優男は思い込んだ。
ライオネルが《空間転移魔法》を発動させたということを。
疑心暗鬼に陥った相手ほど、相手の実力を過大評価する。どんどん悪い方向に想像を膨らませていく。今、ライオネルがどんなことをしようが、思うが侭にできる。……はずだった。
ライオネルの手からたらり、と血が流れる。
拳で激打した刹那、拳と顔面の間に剣を咄嗟にすべり込まされていた。
剣で拳をいなすことによって、芯をずらし、急所への一撃を避けていた。その一連の行動において、クロエを凌駕する戦闘センスを持っていることは明白だった。
しかも、相手の魔法がどんな種類のものかも分かっていないのだから未だに実力は未知数だ。
「キミがどこの誰であろうと、ボクの邪魔をするのなら嬲り殺すしかないね」
パキ、パキッ、と薪が炎の中で苦痛を訴えるような音が出ると、折れていた剣が再生していく。白煙を上げながら、時間が遡っているかのように綺麗に修復されていく。
もしも、相手の魔法が、時間操作系や空間支配系の魔法だった場合、最悪に近い。敵の魔法の実態がつかめない今、ライオネルは次の攻撃に踏み切れずにいた。優男も優男の方で、こちらの魔法を過大評価しちえるため、互いに迂闊な動きがとれなくなっていた。
膠着状態。
なるべく隙を見せないように、後ろにいたクロエをチラリと一瞥する。
負傷しているクロエに加勢してもらうことも考えたが、この戦場から引き離した方がいい。戦闘能力において足手纏いという意味ではなく、直前の会話から察するに、相手がクロエの元仲間であるという事実が酷だった。
戦うことを躊躇っているとしたら、単に戦闘能力が劣っているというわけではく、相手が相手で実力を発揮できていないようにも思える。もしかしら、ライオネルの時にも。
だったら、とライオネルは、列車の最後尾にいた優男に歩み寄っていく。
ここでクロエと共闘した方が、楽に勝てるのかも知れない。だが、クロエが心を摩耗させるようなことを、ライオネルはしたくない。そんなこと、絶対に認めない。それが、心だろうと身体だろうと差はない。もう、誰かが傷つく姿を見るのだけは嫌だった。
たった、それだけのこと。
どんなに言葉を綺麗に飾りたてたところで、ライオネルの行動原理は単純だった。
誰かが傷つくのを見るのは耐えられない。
そんな自己中心的な考えを持っているというだけ。
でも、だからこそ、こうやって前へと進める。
臆せず戦うことができる。
自らの目的を視界に捉えることができる。
そうした思いを抱いたまライオネルは、ゆっくりと優男に近づいていき、クロエを戦闘から引き剥がすことができた。
だがそれは結果的には、致命的な過ちだった。
ドォオオン!! と、背後から爆発音が空気を震わす。
なっ……と面喰いながらライオネルが後ろを振り返ると、強烈な爆炎が列車を舐め尽くしていた。誰が爆発させたか分からながいが、大蛇のような炎が巻き上がっているのは、後列から二番目。つまりは、クロエが先ほどまでいた場所だった。
爆風の余波を身にうけ、両腕を交差する。
斜め横に目線を落とすと、そこは断崖絶壁。
ちょうど川を挟んで、町と町の境界線を渡す橋に差し掛かっていた。ガガガ、と列車は悲鳴を上げるように進んでいく。滑走路を外れることはなかったようだが、列車の車輪が損傷を受けているようで、不穏な音がノイズのように響く。
濃煙が微かに晴れると、列車の端にクロエの姿。道化の服装が火炎の影響か黒くなっていて、意識が曖昧。ふらり、と今にも奈落の谷底へと吸い込まれていきそうだった。
くそっ、と悪態つくように吐き捨てながら、黒煙の中へ身を投じ――
「くっ」
殺気を感じたライオネルは、列車の上を転がる。嫌な予感は的中し、横に斬撃が一閃された。ライオネルの身長の三倍以上にまで伸びた長剣は、数本の金髪を斬り裂いた。
伸縮自在なのか、また扱いやすい長さの剣に戻すと、
「ずいぶんと余裕だね、《ライトニング・ウォーカー》。このボクがキミを素直に行かせるとでも?」
「……君に、その名前で呼んで欲しくないな」
「アッハハ。それ以上ボクに口答えできないよう――ボクが調教してあげるよ」
優男の相手をしている暇はない。
それに、ライオネルの魔法は多用できる類のものではない。連発して体が動かなくなってしまっては元も子もない。
だが、今は。
バッ、と優男から視線を外すと、覚悟を決めて魔法術式を発動させる。
当てられるのなら当ててみればいいと、一瞬でクロエの元にまで駆けつける。最早意識がないのか、目つきが胡乱。その状態でもこちらに気がついたのか、谷の方へ倒れこみそうになりながらも、手を伸ばしてくる。
だが、ズキンッと脳の神経が灼けきれそうな痛みが奔る。
そのせいで、手を伸ばすのが数瞬遅れた。
掴み損ねたクロエは絶望的な高さから飛び降りるかのように列車から足が完全に離れた。そのまま重力に支配された体は、川へと落下していく。
くっそ、とそれでも諦めなかったライオネルは列車の側面を蹴った反動で、クロエの体まであと少しというところまで手は近づいた。落下の負荷が体にかかる。空気の壁のようなものを感じながらも、必死で掴もうとする。腕の腱が千切そうになるまで伸ばしたが――結局、ライオネルの手が届くことはなかった。
「くっ……」
そして、二人は激流の川へ為すすべもなく落下していった。