第7話:計算外の連携プレー
「うおおおおぉっ!」
私は叫びながら剣を振り回した。
だが、現実は非情だ。私の剣はゴブリンの盾にあっさりと弾かれ、反動で手首が痺れる。
重い。剣が鉛のように重い。
【武勇:42】。
これが、私の限界だ。訓練された兵士なら一撃で倒せる雑魚相手に、私は防戦一方で息を上げている。
「アレン様! 下がってください!」
私の盾となって槍を突き出したのは、六十を過ぎた老兵のハンスだった。
彼は震える手で槍を握りしめながら、私を背に庇う。
「あんたが死んだら、誰がレオナルト様をお守りするんですか! ここは私らが……!」
「黙れ! ここで退いたら、あいつを見殺しにすることになる!」
私は脂汗を流しながら、前方を睨んだ。
ゴブリンの包囲網の中心で、ガッツが孤軍奮闘している。
全身に浅い傷を負いながらも、その大剣の勢いは衰えていない。だが、数は圧倒的だ。四方八方から突き出される槍に、少しずつ追い詰められている。
「チッ……うぜェんだよハエ共が!」
ガッツが苛立ちまぎれに大剣を振るうが、小賢しいゴブリンたちは身軽にバックステップでかわす。
彼の攻撃は単調だ。力任せの縦振りか横薙ぎのみ。**【知略:20】**の彼には、相手の動きを読んでフェイントを入れるなどという芸当はできない。
「ガッツ!」
私は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
その声に、乱戦の中のガッツがこちらを向く。
「あぁ!? ……アレン!? なんでテメェがここにいんだよ!」
彼は驚愕に目を見開き、次いで盛大に顔をしかめた。
「バカかテメェは! 弱っちいのがノコノコ出てくんじゃねえ! 足手まといだ!」
「うるさい! 約束しただろう! 『運』が尽きるまでは付き合わせると!」
私は飛んでくる石つぶてを悲鳴を上げながら避け、叫び返した。
「お前の運はまだ尽きていない! 私が来たからにはな!」
ハッタリだ。
勝算なんて欠片もない。私の周りの衛兵たちも限界寸前だ。
だが、その時だった。
ヒュンッ、ヒュンッ!
風を切る音と共に、ガッツを囲んでいたゴブリンたちの足元に矢が突き刺さった。
ただの矢ではない。先端に油を含んだ布が巻かれ、火が灯されている。
「ギャッ!?」
突然の炎に、ゴブリンたちが狼狽して隊列を乱す。
森の入り口を振り返ると、ミリアが即席の弓隊を指揮していた。
彼女は私と目が合うと、「貸し一つよ!」と言わんばかりに親指を立て、それからすぐに次の指示を飛ばす。
「第二射、用意! ……放て!」
正確無比とは言えないが、計算された「嫌な位置」への射撃。
さすがは**【知略:65】**。彼女は私が囮になって敵の注意を引きつけている間に、敵の包囲網が薄くなるポイントを見極めていたのだ。
(今だ!)
千載一遇の好機。
私は自身のステータスの低さを、知恵と声量で補うことにした。
「ガッツ! 『右』だ! 右斜め前の岩場! あそこが崩れかけている!」
「あぁ!?」
「そこをぶち壊せば、包囲が崩れる! 敵の背後を取れるぞ!」
私の指示に、ガッツは一瞬迷った表情を見せた。
彼にとって、戦場での命令など耳障りな雑音でしかない。普段なら無視して正面の敵を殴り続けていただろう。
だが、今の彼は追い詰められている。そして目の前には、自分のために死地へ飛び込んできた「バカな雇い主」がいる。
「……チッ! 外したら承知しねえぞ!」
ガッツは咆哮し、正面の敵を無視して右へと跳躍した。
そして、私が示した岩場へ向かって、渾身の力で大剣を叩きつける。
ズドンッ!!
轟音と共に岩が砕け、破片が散弾のように飛び散った。
そこに隠れていた伏兵たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
包囲網の一角が見事に崩壊した。
「っしゃアアア! 道が開いたぜェ!」
ガッツは狂喜の笑みを浮かべ、崩れた隙間から敵陣の奥深く――指揮官であるボスゴブリンの元へと雪崩れ込んだ。
こうなれば、彼の独壇場だ。
慌てて守りに入ろうとする取り巻きを、勢いそのままに薙ぎ払い、ボスゴブリンの目の前へ躍り出る。
「チェックメイトだ、豚野郎!」
銀閃一閃。
ボスゴブリンの首が、派手な装飾品ごと宙を舞った。
「キ、キェェェェ!」
指揮官を失ったゴブリンたちは、パニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていく。
あとには、返り血で真っ赤に染まったガッツと、肩で息をする私たちが残された。
「……はぁ、はぁ……」
私は泥だらけの地面にへたり込んだ。
生きてる。手足もついている。
奇跡だ。
「おい」
頭上から低い声が降ってきた。
見上げると、ガッツが私を見下ろしている。その手には、ボスゴブリンから剥ぎ取った巨大な首飾りが握られていた。
「……悪くねえ采配だったじゃねえか」
ぶっきらぼうな言葉。
だが、その顔からは先ほどまでの侮蔑の色が消え、代わりに奇妙な「納得」のようなものが浮かんでいた。
私は彼の頭上を見る。
ガッツ
【義理:32 → 38】
【野望:75 → 74】
義理は「6」上がった。「命がけで助けに来た」という事実と、「的確な指示(実はミリアのお膳立てだが)で勝たせた」という実績が、彼の中での私の評価を少しだけ変えたのだ。
そして、野望がわずかに下がった。これは「こいつの下なら、俺の夢(伝説)に近づけるかも」という、主従関係への肯定が生まれた証拠だ。
「……勘違いするなよ」
ガッツはそっぽを向きながら、ボソリと言った。
「俺は、俺が気持ちよく暴れられる場所が欲しいだけだ。……またあんな風に膳立てしてくれるなら、言うこと聞いてやらんこともない」
「ああ……約束する。次はもっと上手くやるさ」
私は引きつった笑みで答えた。
ふと横を見ると、いつの間にか近づいてきたミリアが、ゴブリンたちが落としていった武器や金目のものを手際よく回収していた。
「あーあ、ひどい泥汚れ。クリーニング代請求するからね」
そう言いながら私に手を差し伸べる彼女の数値もまた、変化していた。
ミリア
【義理:18 → 25】
「……助かったよ、ミリア」
「ふん。あんたが死んだら、誰が私の身元を保証するのよ。損得勘定の結果よ」
素直じゃないが、その手が私の泥だらけの手を力強く引き上げてくれた。
凡人の私。
脳筋のガッツ。
腹黒のミリア。
デコボコで、いつ空中分解してもおかしくないチーム。
だが、この瞬間、私たちは確かに「連携」していた。
「帰りましょう、アレン様。レオナルト様が……きっと泣いて待ってますよ」
ミリアの言葉に、私は苦笑いで頷いた。
そうだ。あの泣き虫な主君に、勝利の報告をしなければ。
こうして、エデルシュタイン領の最初の危機は去った。
だが私は知っていた。これはまだ、これから始まる地獄のような領地経営の、ほんのプロローグに過ぎないことを。




