第53話:各国の賓客と、蠢く悪意
万国博覧会の開催前日。
エデルシュタイン領は、かつてない熱気と国際色に包まれていた。
「おい見ろよ! あれがドワーフ族か! 背は低いがすげえ筋肉だ!」
「あっちにはエルフの商隊がいるぞ! なんて美しいんだ……」
街道は各国の衣装をまとった人々で溢れ返っている。
東方の絹商人、北方の毛皮商人、そして西方の技術者集団。
世界中の「富」と「技術」が、この片田舎の領地に集結しているのだ。
「……壮観ですね」
領主館のテラスからその光景を見下ろし、レオナルト様が感嘆の声を漏らした。
その隣には、完璧な正装に身を包んだエリスが並んでいる。
「ええ。これだけの規模の国際行事を取り仕切るなど、王都でもそうそうありませんわ。……成功すれば、貴方様の名声は不動のものとなります」
「失敗すれば、国の恥ですけどね」
私が釘を刺すと、レオナルト様は「アレン、怖いこと言わないでよぉ」と泣きそうな顔をした。
だが、事実は事実だ。
これだけの賓客を招いておいて、もしテロや不祥事が起きれば、エデルシュタイン家の信用は地に落ちる。
「警備体制は万全か?」
「ああ。ガッツとヴォルフガング殿が、主要なポイントに兵を配置している。怪しい動きがあれば即座に叩き出す手はずだ」
私は手元のリストを確認した。
招待客の中には、要注意人物も含まれている。
その筆頭が、今まさに到着しようとしている男だ。
「……来ましたわね。疫病神が」
エリスが扇子で口元を隠し、冷ややかな視線を向けた先。
豪華絢爛な馬車が、領主館の車寄せに滑り込んできた。
扉が開き、太った男が降りてくる。
派手な宝石をジャラジャラと身につけ、慇懃無礼な笑みを浮かべた男。
隣領の主、ローゼンバーグ伯爵だ。
「やあやあ! エデルシュタイン子爵! この度は万博の開催、誠におめでとうございます!」
伯爵は大げさな身振りで近づいてきた。
レオナルト様が緊張した面持ちで出迎える。
「ようこそお越しくださいました、ローゼンバーグ伯爵。……遠路はるばる、感謝いたします」
「なに、隣人のよしみです。……それにしても、随分と立派な会場を作られましたな。成り上がりの……おっと失礼、新興の貴族にしては上出来ですぞ」
言葉の端々に棘がある。
私はすかさず「目」を凝らした。
ローゼンバーグ
【統率:60 武勇:40 知略:80 政治:85】
【義理:20 野望:90】
数値だけ見れば優秀な政治家だ。だが、その下に浮かぶ情報が、彼の本性を暴露していた。
【特性:嫉妬の炎】
【詳細:他者の成功を許さない歪んだプライド。特に、格下だと思っている相手が自分より評価されることに激しい憎悪を抱く】
(……真っ黒だな)
やはり、昨日のボヤ騒ぎの黒幕はこの男だ。
レオナルト様が王太子の側近No.2として重用されていることが、許せなくてたまらないのだろう。
「伯爵。……本日は、素晴らしい『贈り物』をお持ちしましたよ」
ローゼンバーグ伯爵は、従者に合図をした。
運び込まれてきたのは、巨大な樽が十数個。
「これは我が領特産の最高級ワインです。前夜祭の乾杯に、ぜひ使っていただきたい」
「まあ、それはご丁寧に……」
レオナルト様が純粋に感謝しようとする。
私は一歩前に出て、恭しく一礼した。
「感謝いたします、伯爵。……貴重な品をいただき、恐悦至極に存じます」
私は笑顔を貼り付けたまま、控えていた使用人たちに目配せをした。
「さあ、すぐにお運びしろ。温度管理が整った地下貯蔵庫へな。……大切に保管させていただく」
使用人たちが樽を運び出す。
その際、私はさりげなく樽の一つに手を触れ、中身を「鑑定」した。
【名称:高級ワイン(に見せかけた酢)】
【状態:劣化、酸化】
(……やりやがったな)
中身はただの腐ったワインだ。
これを前夜祭で振る舞えば、エデルシュタイン家は「来賓に酢を出した恥知らず」として世界の笑い者になる。
伯爵は、レオナルト様が恥をかく瞬間を特等席で眺めるつもりなのだろう。
「……ふふ。楽しみにしておりますぞ、子爵。乾杯の席には、ぜひ私も同席させていただきたい」
伯爵がニヤリと笑う。
私は内心で舌打ちをしながらも、完璧な笑顔で応じた。
「ええ。……ですが伯爵、大変申し上げにくいのですが」
私は声を潜め、困ったように眉を下げた。
「これほどの年代物となりますと、長旅の振動で『澱』が舞ってしまっている恐れがあります。今夜開栓しては、本来の味わいを損ねてしまうかと」
「む……?」
「ワイン通の伯爵からの贈り物を、万全ではない状態で供するなど、家老として許されません。……数日は静置し、落ち着かせてから、改めて最高の状態で振る舞わせていただきます」
私は使用人たちに「丁重に、決して揺らさぬよう運べ」と厳しく指示を出した。
あくまで「ワインの価値を理解しているからこその配慮」という建前だ。これなら伯爵も「今すぐ飲め」とは言えない。
「……ふん。田舎者にしては、多少は分かっているようだな」
伯爵は鼻を鳴らし、不機嫌そうに手を振った。
小手調べの嫌がらせは、大人の対応で受け流した。だが、本命はこれからだ。
その夜。
領主館の影で、クロが音もなく私の前に現れた。
「アレン様。……掴みました」
「報告しろ」
クロは一枚の羊皮紙を差し出した。
それは、伯爵が配下の工作員に宛てた指令書(の写し)だった。
「狙いは明日のメインイベント……『魔導通信機』の発表会です」
クロが淡々と告げる。
「発表の瞬間、会場の地下にある動力パイプを爆破し、通信機への魔力供給を暴走させる計画です。……成功すれば、通信機は爆発。壇上のギルバート様やリコ様、そして最前列の賓客たちが巻き込まれます」
「……ッ!」
私は戦慄した。
ただの失敗に見せかけるつもりはない。
大惨事を引き起こし、エデルシュタイン領を「危険な技術を制御できなかった愚か者」として葬り去るつもりだ。
「実行犯の潜伏場所は?」
「会場地下の整備用通路に、すでに手引きされて入り込んでいます。……伯爵の私兵団から選抜された、爆破工作のプロが3名」
「……分かった」
私は指令書を握りしめた。
許せない。
ギルバートとベルンハルトが魂を削って作り上げ、リコが必死に準備してきた晴れ舞台を、こんなくだらない嫉妬で汚されてたまるか。
「……アレン。どうするの?」
いつの間にか、背後にミリアが立っていた。
彼女の目は、冷徹な怒りに燃えている。
「止めさせる? 今すぐ突入して」
「いや。……それだけじゃ足りない」
私は首を振った。
未遂で捕まえても、「勝手に入り込んだ泥棒だ」としらばっくれられるだけだ。
伯爵に痛手を与え、二度と手出しできないようにするには、もっと決定的な「失態」を晒させる必要がある。
「……逆に利用するぞ」
私はニヤリと笑った。
「奴らの計画を逆手に取り、最高の『ショー』の一部にしてやる。……伯爵には、特等席で絶望してもらうとな」
私はミリアとクロに指示を出した。
そして、工房に籠もっているあの「最強の職人コンビ」にも協力を仰ぐことにした。
悪意には、技術と知恵で倍返しだ。
万博前夜。
私たちの最後の仕込みが始まった。




