第56話:新たな時代の幕開け
王太子テオドール殿下の声が途切れた後も、会場の熱狂は冷めやらなかった。
数百キロ離れた王都と「会話」ができる。
その事実は、これまでの距離の概念を根底から覆すものだった。
「素晴らしい……! 我が国とも是非、技術提携を!」
「この通信機があれば、辺境の防衛体制が一変するぞ!」
「エデルシュタイン子爵! 後ほど個別に商談を!」
各国の要人たちが、我先にとレオナルト様の元へ殺到する。
エリスとミリアが素早くサポートに入り、的確に捌いていく。
リコはギルバートとベルンハルトに挟まれながら、誇らしげに胸を張っていた。
「……終わったな」
私は貴賓席の隅で、その光景を眺めていた。
大成功だ。
これでエデルシュタイン領は、単なる「コーヒーの産地」から、「最先端技術の発信地」へと進化した。
「……ま、待て。話を聞いてくれ」
震える声が聞こえた。
振り返ると、ローゼンバーグ伯爵が蒼白な顔で後ずさりしていた。
その背後には、いつの間にかヴォルフガング殿とガッツが立ち塞がっている。
「伯爵。……お帰りですか?」
私はニッコリと笑って近づいた。
「ま、待てアレン殿。これは誤解だ。私は何も知らん。部下が勝手に……」
「まだ『トカゲの尻尾切り』が通用すると思っているのですか?」
私は冷ややかに告げた。
以前、エリスがやろうとした手口だ。だが、今回は状況が違う。
「貴方の工作員は全て捕らえました。そして、彼らは貴方からの『直筆の指令書』を持っていましたよ。……筆跡鑑定をするまでもありませんね」
私は懐から羊皮紙の束を取り出し、伯爵の目の前に突きつけた。
動力炉爆破の指示、見取り図、そして報酬の約束。
動かぬ証拠だ。
「……ッ!」
「これが公になれば、どうなるでしょう? 王太子の肝煎りである万博を、私欲のために爆破しようとした逆賊。……爵位剥奪どころか、極刑は免れませんね」
伯爵が膝から崩れ落ちる。
彼の頭上の数値が、ガラガラと音を立てて崩壊していくのが見えた。
ローゼンバーグ
【野望:90 → 00(絶望)】
【状態:社会的死】
「……助けてくれ。頼む、何でもする……!」
伯爵が私の足に縋り付く。
哀れなものだ。
「……アレン様」
そこへ、エリスが静かに歩み寄ってきた。
彼女は冷徹な瞳で伯爵を見下ろすと、優雅に扇子を開いた。
「ここで騒ぎになれば、万博の成功に水を差しますわ。……裏で処理しましょう」
「……どうするつもりだ?」
「彼には『隠居』していただきます。……病気療養という名目で、領地の全権を後継者(こちらの息がかかった親戚)に譲っていただきましょう」
エリスは悪魔的に微笑み、伯爵領の方角を見やった。
「ローゼンバーグ領といえば、広大な葡萄畑に肥沃な農地、それに質の良い鉄鉱石が採れる鉱山をお持ちでしたわよね?」
エリスは伯爵の返答など待たずに続けた。
「我がエデルシュタイン領は、技術と商業に特化しすぎて、食料自給や資源の確保が追いついておりませんの。……宝の持ち腐れになっている貴領の資源、有効活用させていただきますわ」
彼女は凍りつく伯爵の耳元で、甘く、冷酷に囁いた。
「ローゼンバーグ領は、我がエデルシュタイン領の『衛星都市』として、今後の発展を支える資材供給地になってもらいます。……食料も、労働力も、たっぷり提供していただきますわよ?」
「ひぃッ……!」
殺されはしない。だが、生かさず殺さず、骨の髄まで利用される。
それが、エデルシュタイン家に喧嘩を売った者の末路だ。
「連れて行け」
ガッツが伯爵の襟首を掴み、ズルズルと引きずっていく。
こうして、隣人の悪意は完全に排除された。
それから一週間。
万国博覧会は、歴史的な大成功を収めて閉幕した。
エデルシュタイン領には莫大な富と名声がもたらされ、王国内での地位は不動のものとなった。
そして、祭りの熱狂が去り、会場の撤去作業も全て完了したある日の午後。
「……ふぅ。やっと終わった」
執務室で、私は泥のように椅子に沈み込んでいた。
祭りの後の静けさ。
窓の外には、すっかり元の静かな平原に戻った会場跡地が見える。
嵐のような日々が過ぎ去り、ようやく本当の意味での日常が戻ってきたのだ。
「お疲れ様、アレン」
ミリアがコーヒーを淹れてくれた。
香り高い、最高の一杯だ。
「……あんたのおかげよ。本当に」
「よせ。……みんなが頑張ったからだ」
私はカップを受け取り、一口飲んだ。
苦味が、疲れた体に染み渡る。
久しぶりに味わう、何かに追われていない穏やかな時間。
「……アレン!」
静寂を破り、レオナルト様が飛び込んできた。
その顔は晴れやかで、以前のような頼りなさはもうない。
「王都から手紙が来たよ! テオドール殿下からだ!」
「……嫌な予感がしますね」
私が身構えると、レオナルト様は苦笑しながら手紙を開いた。
『万博の成功、おめでとう。
君たちの技術力には本当に驚かされたよ。
……つきましては、その技術を使って、王都の地下水道網を再整備してほしいんだ。リコ嬢とギルバート殿を貸してくれるかい?
あと、隣国との国境警備システムの構築も頼みたい。ヴォルフガング殿の知恵を借りたいんだ』
「……注文が多いな」
「信頼されている証拠だよ。……それに、もう一つあるんだ」
レオナルト様は、少し恥ずかしそうに言った。
「僕とエリスさんの結婚式。……王都の大聖堂で、国を挙げてやってくれるって」
「……はあ!?」
私は飛び上がった。
国葬級のパレード確定だ。また準備で死ぬほど忙しくなる。
「おめでとうございます、あなた」
エリスが入ってきて、レオナルト様に抱きつく。
ガッツとヴォルフガングも「宴会だ!」と酒樽を担いで乱入してくる。
リコとギルバートは「結婚式の演出装置を作るぞ!」と盛り上がっている。
……騒がしい。
だが、悪くない。
私は懐から胃薬を取り出し、コーヒーで流し込んだ。
「……ミリア。スケジュールを調整しろ。……最高に派手な結婚式にしてやるぞ」
「はいはい。……付き合ってあげるわよ、一生ね」
ミリアが笑う。
私もつられて笑った。
凡人の私と、義理人情の主君。そして、規格外の仲間たち。
私たちの「覇道」は、まだ終わらない。
この国を、そして世界をもっと面白くするために。
私たちの戦いは、これからも続いていくのだ。
(完)




