勇者の俺、魔王とパパ友になりました
ここ最近、魔王軍の攻撃はまったくなかった。
街も市場も、戦いの緊張感は薄れている。勇者として警戒してきた俺は、少しだけほっとした。しかし、なぜ平和なのかは分からない。
「……まさか、何かの罠か?」
考えすぎかもしれない。しかし、魔王を倒すなら今しかない。俺は決意を胸に、魔王城へ向かった。
城の門を蹴破ったとき、俺は世界を救う覚悟だった。仲間と出会い、別れ、雪山で凍え、砂漠で干からびかけた。何度も死にかけ、それでも進んできたのは、最後にいる“魔王”を倒すため――のはずだった。
「よく来たな、勇者よ」
玉座に座る魔王は威厳に満ちていた。黒いマント、鋭い角、赤い瞳――ここまでは完璧だ。
だが、その隣にちょこんと座る小さな影が、すべてを台無しにしていた。
「ぱぱー、このひとだれー?」
……子ども?
俺は剣を構えたまま固まった。
「うむ、紹介しよう。我が娘だ」
「いやいやいや!」
思わず素でツッコむ。魔王は眉をひそめる。
「なんだ、勇者ともあろう者が礼儀を知らぬのか」
「礼儀以前に状況がおかしいだろ! なんで魔王に娘がいるんだよ!」
「いるだろう、普通に」
普通とは何。俺の中の魔王像が音を立てて崩れていく。
娘はててて、と俺の前まで来てじっと見上げた。
「おにーさん、あそぶ?」
「いや、俺は遊びに来たんじゃなくて――」
「すまんな。今日は保育所が休みでな」
「魔王に保育所事情あるの!?」
「共働きだからな」
「誰とだよ!」
「妻だ」
「いるの!?」
完全にペースを持っていかれた。気づけば剣を下ろしていた。
「おやつの時間だぞ」
「やったー!」
娘が走っていく。魔王は慣れた手つきで菓子を並べる。
「……食うか?」
敵の本拠地でクッキーを渡される勇者がどこにいる。だが、結局俺は座ってそれをかじっていた。うまい。
「で、勇者よ。今日はどういう用件だ」
「それ聞くか普通」
「忘れたのか?」
忘れてはいない。しかし隣で楽しそうに笑う子どもを見ると、言葉が重くなる。
「……魔王を、倒しに来た」
「そうか」
あっさり頷く魔王。
「だが今は無理だな」
「即答かよ」
「育児中だ」
「理由が現実的すぎる!」
魔王は真顔で言った。
「夜泣きがな、なかなか手強い」
「知らねえよ!」
娘がジュースをこぼす。魔王が無言で拭く。その光景を見て、俺は剣を握る理由が分からなくなった。
「……相談がある」
「今度はなんだ」
「人間界の公園に行きたい」
「急にスケール下がったな」
「娘が行きたがっている」
袖を引かれる。断れなかった。
「一回だけだぞ」
「助かる」
その日から、奇妙な関係が始まった。
ーー三日後、俺は魔王と娘を連れて人間の公園にいた。魔王はフードで角を隠しているが、正直バレそうだ。
「ここが……公園か」
「変な感動するな」
娘は滑り台に一直線だった。その背中を、俺と魔王は並んで見ていた。
「平和だな」
魔王がぽつりと言う。
「こういうの守るのが勇者の仕事だからな」
「では俺は、壊す側か」
その言葉には、わずかに重さがあった。しかし魔王は肩をすくめる。
「少なくとも今は、その気はない」
娘が笑っている。その横顔は、どこからどう見ても“ただの友達”だった。
「……次も来るか?」
気づけばそう言っていた。
魔王は少し驚いてから笑った。
「ふむ……勇者、将来お前に子どもができたら、それなら本当にパパ友殿だな」
俺は固まる。
「まだ俺パパじゃねえぞ!」
魔王はくすくす笑うだけだった。
戦いは、なぜか始まらなかった。
ーーそして数年後。
俺は同じ公園にいた。腕の中には、小さな命がある。
「……マジで大変だなこれ」
泣き止まない。あのとき魔王が言っていた意味を、ようやく理解した。
「待たせたな、勇者よ」
振り返ると、いつもの二人がいた。
「おにーさん!」
少し大きくなった娘が駆け寄る。
「そのこ、だれ?」
「俺の子だ」
二人そろって固まった。
「勇者……いつの間に」
「普通に結婚しただけだよ!」
娘は興味津々で赤ん坊を覗き込む。
「さわっていい?」
「優しくな」
小さな手が触れた瞬間、赤ん坊がぴたりと泣き止んだ。
「え」
「なかよくなるの、とくい!」
得意げな顔。魔王が苦笑する。
「なるほど……これなら本当にパパ友殿だな」
娘は赤ん坊の手を引こうとする。
「ほら、あそぼ!」
「まだ無理だろ」
「すぐできるようになる」
魔王が静かに言う。その言葉に、妙な実感がこもる。
「……そうだな」
きっと、そうなる。この子も、走って、転んで、笑う。その隣に、あの子がいるかもしれない。
「勇者よ」
「なんだ」
「いずれ、我らが戦う日が来るかもしれん」
「だろうな」
否定はできない。
「そのときは」
「そのとき考えりゃいいだろ」
俺は言い切った。
魔王は一瞬黙って、それから小さく笑った。
「……やはりお前は勇者だ」
「そりゃどうも」
娘が笑う。俺の子も、つられて笑う。それを見て、俺たちは同時に目を逸らした。直視するといけない気がした。
「なあ」
「なんだ」
「次、うちの近く来るか?」
少しの間。魔王はゆっくりとうなずいた。
「ああ。それもいいな」
娘が振り返る。
「あしたもあそぶ?」
俺と魔王は顔を見合わせ、同時に答えた。
「それは無理だ」
少し遅れて笑う。
勇者と魔王。本来なら交わるはずのない関係。それでも、この公園にいる間だけは、俺たちはただのパパ友だった。
ーー数年後、魔王城と王都の間には、かつてないほど平和な空気が流れていた。
魔王が人間界との会談に臨むのも、子どもたちの笑顔を守るためだ。
「……魔王殿、あなたが突然攻めてくることはもうないのですね?」
「当然だ。人間界を攻めるより、娘の笑顔を見る方が大事だからな」
代表は驚きつつも、少しずつ表情を和らげた。
市場では魔族の作る特産品が並び、子どもたちは一緒に遊び、時には人間と魔族で運動会まで開かれるようになった。
夕暮れ、公園で砂場遊びを終えた子どもたちが手をつないで走る。
「……見ろ、人間も魔族も、こうやって仲良くできるんだ」
「ほんとな」
俺と魔王は互いに目を合わせ、うなずいた。
かつて剣を交わした敵と、今は肩を並べる仲間。世界を救う勇者も、かつての敵も、子どもたちの笑顔の前では同じように微笑むだけだった。
勇者と魔王。かつては敵同士だった二人が、今では本当に、ただのパパ友として肩を並べていた。
どうも、鱈場蟹です!
読んでいただき、ありがとうございました!
今回は勇者と魔王という、元々は敵同士の二人が「パパ友」になるという、ちょっと変わった日常を描いてみました。
剣を交える戦いも、世界を救う冒険ももちろん楽しいですが、たまにはこういう、ほのぼのした世界もいいかなと思って書きました。
勇者も魔王も、子どもと一緒にいると少しだけ“普通の人”になってしまう――そんなギャップを楽しんでもらえたら嬉しいです!
皆さんの反応を励みに、またゆるっと楽しい短編を書けたらと思います!
それでは、また物語の世界でお会いしましょう。




