第51話:工房の出会いと、化学反応
ベルンハルトを連れ帰ってから数日後。
領主館の裏手、静かな林の中に新設された工房には、早くも熱気が満ちていた。
「……いい土だ。粘り気といい、粒子の細かさといい、文句ねえ」
ベルンハルトは、運び込まれた大量の土を指先で愛おしそうに捏ねていた。
ろくろに向かうその背中は、近寄りがたいほどの集中力を放っている。
私とレオナルト様は、邪魔をしないように離れた場所からその様子を見守っていた。
「すごいね……。ただの土の塊が、あんなに綺麗な形になるなんて」
レオナルト様が感嘆のため息をつく。
ベルンハルトの手の中で、土はまるで生き物のように形を変え、薄く、滑らかな曲線を描く器へと姿を変えていく。
一切の迷いがない。
**【武勇:40】**という、老人にしては高い数値は、全てこの指先のコントロールに使われているのだろう。
「ふん。……道具は揃った。約束通り、最高の仕事をしてやるよ」
ベルンハルトは手を止めずに、ぶっきらぼうに言った。
その横には、すでに焼きあがった試作品が並べられている。
透き通るような白磁の皿。光にかざせば向こう側が透けて見えそうなほど薄く、しかし指で弾けば金属のような澄んだ音が鳴る。
「美しい……。これなら、王都の貴族たちも黙りませんよ」
私が評価すると、ベルンハルトは鼻で笑った。
「貴族なんぞどうでもいい。……俺はただ、俺が納得できるもんを作るだけだ」
相変わらずの職人気質だ。
だが、その瞳は以前よりも生き生きとしている。自分の技術を理解し、環境を整えてくれたレオナルト様への**【義理:88】**が、仕事への情熱として還元されているのだ。
その時。
工房の入り口が静かに開かれ、油の匂いを漂わせた男が入ってきた。
ギルバートだ。
髪はボサボサ、作業着は油まみれ。手にはスパナと図面を握りしめている。
後ろには、彼の助手としてこき使われているリコが、興味深そうに周囲を見回しながらついてきていた。
「……誰だ」
ベルンハルトが手を止めずに問う。
「ギルバートだ。ここの技術主任をやってる。……邪魔するつもりはねえが、新しい『設備』が入ったと聞いてな」
ギルバートはぶっきらぼうだが、その視線は真剣そのものだ。
彼は工房内を見回し、温度管理された窯や、整然と並べられた道具類を見て、小さく唸った。
「……いい仕事場だ。無駄がねえ。それに、あの窯の排気構造……熱効率を計算し尽くしてやがる」
ギルバートは、ベルンハルトの背中に向かって声をかけた。
「あんたがベルンハルトさんか。……噂は聞いてる。鉄を扱う俺とは畑違いだが、その手つき……ただの職人じゃねえな」
そこには、同じ「モノづくり」に生きる者としての、明確なリスペクトがあった。
ベルンハルトもそれを感じ取ったのか、ろくろを回す手を止め、ゆっくりと振り返った。
「……フン。油臭い若造かと思ったが、道具を見る目はあるようだな」
二人の視線が交差する。
張り詰めた空気。だが、それは敵対的なものではなく、互いの力量を測り合う達人同士のそれだ。
ギルバートはズカズカと踏み込み、作業台の上の磁器を手に取った。
乱暴に見えて、その指先は驚くほど繊細に扱っている。
「……ほう」
ギルバートの目が変わった。
彼は持っていた磁器を光にかざし、指で弾き、さらには懐から取り出したノギス(測定器)で厚みを測り始めた。
「……歪みがねえ。ミクロン単位で均一だ」
ギルバートが呟く。
先ほどまでの冷静さは消え、技術者としての鋭い眼光と、隠しきれない興奮が滲み出ている。
「それに、この質感……。ただの焼き物じゃねえな。高温で焼成することで、ガラス質が結晶化してるのか?」
「……分かるのか?」
ベルンハルトが目を見開いた。
「ああ。俺は鉄専門だがな、素材を見る目には自信がある。……こいつは、鉄よりも硬ぇ。それに……」
ギルバートは磁器の表面を親指で擦った。
「熱を通さねえな。それに、魔力も弾く。……完全な絶縁体だ」
「……!」
私はハッとした。
絶縁体。それは、前世の知識にある「電気を通さない物質」のことだ。
この世界では「魔力干渉を防ぐ物質」として扱われることが多い。
「おい、ベルンハルトさんよ。……この土で、俺の注文通りの形を作れるか?」
ギルバートは懐から、複雑な形状をした図面を取り出し、作業台に広げた。
それは、彼が開発中の「魔導通信機」の心臓部――魔力増幅回路を収めるケースの設計図だった。
「……なんだこれは。歪な形だな」
「美しさは二の次だ! 問題は機能だ!」
ギルバートが熱っぽく語りだす。
「今作ってる通信機は、魔力の出力が高すぎて、普通の金属ケースじゃ熱で溶けちまうんだ! かといって木じゃ燃える! ……だが、あんたの焼くこの磁器なら耐えられる!」
ギルバートはベルンハルトに詰め寄った。
「鉄より硬く、熱に強く、魔力を通さない器! ……それを作れるのは、この世であんただけだ!」
熱烈なラブコール。
いや、技術者同士の魂の共鳴だ。
ベルンハルトは図面をじっと見つめ、そしてギルバートの油まみれの手を見た。
「……フン。鉄屑いじりの分際で、人使いが荒いな」
ベルンハルトの口元が、ニヤリと歪んだ。
「いいだろう。……ただし! 俺の器は、中に入れるモンが半端だと割れるぞ? お前の作った回路とやらが、俺の器に見合うだけの代物なんだろうな?」
「ハッ! 愚問だ! 俺の発明は世界を変えるんだよ!」
二人の視線がバチバチと火花を散らす。
だが、そこには互いへの強烈な信頼が生まれていた。
「……決まりですね」
リコが眼鏡をクイッと上げ、冷静に分析した。
「ギルバートさんの『魔導工学』と、ベルンハルトさんの『素材工学』。この二つが融合すれば、開発中の通信機は理論値で300%の性能向上が見込めます」
「300%……!」
レオナルト様が目を輝かせる。
「すごいよ、アレン! ……僕、ワクワクしてきた!」
「ええ。……最強のコンビの誕生ですね」
私は安堵の息を吐いた。
偏屈と偏屈。
混ぜるな危険の組み合わせかと思ったが、どうやら最高の「化学反応」を起こしてくれたようだ。
「おい若造! リコ! 手伝え! 今すぐ試作に取り掛かるぞ!」
「ああん? 俺の工房で勝手に仕切るな! 土が乾くだろうが!」
早速怒鳴り合いながら作業を始める二人。
その背中は、まるで長年の相棒のように息が合っていた。
万国博覧会まで、あと半年。
この小さな工房から、世界を驚愕させる「革命」が生まれようとしていた。




