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ライトニング・ウォーカー  作者: 魔桜
Chapter02:傀儡人形は真実を知る
13/28

‐12‐ モンスター

「……ここは」

 ベッドに寝かしつけていたクロエが目蓋をこじ開ける。

 青ざめた表情をしながら身じろぎ一つするのですら辛そうにしていたが、ライオネルが傍にいることを視認するとホッとしたように胸を撫で下ろす。

 不安を払拭させるために、ライオネルは病的なまでに白い手を優しく包み込む。触れた瞬間は驚いて手を引っ込めようとしたが、ライオネルが手にギュッと力を入れると握り返してくれた。クロエは所在無さげに周りを見渡す。

「ここは家の中だよ。誰もいないから勝手に使わせてもらってるけど、緊急事態だからだからね。この家の人もきっと許しくてくれるよ」

「私、」

 クロエは起き上がろうとする。

 やはり、無茶をさせないように手を握っていて良かったと思いながら、片方の手をクロエの肩に押し当てる。クロエは抵抗らしき抵抗もできないままベッドに寝かしつけられた。

「だめだよ、ちゃんと寝ておかないと。クロエは倒れたんだから。覚えてない?」

「私が?」

「そうだよ。だから、ちゃんと安静に寝ておかないと……」

 ライオネルは手を離すと、

「ちょっと外を見てくる。誰か、人を……。いなかったら、薬になるようなものを。……あるかどうか分からないけど」

「大丈夫。多分、風邪とかじゃないから……」

 そんなことより、と虫の鳴くようなか細い声で、

「なんだかこの村を見た時から、頭が痛くなって、なんだか見覚えのあるような……」

「見覚え?」

「うん。こんなところ来たはずがないのに、覚えが……」

 覚えがある、っていうことは、もしかしたらクロエの知っている場所。それも、記憶を失う前に訪れことのある場所なのかもしれない。

 だからこそ、こんなにも苦しんでいるのかもしれない。過去の出来事で、戦争といった凄惨とした事だとか、思い出したくないこともあるだろう。

「この村のことは気になるだろうけど、今は休んでいて……」

 それじゃあ、行ってくると踵を返したのだが、グイッと服の裾をか弱い力で引っ張られる。

「待って、ライ。……一人に……しないで」

 今にも何かに押しつぶされそうで。

 泣きそうな顔をしながらクロエは囁く。

「……傍に……いて」

「大丈夫だよ。ほんのちょっといなくなるだけだから」

 クロエの手を振りほどくことなどしない。

 ライオネルは真摯に彼女の顔を見つめたまま、ただ黙っていることしかできなかった。

 コクン、とやがてクロエが肯く。

 そして手が離れると、後ろ髪を引かれる思いで家の外に出る。

 クロエの傍にずっと居たいという想いもあったが、あそこにいたところでライオネルにできることなどない。早く体力を回復させるためにも、とにかく村人を探しださなければ話にもならない。

「……この村はどうなっているんだ」

 歩きながら、ライオネルは独りごちる。

 風土病の一種なら遺体が転がっていなければ話が合わない。

 考えに煮詰まりながら歩いていると、真っ白い建物がポツンと建っていた。

 ほかの建物とは雰囲気の異なり、村の外れ。

 しかも林の中に隠されるような場所。ライオネルのように必死で誰かを探そうと隈なく村の中を歩かなければ見つけられないようにに建てられていた。まるで、村人以外の人間から隠されているように。

「……施設?」

 ここならなにか見つかるかも知れないと思い、暗がりの建物の中に侵入していく。

 足音が妙に響く中、ゴミのようなものが床に散らばっている。ガラスや資料の束などがバラバラに散乱していて、ただ歩くのも億劫だった。

「この施設だけ随分散らかっているな」

 本棚からは本が無造作に並べられている。何かの研究所とも思えるような実験器具などがあったが、専門家ではないライオネルにはどんな用途に使われるものかも分からない。

 こんな村に一軒だけこんな建物があるのはおかしいとは思いつつ、身体を弱らせているクロエのためにもどんどん奥へと進んでいき、やがて地下へと通じる階段を見つけた。

 下から冷気を含んだ風が吹いてくる。

 ゴクリと喉を動かすと、ライオネルは足音を忍ばせながら地下へと進んでいく。階段はところどころガタがきていて、ライオネルの自重で壊れそうなぐらいに脆かった。

 そして、下へ降りていった先には、小さな部屋があった。

 また更なる闇が待っているような部屋もあったが、まずは古びた机の上に無造作に置かれている紙が気になった。

 故意に破かれているようなその紙に目を通すが、所々破れていたり、カビが生えているせいで読めない箇所があった。

 読めない部分は前後の文章から予測し、頭の中で文章を補完しながら紙を持つ。

『――被検体番号89V―00039にraiz004薬品を投与。やはり形態を喪失する前の自我が残っている。調合比率の投与量が問題かと思われるが、これ以上被検体の精神が及ぼすことになれば、兵器としての効率性を大きく損なう可能性がある。それに伴い――』 

「……これ、は」

 呻くライオネルは資料を落としかける。

 思わず机に後ろ手をつきながら、寄りかかるように体重を預ける。とぎれとぎれになっていて全文章を把握することはできないが、恐らくはこれはどこかの国に戦争を吹っ掛けるだけの兵器を作り上げるための実験報告の類のものだ。

 被検体、というものは動物かなにかの類だろうが、この村全体がグルとなってこの実験に関わっていたのだとしたらどうなるだろうか。無人であることにも説明がつく。ここに記載されてある実験が終わり、放置されているのだ。

 だが、それでも疑問が残る。

 どうして、この村を破壊しないで残してあるかということ。もしも、この実験が完成されているとしたら、もうこの村には用がないはず。それなのに残しているということは、何か理由があるのだろうか。

 だが、デメリットが多すぎる。

 何故なら、国軍がこんな実験を野放しにするはずがないからだ。いくらこんな谷底に落ちてみなければ来れないような場所であろうが、どこかの国がこの村を見つけるはずだ。

 もしかして、村を壊滅させたのは軍そのものなのだろうか。それならば、尚の事焼き払われているはずなのだが。

 そうでないとしたら、どうなる。

 物事に詰まった時には逆転の発想をすればいい。国に見つからずに、この施設が残っているということ。それすなわち、国そのものがこの施設が隠匿に力を貸しているということにならないだろうか。

「そんな訳……ない」

 突飛な考えに頭を横に振る。国がこのような実験に着手しているとしたら、まさに意図的に戦争を引き起こそうとしている証拠になる。もしもそうだとするのなら、この実験者の後ろ盾となるものが、国そのものとなる。

『――やはり、魔纏石の原石使用による肉体の異常活性制御の必要があることが示唆された。被検体番号32M―00139による実験が開始。前実験の27.001003%の制御比率の向上が見られた。だが、それでも被検体の兵器実用化は未だに不可能だと思われ、更なる実験の――』

「――魔纏石」

 魔纏石は、その固体そのものが魔力を持つ物だ。

 どのような素材なのか未だに解明できていないが、あらゆる場所で採掘されるものだ。

 浮上艇や魔鉱列車などの乗り物から剣などの兵器にも使用され、光り輝いていた石がその色を失うまで使われると、また溶解して再利用される。

 市場に出回るほとんどのものが何度も人の手に渡った魔纏石であり、使えば使うほどにその魔力は失われていく。

 だからこそ、魔纏石の採掘場を争って戦争が起こることもある。一度も使用されていない魔纏石はそれだけでかなりの価値を持っており、量にもよるが個人で売れば家の一軒を建てることも夢ではない。

 だが、五つの大国が争いを引き起こさないために、それぞれの領土にある採掘場は管理していて、一般の人間が原石を入手することは不可能に近い。

『――またもや実験が失敗した。これ以上危険を冒して、被検体を調達するのはあまりに不効率を極めることになる。これについては大きな発想の転換が求められた。被検体を使っての実験から、無から有を生む出す実験が一つの実験方法として挙げられた。つまりは、魔法転用による人間の――』

「……まさか、人間を……?」

 目を通していたライオネルは、悪魔のような記述のある紙をパサリと落とす。

 崖から景色を見下ろした時に感じるような、グラリとした不安定感。

 ――暗、転。

 一瞬ブラックアウトする。

 それ以上ライオネルが理解できるほどの情報は、その紙には記されていなかったが、ほとんどの真実が詳らかになった。

 村ぐるみで実験を行ったのではない。

 この村の村人全員が、実験台だった。

 その最悪の説を立てると、村人が一人も見当たらない説明がつく。……ついてしまったのだ。だが、こんな非人道的な実験が秘密裏にとはいえ、このような施設で行われていたということは、つまりやったのは――


 キィィとドアが開く音がする。


「……モン、スター」

 闇の中から出てきたのは、巨躯なムカデのようなモンスターだった。

 ライオネルを見下ろし、その体長を誇示するかのように地下の天井に頭を擦らせる。

 全身は体温調節のためか湿り気があって、テカテカと光沢があるのは、見ていて気分のいいものではない。見ているだけで、ゾワゾワと背中に虫が這っているかのようにむず痒くなる。

 何本もの細い手足は、それぞれに意思があるかのようにうねっている。

 口内にむくように曲がった釣り針のように尖った歯がギラリと並んでいて、もしも腕を噛まれたりすれば、引き千切れるまで離さない仕様。手足とはまた別物なのか、無数の触手のようなものが頭から口元にかけて垂れていて、常に小刻みに動く。

 眼球というものが、モンスターには見当たらない。触手は恐らく感知するようなものなのだろうか。人間の熱を感じるようなタイプならば厄介だ。物陰に隠れたとしてもすぐに見つかってしまう。

 戦う……のか。

 ライオネルは、モンスターというものは異常発生するものだとずっと思い込んでいた。

 魔力磁場が発生する場所や、汚染地域における動物の当然変異だと。だが、もしかすると今まで倒してきたモンスターは、全部……。

『――――――――』

 モンスターから、声にならない何かが発せられる。

 まるで嘆いているかのように、悲しい声で。

 瞬間、ライオネルは臨戦態勢でいたのだが解いてしまった。拳を振るう予備動作をしていたのだが、下ろしてしまった。

 それが、致命的。

 モンスターは、風きり音を鳴らしながら、猛然と突進してきた。

 戦闘態勢に入っていなかったライオネルは、横っ飛びに逃げる。そのまま部屋の隅にまでモンスターは突っ込んでいくと、部屋の一部を破壊する。パラパラとコンクリートのようなものが天井から降ってくる。このままじゃ、倒壊する恐れもある。

 瓦礫の中からのっそりとモンスターが姿を現す。

 ライオネルは攻撃に転じることができない。また避けようとするが、何かが足に絡みついて動けない。いつの間にか、足元にムカデの長い尾のようなものが巻きついていた。

「や――ば――い」

 迫ってくるモンスターに、ライオネルはなすすべもなかった。

 腹部を喰い千切られるかのような強力さで歯が肉体に食い込こんでくる。ヒビが入るほどに、強烈に硬い床に叩きつけられると、肉体が喰われるような感触を受けて悲鳴をあげる。

「……く……そっ」

 そのまま床に擦りつけられていくと、ドォン! と壁にまで圧しつけられる。土煙が晴れると、獲物を品定めするかのように触手がライオネルの身体を触ってくる。あまりにも悍ましいモンスターの行動に、それだけで吐瀉物を口から出しそうになる。

 肋骨がメキメキと軋む音が聴こえる。

 口の端から血が流れる。

 反撃しなければ、ライオネルの命すら危ない。拳を力いっぱいに握る。魔法を使う余力はある。だが、攻撃できるわけがない。殺せるわけがない。何故なら、もしかするとこのモンスターは――

 

「無様だねぇ、《ライトニング・ウォーカー》」


 モンスターの胴体から、噴水のように緑色の血が吹き出す。

 グチュリ、という不快な音を立たせるながら、モンスターを引き剥がす。ドクドクと血が流れるが、致死ではない。壁に背中を当てながら起き上がると、モンスターの身体には刃から柄まで真っ白な長剣が突き刺さっていた。

 コツッ、コツッと地下に響く足を響かせ、階段を下りてきたライオネルを救った男。それは、よりにもよって、クロエの脱退したサーカス団の副団長であり、残虐非道の、敵対していたはずの――ジェラートだった。

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