第46話:泥船の乗組員たち、最強の軍勢となる
【Side:アレン】
「放てェェッ!!」
私の号令と共に、即席の投石機から巨大な岩塊が撃ち出された。
岩は放物線を描いて帝国軍の隊列に落下し、先頭集団を粉砕する。
土煙と悲鳴が上がる中、そこへ一人の男が突っ込んだ。
「オラオラオラァッ!! エデルシュタイン領を通りたきゃ、通行料置いてきなァ!!」
ガッツだ。
彼の振るう大剣は、もはや剣というより暴風に近い。
一振りで三人が吹き飛び、鎧ごと叩き斬られる。
帝国軍の精鋭兵たちが、たった一人の「暴力」の前に恐怖で足を止める。
「ひ、ひるむな! 敵は所詮、農民の寄せ集めだ!」
敵将が叫ぶが、その声は震えている。
確かに我々の軍の半数は、元難民の農民たちだ。装備も不揃いで、訓練も十分ではない。
だが、彼らの目には恐怖がない。
「自分たちの居場所(カッファの畑)」を守るという、強烈な意志が燃えている。
「右翼、崩れそうです! 予備隊を回してください!」
「よし、警備隊の第二班をそちらへ! ギルバートの発明した『煙玉』を使え! 視界を奪って混乱させるんだ!」
「食料配給、前線へ運びます! 温かいスープを用意して士気を維持して!」
本陣のテントでは、ミリアが鬼神のごとき速さで指示を飛ばしている。
物資の管理、負傷者の搬送ルートの確保、そして戦況の分析。
彼女の的確な補給線があるからこそ、前線の兵士たちは安心して戦える。
(……強くなったな)
ふと、私は戦場の喧騒の中で、奇妙な感慨に浸っていた。
目の前で無双するガッツと、背中を守るミリア。
思い出すのは、まだ何もなかったあの頃だ。
先代が亡くなり、優秀な家臣が全員逃げ出し、私とレオナルト様だけが残されたあの日。
私たちが必死にかき集めたのは、横領癖のある元囚人と、金に汚い脳筋傭兵だった。
『こんな連中でどうやって領地を守るんだ』
『いつ寝首をかかれるか分からない』
毎日が胃痛との戦いだった。
まさに「泥船」。いつ沈んでもおかしくない、ツギハギだらけの船だった。
それが、どうだ。
ガッツのステータスを見る。
【武勇:85】【統率:60】。
個人の武力だけでなく、部下を率いる統率力まで身につけた、立派な「将軍」だ。
ミリアを見る。
【知略:78】【政治:80】。
ただの計算係ではない。数千の領民の生活を背負い、戦時下でも経済を回し続ける、頼れる「宰相」だ。
「……おいアレン! 何ボサッとしてるのよ!」
ミリアが私の脇腹をペンで小突いた。
「敵の第二陣が来るわよ! 惚けてる暇があったら次の策を出しなさい!」
「……ああ、悪い」
私は苦笑した。
彼女のこういう遠慮のない物言いも、今では心地よい。
「ガッツ! 一度引いて敵を引き込め! 罠のエリアまで誘導するんだ!」
私は声を張り上げた。
ガッツがこちらの意図を察し、わざと隙を見せて後退する。
それに釣られて帝国軍が突っ込んでくる。
「かかった! 今だ、落とせ!」
ガッツの合図で、農民たちがロープを切る。
大量の丸太が斜面を転がり落ち、敵兵をなぎ倒していく。
「ギャハハ! ざまあみろ! 師匠直伝の『地の利』ってやつだ!」
ガッツが大笑いする。
戦況はこちらが優勢だ。数で勝る帝国軍を、完全に翻弄している。
一息ついたタイミングで、ガッツが戻ってきた。
肩で息をしているが、その表情は生き生きとしている。
「へっ、手応えのない連中だぜ。……アレン、水くれ」
「ほらよ」
私は革袋を投げ渡した。ガッツはそれを一気に飲み干す。
その横で、ミリアがハンカチで額の汗を拭っている。
私は二人に、ふと聞いてみたくなった。
「なぁ、お前たち」
「あ?」
「何?」
「……レオナルト様についてきて、よかったか?」
唐突な問いに、二人は一瞬きょとんとした。
戦場の真ん中で何を聞いているんだ、という顔だ。
だが、ガッツはニヤリと笑い、大剣を担ぎ直した。
「愚問だな。……あの泣き虫大将のおかげで、俺は『将軍』になれた。最強の師匠にも会えたし、守るべきガキ共もできた」
彼は遠くの空――王都の方角を見やった。
「悪くねえ人生だ。……あいつが王様になるってんなら、俺は地獄の底までついていって暴れてやるよ」
「……ふん」
ミリアはそっぽを向いたが、その口元は隠しきれないほど緩んでいた。
「ま、退屈はしないわね。あのお人好しの尻拭いをするのは大変だけど……。私の才能をここまで使い潰してくれる上司なんて、他にいないもの」
彼女は私を横目で見て、悪戯っぽく付け加えた。
「それに、あんたみたいな『胃痛持ちの相棒』もいるしね」
「……違いない」
私は笑った。
かつての泥船は、今やどんな荒波も乗り越える「不沈艦」になった。
そして、その船長であるレオナルト様は今、王都で一番大きな嵐に立ち向かっている。
「負けていられないな」
私は剣を抜き、全軍に向かって叫んだ。
「聞け! 我らが主君は今、王都で国の未来を賭けて戦っている! ここを抜かれれば、主君の背中が刺されるぞ!」
兵士たちの士気が爆発的に跳ね上がる。
「我々はエデルシュタインの盾だ! 一歩も通すな! 帝国軍を叩き返せぇぇッ!!」
「「「オオオオオオオッ!!!」」」
地鳴りのような歓声。
もはや、彼らは烏合の衆ではない。
王国最強の精鋭部隊だ。
(見ていてください、レオナルト様。……貴方の帰る場所は、私たちが死んでも守り抜きます)
私は前を見据えた。
泥だらけの英雄たちの快進撃は、まだ止まらない。




