第50話:貴族の嗜みと、芸術家のスカウト
万国博覧会の開催決定から数日。
領主館の会議室では、早くも準備に向けた熱い議論が交わされていた。
「ギルバートの発明品をメインにするのは賛成です。……ですが、それだけでは足りません」
エリスが扇子を閉じ、テーブルを叩いた。
「技術力だけでは、他国は『便利な道具屋』としか見てくれませんわ。一流の貴族として、そして王国の顔として認めさせるには……『芸術』が必要です」
「芸術、ですか?」
「ええ。優れた芸術家を保護し、その作品を世に送り出すこと。それが貴族の嗜みであり、文化的な国力の証明になります」
エリスは力説する。
確かに、前世の知識でも「文化的な勝利」は重要だった。軍事力や経済力だけでなく、文化の発信地となることで得られる尊敬と影響力は計り知れない。
飾って美しさを誇り、見る者を圧倒する権威の象徴。それこそが貴族社会における「正解」だ。
「心当たりはあるのか?」
私が尋ねると、エリスは一枚の羊皮紙を取り出した。
「ベルンハルト。……かつて王都で『神の器』と呼ばれた伝説の陶芸家です」
「ああ、聞いたことがある。確か、貴族たちの注文が気に入らないと言って、姿を消したとか」
「はい。現在は人里離れた山奥に工房を構え、隠遁生活を送っているそうです。……彼を招聘できれば、エデルシュタイン領の文化レベルは一気に跳ね上がりますわ」
伝説の陶芸家。
響きはいい。だが、気難しい職人であることは想像に難くない。
ギルバート(知略78の偏屈発明家)の再来か。胃が痛くなりそうだ。
「……僕、行ってくるよ」
レオナルト様が手を挙げた。
「芸術のことはよく分からないけど、その人が作るお皿やカップを見てみたいんだ。エリスさんの言う『飾るための美しさ』も大切だと思う。でも……僕たちの領地は、みんなが汗を流して働いている場所だろ?」
レオナルト様は少し考え込むように視線を巡らせ、そして言った。
「だから、遠くから眺めるだけの宝物じゃなくて、毎日触れて、使うたびに嬉しくなるような……そういう『いいもの』を、みんなに使ってもらいたいんだ」
純粋な動機だ。
「箔をつけるため」という計算高いエリスとは対照的だが、この人には不思議と職人を惹きつける何かがある。
「分かりました。では、私とレオナルト様で向かいましょう。……エリス嬢とミリアは、引き続き会場の選定を頼みます」
こうして、私たちは伝説の職人を求めて、西の山岳地帯へと向かった。
険しい山道を馬車で揺られること半日。
切り立った崖の上に、粗末な小屋と、登り窯の煙突が見えてきた。
「……ここか」
小屋の周りには、無造作に割られた陶器の破片が山積みになっている。
失敗作だろうか。素人目にはどこが悪いのか分からないほど美しい破片ばかりだ。
「ごめんください! エデルシュタイン子爵、レオナルトです!」
レオナルト様が声をかけると、小屋の中から薄汚れた作業着を着た老人が出てきた。
白髪交じりの髪を後ろで縛り、手は土で汚れている。だが、その瞳だけは窯の炎のようにギラギラと燃えていた。
「……子爵? 貴族がこんな汚い場所に何の用だ」
ベルンハルトだ。
私はすかさず「目」を凝らした。
ベルンハルト
【統率:10 武勇:40 知略:75 政治:05】
【義理:88 野望:20】
(……おお)
進化した私の目に、新たな情報が浮かび上がる。
【特性:神の手(陶芸)】
【詳細:土の声を聴き、理想の形を具現化する至高の技術。ただし、納得いかない作品は即座に破壊する完璧主義者】
本物だ。
**【知略:75】**は伊達ではない。ただの手先が器用な職人ではなく、土の配合や焼成温度を科学的に計算し尽くす「求道者」の数値だ。
「初めまして、ベルンハルト殿。……今日は貴殿に、我が領地への移住をお願いしに参りました」
「断る」
即答だった。
ベルンハルトは私を一瞥もしない。
「俺は貴族の道楽に付き合う気はねえ。金ピカの飾り皿だの、飾り棚に置く壺だの……あんな『死んだ器』を作るのは御免だ」
「死んだ器?」
「ああ。使われてこその道具だ。飾っておくだけなら石ころでいい」
彼は足元の破片を蹴飛ばした。
「俺が作りたいのは、生活の中で息づく『生きた器』だ。……だが、それを理解できる貴族はいねえ。どいつもこいつも、形や絵柄の派手さばかりを求めやがる」
頑固だ。
だが、その主張には一本筋が通っている。
**【義理:88】**という高い数値は、人に対してではなく「自分の仕事(陶芸)」に対する誠実さを示しているのだろう。
「……お引き取り願おうか。俺は今、窯の温度管理で忙しいんだ」
ベルンハルトは背を向け、小屋に戻ろうとした。
説得は失敗か。私が次の言葉を探して焦った時、レオナルト様が動いた。
彼は積み上げられた「失敗作」の山に歩み寄り、その中から一枚の皿を拾い上げた。
少し歪みがあり、釉薬の色ムラがある、素朴な深皿だ。
「……これ、いいなぁ」
レオナルト様は、その皿を愛おしそうに両手で包み込んだ。
「おい、勝手に触るな! それは失敗作だ!」
ベルンハルトが足を止め、怒声を上げる。
だが、レオナルト様は驚いた様子もなく、ただじっとその皿を見つめ続けていた。
「失敗作? ……そうかなあ」
レオナルト様は首を傾げ、皿の縁を親指でそっと撫でた。
「でも、すごく手に馴染むよ。……この厚みといい、重さといい、なんだかホッとする」
「……当たり前だ。そいつは飾るために薄く削り込んだもんじゃねえ。……飯を食うために挽いたもんだからな」
ベルンハルトが少しだけ気圧されたように答える。
「やっぱり。……これ、スープを入れたら美味しいだろうなぁ」
レオナルト様は独り言のように呟き、ベルンハルトの方を向いた。
「ベルンハルトさん。貴族の飾り棚は確かに華やかかもしれない。でも、僕が作りたいのは、そういう場所じゃないんだ」
「……あ?」
「冬の寒い朝、仕事に行く前の農民たちが、このお皿で湯気の立つスープを飲んで『さあ、今日も頑張るか』って思えるような……そういう食卓を作りたいんだ」
彼は皿を胸に抱きしめた。
「この歪みも、色ムラも、失敗なんかじゃないよ。……人の手で作られた温もりだ。冷たい宝石よりも、僕はずっと綺麗だと思う」
計算ではない。
レオナルト様は本気でそう思っているのだ。
芸術的価値や希少性ではなく、「使う人」の幸せを思い浮かべている。
ベルンハルトは、無言でレオナルト様を見つめていた。
その瞳の奥で、職人としての矜持と、長く忘れていた感情が揺れ動いているのが見えた。
「……フン。よく喋る貴族だ」
ベルンハルトは短く吐き捨て、ゆっくりと近づいてきた。
「貸せ」
彼はレオナルト様の手から皿を奪うように受け取った。
乱暴な手つき。だが、その視線は皿に向けられ、どこか懐かしむような光を宿していた。
「……こいつは、焼きが甘い。スープを入れたらすぐに冷める」
彼はボソリと言い、その皿を地面に置いた。
割らなかった。
「……だが、あんたの言う通りだ。俺が一番最初に作りたかったのは、こういうモンだったのかもしれねえな」
ベルンハルトは頭をガシガシと掻き、深いため息をついた。
「……負けたよ、子爵様。あんた、変な貴族だな」
「よく言われます」
「フン。……いいだろう。行ってやるよ、エデルシュタイン領へ」
老職人の顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。
「ただし! 俺の作る器は高いぞ? それに、俺が気に入った土と窯を用意できなきゃ、一枚も焼かんからな!」
「もちろんです! 最高の環境を用意します!」
レオナルト様が嬉しそうに頷く。
私はホッと胸を撫で下ろした。
芸術家肌の職人を動かしたのは、金でも権威でもなく、主君の「生活者としての視点」だった。
「……アレン。運ぶの手伝ってくれ。窯道具は重いんだ」
「はいはい。……ガッツを連れてくればよかったな」
こうして、私たちは伝説の陶芸家・ベルンハルトを手に入れた。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
この頑固一徹な職人と、あの偏屈発明家・ギルバートが出会った時、どんな化学反応(爆発)が起きるのか。
私の「目」には、二人の相性が**【最悪にして最高】**である未来が見えていた。




