第9話:破壊神の土木工事
ロレンツォから金貨300枚をふんだくってから、三日が過ぎた。
当面の資金繰りは解決したが、私には新たな、そして切実な悩みがあった。
「暇だァ……」
領主館の中庭で、ガッツが大の字になって空を見上げている。
その巨体が動くたびに、手入れされた芝生がメリメリと悲鳴を上げる。
「おいアレン。次の戦はいつだ? 体が鈍っちまうぞ」
「……そう毎日、都合よく敵が攻めてくるわけないだろう」
「じゃあ酒だ。金はあるんだろ? 街で一番高い酒樽を持ってこい」
ガッツは退屈しきっていた。
戦闘狂の彼にとって、平和な日常は毒でしかない。このまま放置すれば、ストレス発散と称して街へ繰り出し、酒場で乱闘騒ぎを起こすのは目に見えている。
そうなれば、せっかく上がった領民の支持も水の泡だ。
「……どうにかして、こいつのエネルギーを『生産的』な方向に向けなければ、館が壊されるな」
私が頭を抱えていると、隣のデスクで山積みの書類と格闘していたミリアが、ペンを走らせたまま口を開いた。
「なら、彼を『北』へ送り込めばいいじゃない」
「北? あの魔の森か?」
「ええ。あそこ、地盤が硬すぎて誰も開墾できずに放置されてるでしょう? でも土壌自体は悪くないって、古い文献にあったわ」
ミリアは手を止め、インクの乾いていない書類を指差した。
「彼に開墾させなさいよ。あの馬鹿力なら、岩だろうが巨木だろうが紙切れみたいに引き裂けるわ。彼にとってはいい運動になるし、領地としては農地が増える。一石二鳥よ」
私は目から鱗が落ちる思いだった。
なるほど。その発想はなかった。
さすがは**【知略:65】。私の【知略:50】**では「どうやって暴れさせないか」という守りの思考しか出てこなかったが、彼女はそれを「利益」に変える攻めの策を出してくる。
「……素晴らしい案だ、ミリア。だが、プライドの高い彼が素直に農作業をすると思うか?」
「そこを言いくるめるのが、家老であるあなたの仕事でしょう? ほら、あなたの得意な『ハッタリ』で」
ミリアは意地悪く微笑んだ。
痛いところを突く。
だが、決断するのは私だ。
「よし、採用だ。……ミリア、お前も来い。現場監督が必要だ」
「はあ? なんで私が……」
「いいから来い。ついでに大事な話もある」
「ああん? なんだここは」
北の荒れ地に連れてこられたガッツは、不満そうに鼻を鳴らした。
目の前には、見上げるような巨木と、大人が数人がかりでも動かせないような岩石がゴロゴロと転がっている。
「特訓だと言ったな、アレン。敵はいねえようだが?」
「敵はいない。だが、お前にはここで『修行』をしてもらう」
私は内心の冷や汗を隠し、もっともらしい顔をしてガッツの前に立った。
ここからは私の仕事だ。ミリアの策を、ガッツが飲み込みやすい「餌」に加工して提供する。
「ガッツ。お前は強い。だが、その剣筋は大振りすぎる。戦場では足場が悪い場所もあるだろう。そんな時、お前の巨体は不利になる」
「……何が言いてえ」
「この荒れ地を見ろ。岩と木が邪魔でまともに歩くこともできん。……ここを『更地』にしてみろ」
私は両手を広げた。
「剣を使わずに、だ。クワとツルハシだけで、この岩を砕き、木を引っこ抜く。そうすれば、お前の足腰と体幹は鬼神の如く鍛え上げられるだろう!」
もちろん、全部デタラメだ。
だが、**【知略:20】**のガッツには、この理屈が妙に刺さったらしい。
「なるほど……。確かに、俺の剣は重すぎて足元がおろそかになる時がある」
ガッツは顎に手を当てて唸った。
「ここを更地にすりゃいいんだな? 道具は?」
「そこにある」
私が用意させた特注のツルハシ(通常の三倍の重さ)を指差すと、ガッツはそれを軽々と片手で持ち上げた。
「へっ、軽すぎてあくびが出るぜ。……見てな! 俺が伝説になるところを!」
ガッツは雄叫びを上げると、目の前の巨岩に向かってツルハシを振り下ろした。
ドゴォォォン!!
落雷のような音が響き渡り、火花が散る。
普通の人間なら手が痺れて動けなくなるところだが、ガッツの一撃は岩の中央に深々と突き刺さり、亀裂を走らせていた。
「オラオラオラァッ!!」
二撃、三撃。
**【武勇:75】**の破壊力が、ツルハシという点に集中する。
数分もしないうちに、大岩は粉々に砕け散り、砂利の山と化した。
「次は木だァ!」
ガッツはツルハシを放り投げると、今度は樹齢百年はありそうな巨木に体当たりをかまし、さらに斧を振るう。
メキメキという音と共に、巨木が悲鳴を上げて傾いていく。
「……まるで重機だな」
私はその光景を見上げながら、無意識にそんな言葉を漏らしていた。
重機。ブルドーザーやショベルカー。
この世界には存在しない、鉄の巨人の名前だ。
私には秘密がある。誰にも言っていないし、言っても狂人扱いされるだけの秘密だ。
私には、前世の記憶があるのだ。
「日本」という国で、平凡なサラリーマンとして生き、過労で死んだ記憶。
そして、暇つぶしに遊んでいた歴史シミュレーションゲームの知識。
私が他人の能力を「数値」として見ることができるのも、おそらくその影響だろう。
(ミリアの策は見事だが、この異常な効率の良さは彼女の計算すら超えているな……)
目の前で汗を散らすガッツの背中を見ながら、私は苦笑する。
ゲームならクリック一つで終わる開墾も、ここではこうして筋肉ダルマをおだてて働かせなければならない。
だが、この「目」と「知識」、そして「優秀な参謀」がいる限り、私は諦めるつもりはなかった。
「アレン様……あの方は、一体何と戦っておられるのですか?」
轟音を聞きつけ、近くの村から農民たちが恐る恐る集まってきた。
彼らは遠巻きに、巨木を引き抜くガッツを見て震えている。
「魔物……いや、土地の精霊と戦っているのだ。彼が勝てば、ここは豊かな畑になる」
「なんと! 我々のために!」
農民たちの目に、尊敬の色が宿り始めた。
ただの乱暴者だと思っていた男が、汗だくになりながら(本人は修行のつもりだが)自分たちのために土地を切り開いている。
その姿は、ある意味で神々しくさえあった。
「おーい! そこのデカブツ! どいてな!」
ガッツが叫ぶと同時に、引き抜かれた巨木がドサリと倒れた。
その振動で尻餅をついた子供たちを見て、ガッツはニヤリと笑った。
「へっ、腰抜かしてんじゃねえぞ。……おいジジイ、そこの岩が邪魔だ。どけろ」
「は、はい! すぐに!」
一人の老人が慌てて動こうとするが、岩は重すぎてピクリともしない。
見かねたガッツが、舌打ちしながら近づいてきた。
「貸せ。見てられねえ」
ガッツは老人の横から手を伸ばすと、軽々と岩を持ち上げ、放り投げた。
「す、すごい……! 神様じゃ!」
「神様なんかじゃねえ! 俺様はガッツだ! 覚えとけ!」
ぶっきらぼうに言い放つガッツだが、その顔には隠しきれない「ドヤ顔」が浮かんでいる。
そこへ、村の女たちが桶を持って駆け寄ってきた。
「ガッツ様! お水です! どうぞ!」
「あ? ……チッ、ぬるい水だな」
ガッツは文句を言いながらも、差し出された柄杓の水を一気に飲み干した。
「プハッ! ……ま、悪くねえ。もっと持ってこい」
「はいっ! すぐに!」
恐ろしいはずの巨漢が、自分たちの差し入れを受け取ってくれた。その事実に、村人たちは安堵し、そして歓声を上げた。
子供たちが恐れを知らずにガッツの足元に群がり、その太い腕にぶら下がろうとする。
「こら! 邪魔だガキ共! 踏んづけるぞ!」
「ガッツのおじちゃん、つよーい!」
「おじちゃんじゃねえ! お兄さんだ!」
ガッツは怒鳴り散らしながらも、子供たちを振り払うことはせず、むしろ一人の子供を肩に乗せて「高いだろ」と笑ってみせている。
ガッツの頭上の数値を見る。
ガッツ
【義理:38 → 40】
【野望:74 → 72】
満たされている。
戦場での殺戮ではなく、「他者からの称賛」と「己の力の誇示」によって、彼の承認欲求が満たされているのだ。
野望(不満)が下がり、この土地への愛着(義理)が上がっている。
完璧なコントロールだ。
「……悪どい顔してるわよ、アレン」
いつの間にか横に立っていたミリアが、冷ややかな視線を送ってくる。
「彼を人間の力だけで動く破城槌扱いして、農民の支持まで得ようなんて。……ロレンツォも真っ青の詐欺師ね」
「人聞きが悪いな。適材適所と言ってくれ」
私は肩をすくめた。
とりあえず、ガッツの暴走は防げた。土地も手に入る。
だが、問題はここからだ。
昼時。
ミリアが手配した大量の弁当と酒が届くと、ガッツは岩の上に腰掛け、豪快に肉にかぶりついた。
「うめぇ! やっぱ体動かした後の飯は最高だぜ!」
ガッツが上機嫌なのを確認し、私は木陰で休んでいるミリアに近づいた。
「ミリア。少し話がある」
「何? 特別ボーナスの話なら聞くけど」
「それも含めてだ。……改めて、お前に辞令を出したい」
私は懐から、あらかじめ用意していた羊皮紙を取り出した。
「今日付けで、お前を私の『筆頭秘書』兼『財務管理官』に任命する」
「……は?」
ミリアが目を丸くした。
「今まではなし崩し的に手伝わせていたが、お前の知恵と事務能力はこの領地に不可欠だ。今日の件で確信した。私一人では思いつかない策を、お前なら出せる」
私は真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「もちろん、給料は正規の額を払う。横領などの不正は絶対に許さんが、成果に応じたボーナスも約束しよう。……受けてくれるか?」
ミリアはしばらくポカンとしていたが、やがてフッと笑い、羊皮紙をひったくった。
「……悪くない条件ね。いいわ、受けてあげる。元囚人を筆頭秘書にするなんて、あんたも大概物好きね」
「人使いの荒い上司で悪かったな」
「本当よ。……でもま、退屈はしなさそうだし」
ミリアの頭上の数値を見る。
ミリア
【義理:25 → 35】
正式な役職と評価を与えられたことで、彼女の心も少しだけ定着したようだ。
これで、頭脳と筋肉、両方の手綱を握ることができた。
「さて、秘書殿。土地は開いたが、何を植える?」
私が尋ねると、ミリアは即座に答えた。
「ただの小麦や芋じゃ、ロレンツォへの返済には間に合わないわよ。もっと高く売れる『特産品』が必要だわ」
「……ああ。そう言うと思って、準備はしてある」
私は開墾されたばかりの赤土を見つめた。
ただの農作物ではダメだ。この土地ならではの、付加価値のある何か。
それを見つけるには、私の「目」と、そして「前世の知識」をもう一度、フル活用する必要がある。
「午後からは私も動く。……森の奥を探索するぞ」
ガッツが木をなぎ倒す轟音をBGMに、私は頼れる秘書と共に、次なる一手――「宝探し」へと向かう決意を固めた。




