第49話:進化する「目」と、王太子の二番手
王都での動乱から三ヶ月。
季節は巡り、エデルシュタイン領は穏やかな秋を迎えていた。
だが、領主館の玄関ホールだけは、戦場のような喧騒に包まれていた。
「お頼み申す! エデルシュタイン子爵に一目お会いしたい!」
「当商会の新商品をぜひ! 王太子殿下にも献上できる逸品ですぞ!」
「娘を! うちの娘をメイドとしてでも置いていただけませんか!」
連日、ひっきりなしに訪れる馬車の列。
貴族、商人、怪しげな自称賢者……。
彼らの目的はただ一つ。今や王国の実力者となったレオナルト様への「コネ作り」だ。
「……はぁ。今日も満員御礼か」
私は執務室の窓からその行列を見下ろし、深いため息をついた。
テオドール王太子が正式に次期国王として認められたことで、その最大の功労者であるレオナルト様の地位も急上昇した。
王太子を支える筆頭家臣は、経験豊富なベルンシュタイン侯爵だが、レオナルト様はその次席――実質的な**「側近No.2」**のポジションにいる。
当然、権力に群がる有象無象が、甘い汁を吸おうと殺到してくるわけだ。
「アレン。……午後の面会希望者リストよ。50組いるわ」
ミリアがげんなりした顔で書類の束をドンと置いた。
「50組だと? 全員と会っていたら日が暮れるぞ」
「だから選別が必要なのよ。……お願いね、家老様」
ミリアは「私の仕事じゃない」と言わんばかりに自分の執務机へ戻っていく。
仕方ない。これも家老の務めだ。
私は重い腰を上げ、面会室へと向かった。
面会室には、着飾った男たちが緊張した面持ちで並んでいた。
私は一人ずつ、丁寧に、しかし事務的に対応していく。
「次は……ドラン商会の会長殿ですね」
恰幅の良い男が、揉み手をしながら入ってきた。
「へへへ、お初にお目にかかります。当商会は南方の珍しい香辛料を扱っておりまして……」
男は愛想よく笑っている。
私はいつものように「目」を凝らし、彼のステータスを確認しようとした。
ドラン
【統率:25 武勇:15 知略:60 政治:55】
【義理:30 野望:75】
(……ふむ。能力はそこそこだが、野望が高めだな。義理も低い。信用はできないタイプか)
そこまでは、いつもの鑑定だった。
だが、次の瞬間。
数値の下に、ノイズのようなモヤがかかり、文字のようなものが浮かび上がった。
『……ザザ……特……性……』
「……え?」
私は思わず目をこすった。
疲れ目か?
だが、ノイズは次第に晴れ、明確な文字列となって私の脳内に飛び込んできた。
【特性:二枚舌(詐欺師)】
【詳細:粗悪品を高級品と偽って売りつける常習犯。現在、多額の負債あり】
「なっ……!?」
私は絶句した。
見えた。数値以外の情報が。
それも、彼の「本質」や「抱えている事情」までもが、簡潔なテキストとして表示されている。
「ど、どうなさいました? 家老様?」
「あ、いや……」
私は動揺を隠し、冷や汗を拭った。
これは一体どういうことだ?
転生者としての能力が、レベルアップしたとでもいうのか?
それとも、あまりに多くの人間を見すぎて、私の経験値が閾値を超えたのか。
いずれにせよ、これは「使える」。
「……ドラン殿。香辛料を扱っているとのことですが」
「は、はい!」
「その香辛料……本当に『南方産』ですか? 実は近隣で採れた雑草を混ぜていたりしませんか?」
私はカマをかけた――いや、表示された情報を元に問い詰めた。
「えっ!? な、なぜそれを……!」
男が狼狽する。図星だ。
「当家は品質に厳しいのです。……お引き取りください」
「ひぃっ! し、失礼しましたぁ!」
男は逃げるように去っていった。
私は確信した。この「目」は進化したのだ。
単なる数値の測定器から、相手の本性を見抜く「真実の目」へと。
「次の方、どうぞ」
私はニヤリと笑った。
これなら、どんなに有象無象が押し寄せようと怖くない。
バッサバッサと切り捨ててやる。
【特性:日和見主義】 → 保留。
【特性:腹黒い策士(第一王子派の残党)】 → 門前払い。
【特性:誠実な職人】 → 採用。
私は驚異的なスピードで面会を捌いていった。
その様子を見ていたミリアが、呆れたように口を開いた。
「……あんた、何なの? 今日はやけに勘が鋭いじゃない」
「まあな。……少し『目』が良くなったらしい」
私は疲労感と共に、心地よい達成感を味わっていた。
だが、休む暇はない。
最後の面会者が去った直後、王都からの早馬が到着したのだ。
「王太子テオドール殿下より、親書です!」
封筒の封蝋を確認し、中身を開く。
そこには、レオナルト様と私の胃を再び痛めつけるであろう、新たな「指令」が記されていた。
『親愛なるレオナルトへ。
国の混乱も落ち着き、これからはさらなる発展の時だ。
そこで提案がある。
新しい時代の象徴として、そして君の領地の素晴らしさを世界に示すために……
エデルシュタイン領で**【万国博覧会】**を開催してはどうだろうか?』
「……ばんこく、はくらんかい?」
レオナルト様が首を傾げる。
私は手紙の続きを読み上げた。
『世界中の国々から、最新の技術や芸術、特産品を集めて展示するお祭りだよ。……これを成功させれば、我が国の威信は回復し、君の領地は“世界一の都市”として認められるはずだ』
手紙は、テオドール殿下らしい純粋な期待と、少しの無茶振りで締めくくられていた。
『準備期間は半年。……君たちのチームなら、きっとできると信じているよ』
「……半年で、万博だと?」
私は手紙をテーブルに落とした。
世界中から人を集める? 会場の建設は? 警備は? 予算は?
考えるだけで頭がパンクしそうだ。
「あら、面白そうじゃない」
エリスが扇子を開き、優雅に微笑んだ。
「王太子の側近No.2としての地位を盤石にするには、絶好の機会ですわ。……それに」
彼女の目が、キラリと光った。
「ただのお祭りではありませんわね。これは、経済と文化による『戦争』です。……他国に我が国の国力を見せつけ、外交的優位に立つための」
やはり、そうなるか。
武力の時代は終わった。これからは「金」と「技術」の時代だ。
そして、その最前線に立たされるのは、またしても私たちだ。
「……やるしかないか」
私は進化した「目」をこすった。
新たな能力。新たな目標。
エデルシュタイン領の「覇道」は、次のステージへと進もうとしていた。




