‐04‐ 魔鉱列車
ミラの町中は、パレードのような盛況を見せていた。
蒼穹には浮上艇が飛び交っていて、紙吹雪がヒラヒラと降ってくる。
町全体が俄かに賑わっていて、ちょっとした人だかりができている。
人垣を縫うようにしてライオネルが不恰好に歩いていると、何かが足に引っかかる。
なんだろうと思って地面を見ると、何やら紙切れが一枚落ちていた。ひょいと歩行者の足に手を踏まれないように拾い上げると、ようやく騒ぎの正体が分かった。紙にはハンスマンという男の顔写真が載っていた。
「サーカスの一団が、もう来ているようですね」
スカーレットが横から口を挟む。確かに紙には、『パラダイス・ロスト』と、サーカスの名が記載してあった。
隣町までの道程。
パンの材料の仕入れのために二人並行して歩いていた。
店を閉めきり、留守番はエアリーに任せた。ご立腹ではあったが、隣町で購入できる新鮮なミルクを購入する旨を伝えると、二つ返事で了承した。現金な奴だ。
「それで、こんな騒ぎに?」
「宮廷から女王様も観にくるとの噂ですし、こうして盛り上がるのも不思議ないかと思われますが」
「……じょ、女王」
ライオネルの背筋につつぅーと嫌な汗が伝う。
随分と遠方から来るものだ。大型浮上艇を使っても数日はかかるはずなのだが、どうしてこんな辺境の田舎にまで……と、渋面を作っていたライオネルの胸中を察したのか、スカーレットは、
「ライオネル様のお顔を一目見ようと足を運びにいらしたのかも知れませんね。……ライオネル様がちゃんとお相手をなさらないから、やきもきし、ついには自ら足を運びにきたのでしょう」
「ま、まさか。そこまでして会いに来るかな、この僕に」
「そうでないと言い切れますか?」
「……そ……れ……は……」
二の句が告げない。
決して否定できないところがキツイ。
あの女王だけは苦手というか、失礼千万だがあまり積極的に関わろうとは思えない。大人しそうな顔をしていながら、妙なところで譲らない頑固さがある。
戴冠してから日が浅いためか、まだ女王としての自覚が足りない。身分の差というものを認知できていなところがある。
例えば、分を弁えた態度をライオネルが取ると、子どものように憤慨して、こちらの態度が軟化するまで駄々をこねるお姫様気質を持っている。ライオネルも立場上、女王の頼みを無下にできないのが困りものだ。
「覚悟しておいた方がよろしいかと」
一応、ジョークのつもりなのだろうか。
全く冗談には聞こえないように言うスカーレットは、手に持った2枚の乗車チケットを駅員に見せる。はい、よろしいですよー、と生返事を返す駅員を横切ると、見えてきたのは5車両構成の列車だ。車掌室の他には乗客室以外にも貨物室もある。
簡易的な駅のホームは、屋根しか遮蔽物がなく老化している。いい加減造り直した方がいいと思うのだが、この町も財政難に苦しんでいるのだろう。だからこそ、今回の女王来日の時は町の人々の懐も潤ってくれるといいのだが。
ライオネルとスカーレットは、魔鉱列車へと乗り込む。
乗客室には沢山の人間が既に乗り込んでいて、座る場所を確保するのにも一苦労だ。
この町でも浮上艇は一般開放されているのだが、乗船するために必要な経費は庶民にとってはあまりに値が張るし、隣街までの短距離を移動するのには大仰過ぎる。よって、魔鉱列車の乗車する町人が多いというわけだ。
ガコン、と音が鳴ると、列車が動き出す。予想以上に早い出発だ。
まずいな、とライオネルが思っていると、ようやく二人一緒に座れる場所を見つけることができた。しかも、流れていく景観を眺望できる窓際。よし、ここにしようと思って座り込もうとすると、視界の端に見知った顔が映る。
「ごめん、スカーレット。先に座ってて。ここで、ちょっと待ってて」
「はい、分かりました」
ライオネルは早足で通路を歩く。
発車し始めた列車の中を歩くライオネルを見て、座席に座る人間たちはなんだ、なんだと視線を投げてよこすが、いちいち鬱陶しく思う暇すら惜しい。
だが、そこでハタと思う。
スカーレットを一人きりにしていいのかと。
不安になったライオネルが、チラリと後ろを振り向くとスカーレットはキッチリと姿勢よく座り込んでいる。
良かった。素直に言うことを聞いてくれて。
と、ライオネルは安堵したが、それと同時に何故か背中に悪寒が走る。スカーレットは、ライオネルのことになると無茶をする傾向にあるので、このまま目を離して野放しにするのは得策ではないが、それよりも今は気になることがある。
不安を振り切るようにして歩調を速めると、ようやく標的に追いついた。
「君も、この列車に乗っていたんですね」
「………………!」
いきなり腕を掴まれて驚いたのか、ピエロは感電したかのように硬直する。ライオネルは、パッと手を離すと、
「どうしてそんな恰好しているのかと思っていたのですが……もしかして、サーカスの方だったんですか? それにしても、一緒の列車に乗るなんて偶然ですね。目的地はどこですか? もしよければ、同じ席に座りませんか?」
「…………なんで、ですか?」
「なんでって、理由なんてありません。なんとなくですよ。……そーですね。敢えて言葉にするならば、あなたには何か事情があるようなので、今はそれを聞いてみたいですかね」
「……事情?」
訝しげなピエロに、胡散臭い話し方で回答する。
「ええ。この先の車両には車掌室しかありません。それなのにあなたは、座席に目もくれず、一目散にここに来ました。そんな人間が、ただ列車に乗るのが目的だとは思えませんし、挙動不審ぎみに周りを見渡していましたよね。今も、そしてさきほど会った時も。……まるで、何かを恐れているかのように」
矢継ぎ早に言ったのは、反論を挟めなくするため。
自信たっぷりにハッタリをかましたのは、相手の動揺を誘うため。
核心を突かれた人間は、必ず何かしらの情報を無意識に体から発するものだ。
どんなことを企んでいるのかと、相手に気づかれないように眼球だけを動かし、挙動を探っていたが、ピエロの行動は想像の斜め上をいった。
「――邪、魔」
「うわっ」
ピエロの瞳から殺気を感じたライオネルは反射的に飛び退くと、数ミリ制服が割かれる。
一体何をされたのかと見やると、いつの間にかピエロの手には短剣が握られていた。そのようなものは持っていなかったはずだ。瞬間的な速度でピエロの装備を視認するが、武器を隠し通せる服装とは思えなかった。
そう、まるで――手品のように短剣が突如として出現したようだ。
右手ばかりに気を取られていると、いつの間にか左手にも短剣。二本の剣をモンスターの牙のように、逆手に持ちながら威嚇してくる。これ以上踏み込んでくるならば、即座に斬りかかると言外に告げているようだ。
ピエロと先刻邂逅した時から、妙な予感はしていた。だからこそこうして追いかけたのだが、こういった形で的中するとは思いもしなかった。
「あなたも追っ手ですか?」
「……追っ手?」
何について指し示しているのか分からず、諸手を上げながらライオネルは蹈鞴を踏む。
そして、わざと怯えたような表情を浮かべる。
自らを相手に矮小に思わせることによって、心理的な隙をついて情報を引き出す作戦。容易に自らが何者かに追われていることを吐露したことを鑑みても、そこまで脅威的な相手とは思えない。
ライオネルは、戦略家としてスカーレットには遥かに劣る。
だが、戦術家としてならば、彼女にも引けを取らない、実戦経験で磨かれた洞察力がライオネルにはあった。この相手ならば汲みやすい。このまま相手の言動を誘導して、情報を――
パァン、と銃声が鳴り響く。
乗客室から聞こえてきた唐突な音に、ライオネルは一瞬ピエロから視線を引き剥がしてしまった。それが、まさに命取りだった。しまった、と後悔した時には、二本の短剣を至近距離で投擲されていた。グッと歯茎に力を込め、瞬きをしないようガッと眼蓋に力を入れる。
「――とっ」
グサグサッ、とライオネルの服に短剣が突き刺さる。
裂けた頬には短剣が掠ったため、鮮血が一滴流れる。
冷や汗が喉元を滑る。
なんとか身を躱して致命傷は避けることができた。
あと少し体の動きを間違えれば体に突き刺さっていただろう。だが、恐らくそれも相手の想定内。列車の壁に深く突き刺さった短剣のせいで、咄嗟の身動きがとれない。追い打ちが来るかと身構えるが、その次の攻撃が来ない。
いつの間にか、ピエロの姿は忽然と消失していた。
ただ、外の風が入り込んでガタガタと音を立てている車窓が、ピエロの逃げ場所を告げているかのように、全開に開かれているだけだった。