‐23‐ 蘇り
甲板がギシギシと軋む。
破損部分が思いの外被害があったようで、高速で動く浮上艇はそろそろ限界に近い。ミラの町を抜けても、それでも軍の浮上艇はしつこく追尾してくる。先程から度々砲撃されているが、被弾スレスレで心臓に悪い。スピードを落とす訳にはいかないが、このままでは空中分解してもおかしくない。
嘆息をつく。
逃げきれないかもしれない。
クロエは血の滴る長剣を持ちながら、武器の散乱している中央部へと歩み寄る。そこには、ライオネルによって致命傷を与えられたハンスマンが横たわっていた。息をしていない。ギラリと刀身が鈍く光る長剣をハンスマンの頬の辺りに持っていく。
このまま突き刺したらどうなるのだろうか。
ライオネルの時のように、桶をひっくり返した時のような血が溢れ出てくるのだろうか。知的好奇心が異常に強いクロエは、長剣を耳元に近づける。刀身に映るのは、ハンスマンの死に顔。斬り払おうと――
「……何をやっているのだ」
剣先を血で濡れた手で掴まれる。
ゴギュッと、ハンスマンの死んで腐っていたような瞳が動く。ライオネルの打撃によって傷ついた体も、徐々に動きつつある。
眼の焦点が合ってくると、クロエを睨みつける。
「起こすにしても、もう少し人形らしく分別を弁えた起こし方を覚えたほうがいいな」
「――申し訳ございません」
どのような顔を作ってやればいいのか分からなかった。
どうして怒られているのかもよく理解できていなかった。
だが、なんとかハンスマンの怒りを鎮めようと、頭を下げる。クロエの心中を読んでいるのか、ハンスマンは納得いっていなさそうに、
「まあ、いい。……それよりも、《ライトニング・ウォーカー》を殺すことはできたのか?」
「はい、勿論。この手で殺しました。止めに突き落としたので、生きてはいないかと」
ならばいい、とハンスマンは唇の端を醜く歪める。
ハンスマンは、ライオネルとの戦闘などなかったかのようにやおら起き上がる。
「どうせなら、奴が死ぬ前に聞きたかったものだな。自らが護ろうとした人形に、殺された時の感想を」
ハンスマンは生命を操る。
ということは、自分の生命を操るということさえ可能だということだ。体内の血管やら魔力回路に魔力を送り込み、全身に魔法を巡らせることによって、不老不死の体を手に入れていた。
まさに、神といえる魔法。
如何なる攻撃を与えようが死ぬことはない。どれだけ時が経とうが、肉体が朽ちることない。勝負に敗北したとしても、勝利をもぎ取るまで蘇ることができる。
神というよりも、化物と称した方がいいだろうか。
今のハンスマンに勝てるものなどいないだろう。
「確かに《ライトニング・ウォーカー》、貴様は強かった。だが、どれだけ強かろうが、貴様は所詮人間の域を超えてはいない。……神霊を殺すことには成功したようだが、そこで貴様の奇跡は打ち止めだったようだ」
ハンスマンは自らに土をつけたライオネルを認めているのか、小さくなっていくミラの町を眺める。戦場で観たライオネルの戦いぶりを、クロエも少しだけ聞いた。
確かに強かったようだ。
死んでしまった今、そんなことはもう、どうでもいいことだが。
「人は神には勝てない」
ハンスマンは闇の空の下で呟いた。




