第4話 アカネ
いやいやいやいや!!
待て待て待て、ちょっとだけ待ってくれ、な!?
「ちょっと待てぃーーーい!」
手元にボタンはないけど、今!超!押したい気持ちですよ!
……は?
……柏木!?
そうだよ、どこからどう見たって柏木朱音だ。
あーちょっと、いやかなり小さいけれども。
さっきまで営業行ってましたと言わんばかりのスーツ姿、しかも普通よりほんのちょっとだけスカート丈が短いのも見覚えがあるし、立ち居振る舞いも見慣れたものだ。
ただし、全てが小さい。
スーツじゃなくてドレスだったら、まさにおとぎの国の妖精さんだ。
だが、柏木に関して、オレが見間違うはずがない。
自信持って言ってる所が我ながら少々、いやかなりキモいか。
うん、自覚はあるから、そっとしておいてくれ。
毎日、一緒に足が棒になるぐらい歩き回ったり、先方に提出する提案書をああだこうだと言い合いながら、隣の席で一緒に作ったり。
……ああ、相変わらずキレーな顔―――
いやいや、そうじゃなくてさ。
あかん。
完全にテンパってしまって、何をどう考えたらいいのかわからん。
ただ、どれだけ動揺していても、これだけは聞いておかなければ。
「―――まさか、お前も…その…死んだの……か? オレ……助けられなかったってこと……か?」
文字通り決死の覚悟で飛び込んだオレの行動が、ムダだったのかと思うと、ちょっと……いやかなり凹むなぁ。
今のオレには顔はないし、声も出ないけど、きっと人間だったらかなり涙声のみっともないツラをさらしてしまっているに違いない。
そんなオレの苦悩を知る由もない目の前の柏木(仮)。
「いやー、実はそうなんですよ、私も死んじゃったんですよー、あはははは〜……ってウソウソ!冗談なんでそんな顔しないでくださいよ〜」
冗談にならない冗談をかまされ、さらに情けない顔をしていたんだろう。慌てて柏木(仮)がからかったことを謝ってきた。
この時のオレは混乱の極みにいるため、なぜ柏木(仮)がオレの顔色を見分けられたのか、気にも留めていなかった。
普通に人同士が会話してるみたいになってるけど、バグじゃないんで、そこんとこひとつよろしく頼む。
「まあ、冗談はさておき、ホンモノの柏木朱音さんは、無事に生きてると思いますね~、多分ですけど。さすがの私にもあっちの情報ないんで。すいませんね」
ちっとも悪く思ってない感じで明るくそんな話をするもんだから、一体何から突っ込めばいいのか、いまだに混乱が収まっていない。
ただ、”ホンモノの”とか”あっち”とか気になる言葉はあったが、何より「生きている」っていうひと言を聞くことができて、かなり安心した。
「そうか…オレちゃんと、アイツを助けられたんだな…よかった、ホントに……」
ホッと胸を撫で下ろしているオレを見て、柏木(仮)が目を細めている。
「……ホントにもう…センパイは…どこまでお人好しなんだか…」
優しげな瞳でオレを見つめる。
その顔は、心底安心したような、呆れたような、そんな表情だった。
そうして、少し話している内に、落ち着きも徐々に取り戻してきた。
……はて?
ではこれは、いったい全体どういう事だ?
「じゃ、じゃあお前は一体? 柏木じゃないのか?」
オレの事をセンパイと呼び、小さいとはいえ、姿形は柏木朱音そのままの存在。
うーーーん……?
「あー、センパイにもわかるように説明したいんですけど、センパイの頭で理解できるかなぁ? うーん、多分ムリそうだから、サルでもわかるように、かなり強引に簡単にまとめちゃいますね」
―――コイツ。
この話し方、そして微妙にでも何でもなく、しっかりとオレを煽るような物言い。
まさに柏木っぽい。
……まあ、そんな軽口を言っても、お互い問題ないぐらい、ホンモノとは気安い関係性を築いてきたはずだ。
現に、オレは全然不快に思っていない。
むしろ、前の世界での日常が戻ってきたような気がして、ホッとしてしまう。
「とりあえずセンパイ、死んだ時の事覚えてます?」
「へ? ……あ、ああ、まあ、あんまり思い出したくないけども。人が死んだってのにとりあえずとか雑な――まあいいや、それがどうかしたか?」
「あの時、実はセンパイがこっちの世界への転生プロセスが始まってたんですよね」
「転生プロセス?」
「そのプロセスの一部に、たまたま近くにいた、柏木朱音さんが巻き込まれたんですね。まあ、巻き込まれたと言っても、本人には何の問題も変化もないわけですが」
―――あ~、なんか死ぬときやたらと光ってて眩しいなって思ってたけど、死ぬときってそんなもんなんかなぁとか思ってたわ。
だって死んだことないし。死んだ人に聞いたことも無いし、わからんやん?
実は死ぬときって光が見えるんかとか、ぼんやりそんな事考えてた気がする。
アレがその転生プロセスとやらだった、ってことかな?
「で、私が生まれたってわけ」
―――おい。
いきなり飛び過ぎだっての。
頭がどうとか理解力がどうとか、よく言えたもんだな。
そんだけで理解できるヤツは、逆に頭がおかしいか、あらかじめ事情を知ってるかのどっちかだろ!
現に、先ほどからオレ達のやりとりをニコニコしながら眺めているマリーさんは、何やら訳知り顔をしているようにも見える。
きっと何か知ってるんだ。
「色々言いたいことはあるが、一つだけ聞かせてくれ。要するに、お前は本物の柏木朱音ではないってことだよな?」
目の前にプカプカと浮かんでいるミニ柏木に確認する。
「さっきからそう言ってるじゃないですか。相変わらずですね、センパイは」
言ってない。
そして相変わらずなのはお前の方だ。
……まあいい。
とにかく、ホンモノの柏木朱音は今も現代日本で、無事に過ごしている。
そして、なぜそうなったのか訳が分からないが、目の前の妖精みたいな柏木は、オレの記憶を元に再現した、カシワギコピーみたいなもんってことか。
きっと身体にナンバーが付いてるに違いない。キミ何番? リユニオンしちゃう?
ということは、オレの記憶、そして柏木の性格と記憶、両方を持ってるって事だろ?
……それってオレにとっては精神衛生上、非常によろしくないのでは?
だってさ、本人ではないとは言え、ほぼ本人だと言えるような存在に、オレが柏木について想っていた事が筒抜けなんだろ?
中学の頃に、当時好きだった人の名前を授業中に机にこっそり書いて、そのことを忘れて休憩時間にトイレに行って戻ってきたら、友人がそれを見つけて、それが校内に広まって、本人に知られて気まずくなって……
あの時の、いたいけな大地少年が受けたトラウマが、鮮やかに蘇る。
むしろ、その時よりもずっと恥ずかしい事が筒抜けだと思うと、身体中から汗が吹き出し、体温がカッと上がって来る……ような気がする。樹だけに。
だが幸いな事に、よくよく聞くと、どうもこのフェアリー柏木さんは、柏木朱音のすべての記憶を持ってるわけではないらしい。
あくまでメインはオレの情報を取得する時に、副次的に近くにいた柏木の情報を少し拾った程度、ということだそうだ。
顔から火が出るぐらい恥ずかしい事に変わりはないが、あまり深く考えたって仕方がないので、オレは無理やりそのことを意識の隅に追いやる事にした。
「そういうわけで、これからよろしくお願いしますね、センパイ。あ、わたしの事はアカネって呼んでもらっていいですよ」
何がそういうわけなのか全くわからないが、どうもこれからオレと一緒にいるらしい。そしてこの世界で生きていく上でのサポートをしてくれるらしい。
「よかったですね。これで堂々とアカネって呼べますよ? 実は何度もそう呼びかけてはやめるっていう意気地のない姿を晒してきたセンパイにとっては、ラッキーですね!」
……助けに、なるんだよな?
オレが必死に頭の片隅においやった事実を、わざわざ引っ張り出すような事を言いやがって。
オレの精神を攻撃しに来てるわけじゃ、ないんだよな?
◇◇
「アカネさん、でよろしいでしょうか? 私はマリーと申します。大地様に忠誠を誓う者同士として、これからどうぞよろしくお願いいたします」
アカネ登場からこっち、ずっとニコニコしているだけだったマリーさんが、こちらの様子を伺いながら、タイミングを見て柏木―――もといアカネに声をかける。
「え? うわっ!? な、なにこの超絶美人……!!?? ま、まさかセンパイ……私の知らないうちにこんな美人と……!?」
今まで傍にいたのに気付かなかったのか、声を掛けられてビクッと反応するアカネ。
何か盛大に勘違いしてるような気がするが、そうだった。
マリーさんの人化とアカネの登場という、あまりの出来事が一気に起きてしまい、もはやオレの処理能力をとっくに超えてしまっているんだが、マリーさんと話してる途中だったんだ。
確か、「どうしてずっとオレのそばにいたのに、声を掛けてくれなかったんですか」みたいな事を話してたはずだ。
「先ほどの大地様の問いに対する答えは、目の前のアカネさんです。彼女が目覚める気配を感じましたので、そろそろお話してもいい頃合いではないかと思いまして」
「ああ、アナタ……そういうことね。何年経ってるのか知らないけど、律儀なことね~。私はあなたと違って、別に忠誠を誓ってるわけじゃないんだけどなぁ」
そう言って、ジッとマリーさんを見つめるアカネ。
マリーさんも正面からその視線を受け止める。
オレが転生してからこっち、数年間もずっとそばにいてくれた事を言ってるんだろう。感謝しかないよな。
(…………?)
それにしてはちょっと……変な空気だな?
「まぁ、いいか……。味方には変わりないんだし。それにしても……」
今度は、アカネがその視線を顔からスーッと下げて行き、ある一点で止まる。
「―――うっ、これは凶悪だわ……でもセンパ……ブツブツ……私のことが……ブツブツ…」
何やら俯いてブツブツ言ってるアカネは放って置いて、オレはマリーさんとの話を続けた。
「それで、マリーさん、これからオレはどうしたらいいんでしょう?」
「どうしたら、とはどういう事でしょう?」
疑問に疑問で返されても困っちゃうが、マリーさんは何を聞かれてるのかわからないようだ。
「あの、何かやるべき事っていうか、考えなきゃいけない事、とか?」
「……はあ、やるべき事、ですか? 特にこれと言って…大地様のお好きになされればよいかと思いますわ」
顎に人差し指を当てて、首をかしげるマリーさん。
「いやまあ、そうですよね。それにやるべき事って言ったって、オレはここに突っ立ってるだけだし、出来る事と言えば、二人とお話するくらいのもんですが、あははは……」
これからの自分の行く末を思うと、乾いた笑いしか出てこない。
いやいや、今までずっと誰とも会話できずに過ごしてきた事を思うと、これでもかなりマシだと言える。
「あら、そんなことはありませんわ? だって、アカネさんもいらっしゃるし、そろそろ動けるのではないかしら?」
二人も話し相手がいるし、それにオレには、シマリスちゃんや森の愉快な仲間たちが―――って。
「へ…………?」
我ながら間抜けな声を上げてしまったが、今なんだか聞き捨てならない事を聞いた様な。
「ど、どういうことでしょうか? う、動けるって――――」
「あの、大地様。お願いがあるのですが」
思いもかけない話を聞いて動揺するオレに向かって、マリーさんが真剣な表情で居住まいを正した。
このタイミングでのお願い、ということは―――もしかして。
「な、なんでしょう……? もしかして、それを聞いたら動けるようになるんですか!?」
動けるようになるんなら、何で―――オホン、大抵の事は聞くつもりだ。さあ、どんとこい!
期待を込めた真剣な眼差しで、マリーさんを見つめるオレ。
マリーさんの表情は、真剣そのものだ。
よほど大事な話なんだろう。
―――ゴクリと、ないはずの喉が鳴る。
「……どうか、私に敬語は使わないでください。私が貴方にお仕えしているのですから、私の主様としてお振舞いくださいませ」
「…………へ?」
その話、今ですか!?
ガクッ―――と、樹齢数十年クラスの巨体を揺らしてズッコケる(気持ち的に)。
それ、きっと動けるようになる話とは関係ないですよね!?
「だって、アカネさんとはあんなに親し……ブツブツ……」
なんだか恨めしそうに、ブツブツ呟いているマリーさん。これまでのお姉さん然とした姿とのギャップがなんかカワイイな。
今はとにかく、動けるようになる話から聞きたかったが、どうも先にマリーさんの希望に沿わないと話が進まないような気がする。
ふう~っと強張っていた全身の力が抜けて、オレの顔にも笑みが戻る。
「わ、わかったよ、マリーさん。これからは普通にしゃべるようにするよ。これでいいかな?」
「マリー、です」
「うっ、わかった。マリー。これからよろしくな」
それを聞いたマリーさん、もといマリーは、満面の笑みを見せる。
前世の常識からして、ほぼ初対面の人を呼び捨てで親しげに呼ぶのには、なかなか慣れないが、先方の希望だし、頑張って慣れて行こう。
「はい。ありがとうございます。全ては、大地様の御心のままに」
跪いて深く礼をするマリー。
その顔は満足げで、話は終わった、みたいな雰囲気だ。
「……いやいやいや! もっと大事な話があったでしょう!?」
あら?何の事かしら?という感じで首をかしげるマリー。
ちょっとカワイイけども!
「いやだから、さっきの動ける話! 続きをお願いします!」
この数年、もはや諦めかけていた、自由に動き回れる身体! やっと手に入るかもしれないんだぞ!?
「まったく、何やってるのよ、もう……」
オレとマリーのやり取りを見ていたアカネが、ため息交じりに言う。
そうだ。アカネがいるからどうとか、言ってたな。
「そ、そうだ、アカネ。お前、何か知ってるのか? オレが動けるようになるとかなんとか―――」
藁にも縋る思いで、アカネを見る。
アカネはオレの方に手をかざし、何かをブツブツと唱えていた。
すると―――
【―――スキル・神授の種発動。アバター作成レベル照会―――作成開始――――成功】
頭の中で何かが聞こえたかと思うと、またオレの身体が黄金色に輝き出した。
すると、オレの意識が、何かに、引っ張られるような、感覚。
そして―――
気づいたら、オレはオレを見上げていた。
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