第47話:老獪なる王の帰還
【Side:レオナルト】
王城の大広間は、怒号と殺気に満ちていた。
「退け! 余こそが正統なる王である!」
「黙れ! 貴様のような軟弱者に国は任せられん! 俺が武力でこの国を統べる!」
玉座を挟んで対峙するのは、二人の王子。
長男マクシミリアン殿下と、次男ジークフリート殿下だ。
「国王崩御」の報(誤報)を受け、二人はそれぞれの私兵団を引き連れて王城を制圧しようとし、ここで鉢合わせになったのだ。
剣が抜かれ、今にも血の雨が降ろうとしている。
「……待ってください!!」
その一触即発の場に、僕たちは飛び込んだ。
先頭に立つのは、これまで兄の影に怯えていた三男、テオドール殿下だ。
「テオドール? ……何の用だ、弱虫」
「引っ込んでいろ。お前のような子供が出る幕ではない」
兄たちが侮蔑の視線を向ける。
いつもなら、テオドール殿下はここで縮こまっていただろう。
だが、今の彼は違った。
「……兄上たちこそ、剣を収めてください」
テオドール殿下は、震える声を必死に張り上げた。
「この国は、兄上たちのおもちゃじゃありません! ……帝国に国を売り渡して手に入れた玉座に、何の意味があるんですか!」
「……なっ!?」
二人の顔色が変わる。
痛いところを突かれた反応だ。
「貴様……どこでそれを……」
「証拠ならありますわ」
すかさずエリスさんが前に出た。
彼女の手には、クロが集めた密書の写しが握られている。
「マクシミリアン殿下は帝国の宰相派と、ジークフリート殿下は軍部派と。……それぞれの密約書、確かにここに。国益よりも自らの野心を優先するお二人に、王冠を戴く資格はありません」
「黙れッ!!」
ジークフリート殿下が激昂し、剣を抜いてテオドール殿下に躍りかかった。
「生意気な口を! ここで死ね、裏切り者!」
殺意の籠もった一撃。
僕は動けなかった。速すぎる。
だが。
ガギィン!!
轟音と共に、ジークフリート殿下の剣が弾き飛ばされた。
立ちはだかったのは、ヴォルフガング殿だ。
手にはいつもの杖一本。
「……退かれよ、若造」
老将軍は静かに、しかし圧倒的な威圧感で告げた。
「剣の重みも知らぬ者が、王の器を語るな」
「ぐ、ぬぅ……! この老いぼれが!」
「衛兵! こやつらを捕らえろ! 全員反逆者だ!」
マクシミリアン殿下も叫ぶ。
会場中の兵士たちが、僕たちに矛先を向ける。
多勢に無勢。完全に包囲された。
「……終わりだ、テオドール」
「僕たちに逆らったことを後悔しながら死ね」
兄たちが醜悪な笑みを浮かべる。
テオドール殿下が僕の袖を掴んだ。震えている。でも、逃げようとはしなかった。
「……僕は、間違ってない。国を守りたかっただけだ……!」
彼が叫んだ、その時だった。
「……よい余興であった」
どこからともなく、深く、重々しい声が響き渡った。
その声を聞いた瞬間、兄たちの表情が凍りついた。
広間の奥。玉座のさらに後ろにある「王の間」の扉が、ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは。
病床に伏せっているはずの、瀕死のはずの人物。
「ち、父上……!?」
国王ハインリヒ三世だった。
顔色は良く、手にはワイングラスを持っている。重病人どころか、健康そのものの姿だ。
「な、なぜ……!? 崩御されたと……!」
「誰が死んだと? ……勝手に親を殺すな、馬鹿者どもめ」
国王はゆっくりと玉座へ歩み寄り、どっかりと腰を下ろした。
その覇気だけで、兵士たちが思わず膝をつく。
「……余は見ておったぞ。お前たちが帝国に尻尾を振り、国を売ろうとする様をな」
国王の目が、冷酷に二人を見下ろす。
「病気など狂言じゃ。余が弱ったフリをすれば、必ずお前たちがボロを出すとな。……案の定、尻尾を出したどころか、共食いを始めおったわ」
「そ、そんな……罠だったのですか!?」
「我々を試したと……!?」
「試す価値もなかったわ!」
王が一喝する。
「王とは、国を守る最後の盾。それを自ら敵国に売り渡すなど、言語道断! ……衛兵! この愚か者どもを地下牢へ放り込め!」
「は、ははーっ!!」
形勢逆転。
先ほどまで僕たちを囲んでいた兵士たちが、今度は二人の王子を取り押さえる。
絶叫しながら引きずられていく兄たちを見送り、王はふうと息を吐いた。
そして、テオドール殿下を見た。
「……テオドールよ」
「は、はい……」
「よう言った。……兄たちに刃を向けられ、震えながらも一歩も引かなかったな」
王の表情が、少しだけ和らいだ。
「力なき正義は無力じゃ。だが、正義なき力は暴力に過ぎん。……お前には力はなかったが、それを補う『仲間』と『覚悟』があった」
王の視線が、僕たちに向けられる。
「エデルシュタイン子爵。……またしても、余の息子を拾ってくれたようだな」
「い、いえ……僕はただ、友達として……」
「フン。……まあよい」
王はテオドール殿下に宣言した。
「テオドール。お前を次期王位継承者の筆頭とする。……ただし!」
王はニヤリと笑った。
「即位はまだ早いわ。余はまだまだ現役じゃからな。……あと20年は、余の下で王道を叩き込んでやる。覚悟しておけ」
「……はい! 父上!」
テオドール殿下が、涙を拭って力強く返事をした。
その顔は、もう「弱虫な三男」ではない。王の卵としての輝きを放っていた。
その時、王都の鐘が高らかに鳴り響いた。
内乱の終結と、王の健在を告げる鐘の音だ。
「……終わったね」
エリスさんが肩の力を抜く。
僕もへなへと座り込みそうになった。
同時刻。
僕の懐に入っていた「小さな金属の箱」が微かに震えた。
出発前、ギルバートさんが『まだ試作品で、こっちからの声しか届かねえが』と言って渡してくれた、一方通行の通信機だ。
『……レオナルト様、聞こえますか? アレンです』
懐かしい、そして頼もしい声がノイズ混じりに響く。
僕はこちらから返事はできない。ただ、耳を傾けることしかできない。
『国境の帝国軍、撤退を確認しました。……この不可解なタイミングでの撤退、そちらで何か大きな動きがあったのだと判断しました』
アレンの声には、確信と、それ以上の信頼が滲んでいた。
『奴らの企みが潰えたのなら、これ以上戦う意味はありませんからね。……レオナルト様たちが勝ったのだと、信じています』
「……うん。よかった」
僕は通信機を握りしめ、小さく呟いた。
そっちも無事だったんだね、アレン。
『ガッツが暴れ足りないと文句を言っていますが……ミリアも、みんな無事です。……とりあえず、一件落着です』
僕たちの戦いは終わった。
王都には平和が戻り、国は守られた。
僕たちが繋いだ「義理」と「絆」が、この国を救ったのだ。




