‐13‐ ジェラート
「少し見ない間に脆弱になったようだね? 《ライトニング・ウォーカー》。このボクが、そんな弱いキミを助けにきてあげたよ」
ジェラートは吐き捨てるように言う。
「……あまり信用ならない言葉だね」
「心外だなあ。ボクはキミに負けず劣らずの博愛主義者だよ。まさかキミに疑われるなんて思わなかったよ。ああ、心が痛むなあ。キミにはもっと信じて欲しいな、他人のことをさ」
「………………」
挑発めいたジェラートの態度を黙殺したまま、ライオネルは立ち上がる。
腹から流血しているが、手で押さえれば、その分つけ込まれる。隙を見せないようにしていたが、ジェラートには攻撃する素振りは今のところなかった。
「あれー。そういえば、クロエはどこに行ったのかな。……もしかして、はぐれちゃったとか? それとも喧嘩別れでもしちゃったのかな? まあ、そうだよね。会ったばかりの人間と仲良しごっこだなんて、疲れるもんねぇ」
ジェラートは悠々と歩くが、ライオネルは壁にへばりついたまま距離を取る。
「まあ。でも。クロエがもしも独りぼっちだとしたら、もしかしたら誰かに襲われているかも。あっ。勿論ボクじゃないよ、ボクじゃ。安心していいよ、ほんとうさ。なんたってボクは嘘をつくことを何より嫌っているからね。……でも、大丈夫なのかなあ、クロエを一人にして。もしかしたら、もう誰かに殺されてるかも知れないねぇ、あの裏切り者は」
「ジェラート、お前……」
平静に努め、相手の一挙手一投足を見逃さないつもりだった。
だが、簡単に挑発に乗ってしまった。
「いいねぇ、いい! 最高! その憎しみに彩られた顔、苦痛めいた表情。一度自分は助かったと思い込、そこから一気に絶望という名の海の底に沈む。アッハハハハ。いつ見ても格別だよ」
ライオネルは強張った表情を崩さない。
今にもジェラートに殴りかかり、クロエを救出する算段を脳内で打ち立てていた。まだ死んでいるとは限らない。
と思考を巡らせているライオネルを見やって、ジェラートは気味の悪い笑みを浮かべる。
「ハッ、冗談だよ。クロエのことなんて、団長の命令さえなければ正直どーだっていいんだよね。『列車に逃げ込んだクロエを捕まえる』っていうのが団長の命令。それは果たせなかったから、別にもうボクのすることなんて実際のところない。……だから、キミを使って少しばかり憂さを晴らしたかったんだよ」
全く自分が悪いとは思っていない顔で、ジェラートは話を紡ぐ。
「ほら、嘘をついて人を騙す人がいるだろ。でもそれは、ボクに言わせれば美学がない。人に嘘をつくなんて最低。クズだ。人でなしだよ。……だからボクはいつでも正直に生きている。自分の欲望にも、人に対してもね」
「………………」
ジェラートは自己陶酔しているかのように、語り続ける。
「ボクはね、嘘をつかずに人を騙すことが大好きなんだよ。ボクの言葉を信じられず、勝手に疑心暗鬼する人間を、安全圏っていう高みから眺める楽しいよ。それも、『信頼、仲間、絆は大切なんだ!』とか言う奴に限って、ボクの言葉を信じずに地獄に落ちる。それを観覧するのは痛快だよ。ふるえる。最高のショーだ」
「……それが、お前のやりたいことなのか?」
自然と、肩に力が入る。
普段の温厚なライオネルを知っているミラの町の人たちが見れば、たじろぐほどの壮絶な顔をさせながら、睨めつける。
だが、ジェラートはどこ吹く風といった様子で受け流す。
「ボクのやりたいことなんてどうだっていいんだよ。そんなものは、団長が進むべき指針を決めてくれるんだから。……そうだね、こんなのはただの趣味だよ。ボクは黙って団長の命令に従う。ただそれだけだ」
「……だったら、お前はどうしてここにいるんだ。本来なら失敗したことを真っ先に団長に知らせるべきだろ? 僕に頬を殴られたことがそんなに気に喰わなかったのか? プライドを傷つけたのか? ……いずれにしろ、君は抗っているように見える」
こちらが感情を顕にすればするほどに、ジェラートが喜ぶことは分かっていた。だが、言われっぱなしで黙っていられるほど小利口でもない。
ジェラートは、少しはカチンときたようだ。
「抗う? 何に? 理解不能。いきなり悟ったみたいな顔をされても、こっちとしては理解不能なんだよ。……ただ、その無根拠、思いつき、戯言めいた言葉。気になるね、逆に。いいよ。無礼な発言を許してあげる。聞かせなよ、キミの間違った考えを」
怒りを瞳に孕ませると、ジェラートは何もないところから剣を創造させる。
「その団長とやらの呪縛からだ。ほんんとうは、君はちゃんと自我を持っている。だからただ命令に従う現状にイライラして、その発散をしているんだろ? 分かっているからこそ、君は――
ビュン、とジェラートの持っていた長剣が投擲される。
あまりの速度に瞬きすらできないまま、グサッという肉に刺さった音とともに、ライオネルの頬に吹き出した血が、土砂降りの雨のように降りかかる。
――それは、モンスターの血液だった。
ライオネルを襲おうとした、ムカデのようなモンスターが倒れこんできた。くっ、とどかすと視界にはぞぞぞ、と這う音を立てて大量のモンスターが溢れ返っていた。
いつの間に、と蹈鞴を踏んでいると、ジェラートはいつの間にやら両手に剣を持ちながら、モンスター達の方へ向かっていく。
「ちょっと待て。ここのモンスターは……」
「そんなの知っているよ。ボクは以前ここに来たことがあるからね。……それより、キミは目障りなんだよ。どうせボクが嬲っているところを見たら、止めるんだろ。だったら、さっさとどこかに行ってくれないかな」
「ああ、ここのモンスターは殺させない」
ライオネルは、ジェラートと戦う意思を見せる。ここにいるモンスター達はただの被害者だ。大量虐殺していく惨状に見て見ぬ振りはできない。
だが、そんなライオネルをジェラートは嘲笑する。
「それで、どうするの? 抵抗の一つもせず、黙って殺されるの? 理想論を語るのはキミの勝手だけど、死んだら人間なんて肉塊。生きていれば、それだけでそいつは立派なんだよ」
ライオネルは言葉を失う。
あまりに正論だったからだ。
だがそれでも、ジェラートのやることには賛同できなかった。
「キミは確か『誰かや何かを救うのに理屈はいらない』みたいなことを口走っていたけど、だったらその逆もありなんじゃないのかな? 誰かや何かを殺すのに、一々理屈なんていらないんだよ」
ジェラートはそう言うと、狂ったように哄笑しながら、目の前のモンスター達を蹂躙していった。それを静止する言葉を絞り出すことは、ライオネルには――できなかった。




