第54話:開幕、万国博覧会
そして、運命の日がやってきた。
エデルシュタイン万国博覧会、開幕である。
会場となった広大な敷地には、色とりどりのパビリオンが立ち並び、世界中から集まった国旗が風にはためいている。
東方の国からは鮮やかな絹織物と香辛料。
北のドワーフ王国からは、ミスリルを加工した武具や精密機械。
西のエルフの森からは、見たこともない果実や霊薬。
「すごい……。本当に、世界中が集まっているみたいだ」
メインステージの袖で、レオナルト様が緊張でガチガチになりながら呟いた。
今日の彼は、エデルシュタイン家の紋章が入った正装に身を包んでいる。
「胸を張ってくださいませ、あなた」
隣に立つエリスが、優しく彼の襟元を直した。
彼女もまた、王妃のような風格を漂わせるドレス姿だ。
「この光景を作ったのは、間違いなく貴方なのですから。……さあ、参りましょう」
「うん。……行ってくる!」
ファンファーレが鳴り響く。
レオナルト様が壇上へ進み出ると、数千の観衆から割れんばかりの拍手が送られた。
彼は深呼吸をし、そして語り始めた。
難しい言葉ではない。飾らない、彼自身の言葉で。
「ようこそ」と。そして「互いの文化を知り、共に豊かになろう」と。
**【義理:100】**の言葉は、言葉の壁を越えて人々の心に届き、会場は温かな熱気に包まれた。
「……上出来だ」
舞台裏で、私は小さく拳を握った。
表の主役はレオナルト様だ。
だが、もう一人の主役が待っている。
「エデルシュタイン技術館」。
今回の万博の目玉である、最大のパビリオンだ。
その中心に、ギルバートとベルンハルトが共同開発した「魔導通信機」が鎮座している。
透き通るような白磁のケースに、複雑怪奇な魔導回路が封入された、芸術と技術の結晶。
その横に、一人の少女が立っていた。
リコだ。
いつものボサボサ髪は綺麗に結い上げられ、仕立ての良い制服を着ている。
彼女の周りには、ドワーフの技師長や、東方の学者といった、各国の知恵者たちが集まっていた。
「……それで、この磁器が熱を遮断しているというのかね?」
「はい。従来の金属筐体では魔力干渉による熱暴走が避けられませんでしたが、ベルンハルト氏の特殊磁器を採用することで、熱伝導率を95%カットすることに成功しました」
リコは流暢な言葉で、かつ優雅な所作で解説していた。
背筋は伸び、笑顔は完璧。エリスのスパルタ教育の賜物だ。
「魔力回路の設計はギルバート氏による『多重並列式』を採用。これにより、従来の十倍の距離……王都との直接通話を可能にしています」
「なんと……!」
「理論上は可能かもしれんが、実用化したのか!?」
学者たちがどよめく。
リコは慌てることなく、手元の資料を指し示した。
「論より証拠。……のちほど行われる実演会を、楽しみにしていてくださいませ」
完璧だ。
かつては人と話すことすら苦手だった少女が、今は世界の頭脳たちを相手に堂々と渡り合っている。
**【知略:88】の天才が、【政治:82】**の交渉術(エリス直伝)を手に入れたのだ。
「……へっ。あいつ、緊張して足が震えてやがるけどな」
離れた場所から警備をしていたガッツが、ニヤリと笑った。
「まあ、合格点だろ。……さて、俺たちも仕事と行くか」
「ああ。表が晴れやかなら、裏はドブさらいだ」
私は視線を鋭くした。
会場の熱気に紛れて、ドブネズミたちが動き始めている。
ローゼンバーグ伯爵の手駒たちだ。
「クロ、位置は?」
『……第2エリア、変電施設周辺に2名。第4エリア、地下通路入り口に1名。……いずれも、作業員に変装しています』
通信機からクロの声が届く。
ギルバートが作った小型通信機の試作品だ。まだ音声は悪いが、現場での連携には十分使える。
「よし。……ガッツは第2エリアへ。ヴォルフガング殿は第4エリアをお願いします」
「了解だ。……派手にやっていいか?」
「ダメだ。お客様に気づかれないように、あくまで『スマート』に処理しろ」
「ちっ、注文の多い家老だぜ」
ガッツが人混みの中に消える。
私もまた、自身の「目」を頼りに巡回を開始した。
【Side:ガッツ】
俺は変電施設の裏手にある、関係者以外立入禁止の通路に入った。
そこには、作業着を着た二人の男が、配電盤をこじ開けようとしていた。
「おい、急げよ。本番まで時間がねえぞ」
「分かってる。……クソッ、この錠前、妙に複雑だぞ」
小細工の真っ最中ってわけか。
俺は音を立てないように……なんて器用な真似はしねえ。
堂々と、足音を立てて近づいた。
「よう。精が出るな、お前ら」
「ッ!?」
二人が弾かれたように振り返る。
俺の顔を見た瞬間、その表情が恐怖に引きつった。
「が、ガッツ……!?」
「『エデルシュタインの狂犬』か……!」
有名になったもんだ。
男たちは慌てて懐からナイフを抜いた。
「くそっ、見つかったら殺すしかねえ!」
「二人でやれば勝てる!」
殺気だって飛びかかってくる。
速い。普通の兵士なら反応できないだろうな。
だが。
「……おせェよ」
俺はあくびを噛み殺しながら、半歩踏み込んだ。
先頭の男のナイフを左手で軽く弾き、がら空きになった腹に右の拳を叩き込む。
ドゴッ!
「がはっ……!?」
男はくの字に折れ曲がり、泡を吹いて沈黙する。
手加減するのは難しいんだよな。骨までいってねえといいが。
「なっ……!?」
もう一人が怯んで足を止める。
俺はその隙を見逃さず、一気に距離を詰めた。
アレンの野郎、『スマートにやれ』とか言ってたな。
ここで殴り飛ばすと、壁を突き破っちまうかもしれねえ。
「……しゃあねえ」
俺は男の胸ぐらを掴むと、そのまま壁に押し付けた。
いわゆる『壁ドン』ってやつだ。ただし、全力の。
ズドンッ!!
「ぐ……ぅ……」
背中への衝撃で、男の意識が飛ぶ。
俺は白目を剥いた男を、ゴミ袋みたいに放り捨てた。
「……ふぅ。壁の凹みは、後でペンキでも塗って誤魔化すか」
俺は通信機のスイッチを入れた。
『こちらガッツ。……第2エリアのネズミ、掃除完了だ。……あー、ちょっと壁が凹んじまったが、見なかったことにしてくれ』
【Side:クロ】
僕は、地下通路の入り口付近にある物陰に潜んでいた。
薄暗い通路の先で、一人の男がパイプに何かを仕掛けているのが見える。
爆発物だ。
(……僕の力じゃ、あんな大男には勝てない)
正面からぶつかれば、3秒で殺される自信がある。
腕力も体力も、僕は誰よりも劣っている自覚があるから。
でも、アレン様は言った。『君にしかできない戦い方がある』と。
そして、ギルバートさんはくれた。『君みたいな非力な奴のための道具だ』と。
僕はポケットから、小さな金属球を取り出した。
ギルバートさん特製、『即効性痺れガス玉』。
(……一発勝負だ)
僕は気配を完全に消し、男の背後へと忍び寄る。
男は作業に夢中で、全く気づいていない。
距離、3メートル。
僕はガス玉を、男の足元へ転がした。
カラン……。
「ん?」
男が音に気づいて振り返る。
その瞬間、ガス玉が割れ、薄紫色の煙が噴き出した。
「なっ……!?」
男が吸い込む。
即座に咳き込み、膝をつく。
「ごほっ、ごほっ……! な、なんだ……体が……」
痺れ薬の効果だ。
でも、まだ意識がある。男は霞む目で僕を睨み、ナイフを抜こうとした。
「……くそガキ……!」
やっぱり、これだけじゃ倒せない。
僕は次の道具を取り出した。
筒状の装置。『圧縮空気式・粘着ネット発射機』。
「……おやすみなさい」
僕は引き金を引いた。
パスン! という軽い音と共に、網が飛び出し、動けない男を絡め取る。
「う、うわぁっ!?」
男は網に絡まり、芋虫のように転がった。
粘着液が動きを封じ、さらには口まで塞いでいく。
もがけばもがくほど絡まる網の中で、男はついに抵抗を諦め、痺れ薬の効果で深い眠りに落ちていった。
「……ふぅ」
僕は安堵のため息をつき、通信機を取り出した。
『こちらクロ。地下通路の侵入者、確保しました。……ギルバートさんの道具、すごいです』
僕は自分の手を見つめた。
力はなくても、戦える。
守ることができる。
【Side:アレン】
通信機から次々と報告が入る。
ローゼンバーグ伯爵が放った工作員たちは、何もできずに無力化されていく。
「……ふぅ。これで全頭確保か」
私は安堵の息を吐いた。
ヴォルフガング殿も別エリアの工作員を制圧したようだ。
これで、会場の安全は確保された。
だが、まだ終わりではない。
この一連の工作を命じた黒幕――ローゼンバーグ伯爵自身に、引導を渡さなければならない。
「さて……。メインイベントの時間だ」
会場の中央ステージでは、いよいよ「魔導通信機」の公開実験が始まろうとしていた。
私は服の埃を払い、伯爵が待つ貴賓席へと足を向けた。
最高に皮肉な「特等席」へ案内するために。




