第6話 若木大地、大地に立つ。
視線の先には、それはそれは見事な、どこぞのご神体に祀り上げられるような、大樹がそこにあった。
瑞々しく、力強く、生命力に満ち溢れている。
葉は青々と生い茂り、そこから光の粒子をまき散らして、周囲をキラキラと黄金に輝き照らしている。
一言で表現するなら、まさに”神々しい”という表現がぴったりだ。
「うわぁ……すごい樹だなぁ……」
昔、学生時代にゼミの友人と屋久島に行ったことがあるけれど、そこでみたヤクスギに匹敵するぐらいの大きさだ。
ただ、こんなに大きいのに、表面がつるつるで若々しいのが、なんとも面白い。
感心して目の前の大樹を眺めていると、呆れたようにアカネがつぶやく。
「自画自賛って、中々できる事じゃないですよね、さすがセンパイ」
……は?
自画自賛ってどういう意味だ。
「いいえ、アカネさん。大地様は、それはもう見事な若木ですわ。ね、大地様?」
オレと同じように大樹を見上げて、感嘆の吐息を漏らすマリー。
いつの間にか、オレのすぐそばで寄り添うように立っている。
アカネの言葉の意味を考えながら、ふと真横を見た。
視界には、スリットから覗いている、マリーの美しいおみ足が迫っている。
つーーっと視線を上げていき、マリーの顔を見上げる。
優しい微笑みだ。
……アレ?
見上げる?
なんでオレがマリーを見上げているんだ?
いきなり巨大化して、大樹のオレよりさらにデカくなった?
いや一部が元々ご立派なのは知ってるけれども。
ってそうじゃなくて……
(―――は? え?)
さっきまで、どちらかというとオレの方が、二人を見下ろしていたはずだ。
しかし、今は二人に見下ろされている。
ということは―――?
オレは慌てて周囲を見渡すと、この数年間で見て来た光景との違いに、今更ながら気づいた。
この森に生まれて以来、周囲の木々をどんどんと追い越して、この辺りでいちばん大きな樹となっていたオレ。
―――なのに。
視界には、遥か見上げる巨木が立ち並んでいた。
(……これは、まさか……?)
周りが大きくなったのではなく、オレが小さくなった……?
ということは、もしかして―――目の前に見えている大樹は、まさか―――
(……これ、もしかして、オレェェエエ!?)
目の前の大樹、これがここで数年間立ち続けたオレなんだとしたら、今のオレは?
(も、もしかして、人間に戻れたのか!?)
慌てて、下を向いて、自分の身体を確かめる。
これは―――手だ。
オレは今、自分の掌を見ている。
なんだか小さいし、人間にしては色がおかしいが、とにかく手だ。
試しに、手を握ってみる。
今度は、開いてみる。
自分の、意思で、動く。
ぐーぱーぐーぱー。
(…………)
そして足だ。
オレは今、自分の足で大地に立っている。
ずっと大地に立ち続けていただろ、とかいう皮肉が聞こえる気がするが無視だ。
これはどう見ても、根っこではない。
これまた小さいし、色がおかしいが、二本の足が見える。一本の巨木じゃないぞ。
動かない根っこではなく、普通に地面を踏みしめる足で、この大地に立っているんだ!
(………マジか………や、やった……)
段々と、自分の身体を動かしているという実感が湧いてきた。
(や、やっほーーい!!)
オレは夢中で手を叩いて、足をドンドンと踏みしめ、自分の身体と大地の感触を確かめる。
(……夢じゃない、夢じゃないぞ! オレは今、大地に立っているんだぁあああ!!!)
この世界に転生して以来、ずっと渇望してきた事がついに実現したんだ!
オレは思わず、アルカトラズ島から発煙筒を焚いて脱出する、かの有名な映画のワンシーンのように、膝をついて、両の拳を天に突き出した。
……ちょっと涙出て来ちゃったよ!
オレの気持ち、わかってくれる!?
さすがに、植物になった事がある人はいないと思うが、何となく想像つくでしょ!?
「ようやく気付きましたか。まあとりあえず、おめでとうございます、センパイ。これで動けるようになりましたね―――って、何してるんですか、お遊戯ですか?」
呆れたような表情を見せるアカネ。
「おめでとうございます」とパチパチ手を叩くマリー。
対照的な二人の様子を見て、少し正気を取り戻してきた。
嬉しいのは嬉しいが、色々と、何か違和感もあるので、喜んでばかりもいられない。
「あ、いや、ん……オホン!」
咳払いで誤魔化し、改めて自分の状態を確認してみる。
まず、目線の高さだ。
思った通り、やはり低い。
これだと、5歳児程度の背丈しかない感じだ。
そして、肝心の身体だが、人間ではありえない色をしている。
全身が半透明の緑色をしていて、全体的に丸っこい。
いかにも植物っぽい。
(な、なんでこんな身体に…? 若木(植物)から若木(人間)に戻れたわけじゃないのか…!?)
頭と胴体、そして手足があるという点では、人に近いが……。
「少しは落ち着きましたか、センパイ」
オレが落ち着くまでしばらく様子を見ていたアカネが、オレの側にスーッと飛んできた。
「まあ、何にも説明しないで、センパイをアバターに送ったらどうなるかなって、ちょっと思っちゃった私が悪いんですけども」
あはは、と笑うアカネ。
「まあまあ、アカネさんたら。大地様が困ってらしてよ?」
ふふふと、微笑むマリー。
……なにこの人たちコワイんですけど!?
「まあ、おふざけはこれくらいにして、ちゃんとサポート役としての役目を果たしますね」
頼むから、ぜひそうしてくれ。
「今のセンパイは、本体である大樹から、アバターと呼ばれる化身体に意識を移した状態ですね」
(あ、アバター? あの映画とかゲームでよく見るヤツか…!)
「そういう知識が豊富だから、日本人の転生者は説明が楽だし、わりとすんなり状況を受け入れてくれるんですよね、いや助かる~!」
ではこのままどんどん説明していきますね、と言って、早口で長々とまくし立てられたが、正直情報量が多すぎてわからん。
先輩の意地として「なるほどね、うんうん」という顔で聞いてはいるが、半分も理解できていない。
とはいえ、わかった部分だけ、みんなにも共有しようと思う。
要するに、やはりオレは、日本で死んでこの世界に転生したということだ。
なぜ植物なのかというオレの切実な問いは、華麗にスルーされたが。
そして数年間放置されたのは、アカネを生み出すリソースが貯まるまで、成長しなければならなかったらしい。
今、ようやくそれが貯まって、このタイミングで出てこられたと。
(で、結局お前はいったい何なんだ? 幽霊じゃなきゃ、精霊とかそういうヤツか?)
背中に羽が生えてるしな。いかにも精霊っぽい。
「お、適当に言ってるわりには意外と近いところ突きますね。まあ、精霊と言っていいかなぁ。ノルンっていう種族みたいですね」
えらく他人事だな。自分の事じゃないのか?
「まあ、センパイに貯まってた力が少なすぎて、なんか中途半端なカタチで出て来ちゃったんです。というわけで、記憶とか能力とか、かなり欠落しちゃってるみたい?」
そうだったのか、それは悪い事をしたな―――などとはちっとも思わないが、アカネにもわからない事がたくさんある、という現状はちょっと不安だが、仕方がないな。
たしかノルンと言えば、運命を司る精霊とか女神とかなんとか、その程度の知識しかオレにはない。
しかしかなり希少な存在、そして特殊な存在だろうという事は、何となくわかる。
これからこの世界で生きていくのなら、色々と助けてくれる存在がいるというのは心強い。
それに、口が裂けても言わないが、コピーとはいえ、見知った顔がいるというのは、正直ありがたい。
「アカネさんは、大地様にとっては、なくてはならない存在。きっと、お役に立つと思いますわ」
ここで、どういう風に? と聞いても、どうせマリーはニコニコしているだけなので、もう訊かないことにしている。
(はあ、そうなんです―――そうなんだ。だってよ、アカネ?)
まだ慣れないので、敬語で話しそうになるな。
「わかってますよ、それくらい。今の私は生まれたばかりで、朱音さんに引っ張られてこんな感じですけど、時が経てば、しっかり役に立つと思いますよ?」
アカネとして、朱音とは違う、独自の自我に成長していくという事だろうか。
その際は、もう少しだけでもオレに優しくしてくれると助かるな。
ただ―――
(……それはそれで、ちょっと寂しいかな……)
アカネの事については、とりあえず、今聞いておきたい事は聞いた。
次はマリーだ。
(なあマリー、この世界の事、よかったら色々教えてくれないか)
これからこの世界で生きていくには、色々と知っておきたいことがたくさんある。
とりあえず、簡単な地理や歴史、それから魔物の事なんかを聞いておきたいところだ。
(…………?)
あれ?
オレの声が聞こえてないのか?
マリーはニコニコしているだけで、オレの質問には一切の反応がない。
(あれ? マリー? 聞こえるか?)
すぐ隣にいるのだが、聞こえなかっただろうか。
もう一度、今度は少し大きな声で話しかけてみる。
「あら、どうかしましたか、大地様?」
やはり聞こえていないのか?
さらには、身振り手振りも交えて、一生懸命に話しかけてみた。
「あらあら、うふふ、楽しそうな大地様」
何だか、その優し気な視線がなぜか痛い。
……と、ここで、衝撃の事実が、アカネの口から語られた。
「センパイ。残念なお知らせがあるんですが―――」
(なんだよ?)
「ぴっ?」
「言おう言おうと思ったけど、中々タイミングがなくて……だって一人で興奮してるし、その後は、こっちも伝えなきゃいけない事がたくさんあって、すっかり忘れてました」
(だから何が?)
「ぴぴっ?」
「センパイはいま、私以外の人と会話が出来ません」
(なに―――?)
「ぴ―――?」
「他の人からしたら、ぴっぴ、ぴっぴ言ってるだけです。だから、マリーには聞こえてませんよ、センパイの言葉」
(な、なんだとぉおおおお!?)
「ぴ、ぴぴぃいいいい!?」
こうしてオレは、自由な身体と、不自由な言葉を手に入れた。
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