第一章 貪狼星 参 瓜の蔓に茄子はならず
「親父は知っていたの?」
いろいろな意味で気持ちがぐちゃぐちゃになった私は精一杯の言葉を、のほほんとしている親父に投げる。
感情のコントロールもできず、言い方が若干きつくなる。
「は? 何が? 漫画のこと? くっだらないね~。じいちゃんが何していたなんてあんま興味ないんだよね~。そんなことに一喜一憂していたら、お前も疲れるだろ」
親父は私のコトバを一蹴する。
こういうところだ。
親父が私からの信頼をどんどん低下させる理由は。
対外的な仕事をしているときの親父は、世間的にいうところのスーパーマン。
交渉を上手くまとめ、人からも好かれ、そして、事業も完璧にこなす。
だが、家族に対しては、かなりの底辺ダメ親父。
こんな風に他人に対して、あまり興味を持たない。
それが家族だとしてもだ。
ほぼ毎日、仕事帰りに飲み歩き、休日は競馬に明け暮れる。
そして、家族との会話もそこそこに逃げるように床につく。
そんな親父を軽蔑していた。
一方で、過去の私は知らず知らずのうちに親父と同じような生活をおくっていた。
そんな親父を反面教師とし、認めたくない自分がいた。
だからこそ、じいちゃんの「意識高い」習慣を私は欲したのかもしれない。
日々の生活の改善により「意識高く生きる」ことを選択した私からすれば、親父はあまりにも痛い存在だ。
怠惰な生活から脱却した私は、もう、親父を軽視しはじめていた。
「じいちゃんは、新聞社でバリバリ働いていたんだ。そんな中、会社内で新しい事業をはじめるってんで、そっちに飛び乗ったんだよ。まあ、なんの考えがあったのか、全然わかんないけど。じいちゃんは、じいちゃんなりの考えがあったのかもしれないな。新しいこと好きなのは、お前に似ているじゃあないか」
応えること自体が、気怠いと言わんばかりの返答が投げられる。
なんという。
親父よ。もう少し、あなたは自分の父親に敬意を払うべきだ。
そしてそれを私にも課してきただろう。ちゃんとやりましょう。私は心の中でごちる。
いや違う。
私が思ったことはこっちだ。
あんなにも「しゃんとしろ」「紳士たれ」「正しくあれ」「礼節あれ」と私に説いてきた、じいちゃん。
なんと、新しいもの好きで、楽しむことに重きをおいて生きてきたとは。
たくさん話をしてきているつもりだった。
だけど、私の知らないじいちゃんがそこにいる。
そして、じいちゃんの思考や行動は、私に似ている。
どのように生き、どのように感じた人生であったのだろうか?
私の前では、気取ってスキさえも見せない完璧主義の人。
そして、私にトラウマレベルともいえる「絶対帝王学」を叩き込んだ人。
あなたは、どんな人生を生き、帝王学を子々孫々に残そうと思ったのか。
私は知りたい。
***
じいちゃんの部屋に戻ると、ゆっくりと書棚を見返す。
陽光により茶けてしまっている背表紙が多く並ぶ書棚。
昔からこの風景はまったく変わらない。
作者を五十音順に並べ、丁寧に整列する本達は、じいちゃんの性格そのものを表しているようだ。
一冊の本を取り出してみる。
本をこれまで読んでこなかった私でも知っている、名著。
幕末の日本を駆け、大政奉還を前に絶命した、ある人物の生涯を物語調に記した一冊だ。
その奥付を見る。
『この初版を「清さん」に送る』
殴り書きのようにも思えるその文字には、どこか温かみが感じられる。
「じいちゃんは、一体、なにをやっていたんだ……?」
私の中でのじいちゃん像が急に朧になっていく。
私の知っているじいちゃんは、ほんの一部だった。
なぜ私に「絶対帝王学」を授け、そして、強いてきたのか?
なぜ、あそこまで自分にも他人にも厳しく生きてきたのか?
そして、じいちゃんが、どうして人に好かれていたのか?
まったくわからなくなってしまった……。
本を書棚に戻す際、他の書籍とは大きさも新しさもまったく違う本があることに私は気付く。
「はて? こんな本、あったっけ……?」
A4版の冊子を引き抜き、題名を確認する。
「自伝作成のための近現代史(サン出版)」
(つづく)




