第45話:覚醒する第三の選択肢
【Side:レオナルト】
襲撃から一夜明けた、ベルンシュタイン侯爵邸のテラス。
僕は一人、夜明け前の薄暗い空を見上げていた。
「……アレンがいれば、どうしただろう」
無意識に、そんな言葉が口をついて出た。
いつもなら、彼が「こうしましょう」と策を出してくれる。
「大丈夫ですよ」と背中を押してくれる。
でも、今ここに彼はいない。いるのは、無力で、震えているだけの僕だけだ。
テオドール殿下は部屋に閉じこもってしまった。
侯爵は貴族たちへの根回しに奔走しているが、色よい返事は聞こえてこない。
ヴォルフガング殿とクロは警備で手一杯だ。
(僕が、しっかりしなくちゃいけないのに……)
頭では分かっている。
でも、どうすればいい?
兄たちと戦う力なんてない。政治の駆け引きも分からない。
僕にできることなんて、何もないんじゃないか?
「……いつまでメソメソしていらっしゃいますの?」
冷ややかな声が、僕の思考を断ち切った。
振り返ると、エリスさんが立っていた。
手には湯気の立つティーカップが二つ。
彼女はため息をつきながら、僕の隣にカップを置いた。
「アレン様がいないと、何もできないのですか? 私の夫は」
「……エリスさん」
「悔しいですわ。……貴方は、あのバルトハルト家を屈服させ、私を妻にした男ですのよ? こんなところで小さくなっている姿など、見たくありません」
厳しい言葉。
でも、その手は優しく僕の肩に触れていた。
彼女は参謀としての鋭い瞳で、僕を射抜く。
「アレン様は、なぜ貴方を王都へ送り出したと思いますか?」
「え……? それは、僕が……」
「貴方にしかできないことが、あるからです」
エリスさんは断言した。
「策を弄するのは私の役目。敵を排除するのはヴォルフガングの役目。……では、貴方の役目は?」
「僕の……役目……」
「思い出してください。貴方はどうやって、バラバラだった領地をまとめ、私やガッツを手懐けたのですか? ……アレン様の策だけではありませんわ」
僕の役目。
能力もない、賢くもない僕ができること。
それは――。
「……信じること。そして、手を差し伸べること」
僕が呟くと、エリスさんは満足げに微笑んだ。
「ええ。それこそが、貴方の『王道』です。……アレン様にも、私にもできない、貴方だけの武器です」
「エリスさん……」
「さあ、行ってらっしゃいませ。……あの子が待っているのは、賢い参謀の言葉ではなく、貴方のその『お人好しな言葉』ですわ」
彼女に背中を叩かれた。
痛くて、温かい。
迷いは消えた。僕は飲み干したカップを置き、テオドール殿下の部屋へと走った。
「……入りますよ、殿下」
返事を待たずにドアを開ける。
薄暗い部屋のベッドの上で、テオドール殿下は膝を抱えていた。
昨夜の恐怖が、まだその小さな体を縛り付けている。
「……帰って、レオナルト。……もう、放っておいて」
消え入りそうな声。
「兄上たちが怖いんだ。僕なんかが生きていても、迷惑なだけだ。……僕が死ねば、みんな助かるのかな……」
「そんなこと言うな!」
僕は思わず叫んでいた。
ベッドに駆け寄り、殿下の肩を掴む。
「君が死んで、誰が喜ぶんだ! 侯爵が泣くぞ! ……僕だって悲しい!」
「でも……僕には力がない! 兄上たちみたいに強くない! 帝国と戦うなんて無理だ!」
テオドール殿下は泣き叫んだ。
「僕が消えれば、侯爵も君たちも、兄上たちに恭順できる。……そうすれば、殺されずに済むじゃないか。僕がいるから、みんな巻き込まれるんだ……!」
自己犠牲。
それは優しさかもしれない。でも、それは「逃げ」だ。
僕は深呼吸をし、あえて厳しい言葉を口にした。
「……勘違いしないでください、殿下」
僕は真っ直ぐに彼の瞳を見据えた。
「君が死んでも、誰も助かりません。……むしろ、君が死ねば、僕たちは全員処刑されます」
「え……?」
「僕たちはもう、君の味方として動いてしまった。兄君たちからすれば、僕たちは『邪魔者を匿った反逆者』です。……君がいなくなれば、彼らは遠慮なく僕たちを、そしてエデルシュタイン領の民を始末するでしょう」
「そ、そんな……」
「君は王族だ。好むと好まざるとにかかわらず、君の背中には多くの命が乗っているんです。……『死んで責任を取る』なんて、そんな楽な道は残されていません」
残酷な事実。
震える少年の肩に、重すぎる現実を突きつける。
でも、言わなければならない。彼が「王」になるためには。
「国が帝国に売られようとしている今、それを止められる正統な後継者は君しかいない。……君が逃げれば、この国に生きる全ての人々が、帝国の奴隷になるかもしれないんです」
テオドール殿下の顔が歪む。
重圧に押しつぶされそうになっている。
「……無理だよ。僕一人に、そんな重いもの……背負えないよ……」
涙を流す彼を見て、僕はふっと表情を緩めた。
そして、彼の手をそっと握った。
「……前にも言いましたよね、殿下」
僕は優しく語りかけた。
「一人で強くなる必要はないって」
「……」
「背負いきれないなら、僕たちが一緒に背負います。……侯爵も、エリスさんも、ヴォルフガング殿も。そして領地にいるアレンたちも。みんなで支えます」
僕は自分の胸を叩いた。
「僕も弱いです。一人じゃ何もできません。……でも、仲間がいれば、最強の敵(バルトハルト家)だって味方に変えることができました」
「……」
「殿下。……君はもう、一人じゃない」
僕が差し出した手。
テオドール殿下は、涙を拭い、しばらくその手を見つめていた。
そして、顔を上げた。
その瞳には、恐怖ではなく、覚悟の炎が宿り始めていた。
「……分かった。僕、やるよ」
彼は僕の手を強く握り返した。
「逃げても、誰も守れないなら。……僕は戦う。君たちと一緒に、この国を守る」
(アレン。僕には君のような人を見抜く目はないけれど……分かるよ)
彼の中で何かが、劇的に変わったことが。
テオドール
【野望:10 → 80】
【覚醒:守護の王道】
「……ありがとう、レオナルト。……僕を、王にしてくれるかい?」
「はい。……全力で」
新たな王の誕生。
その瞬間を、僕は確かに目撃した。
【Side:アレン】
同時刻。エデルシュタイン領、北の国境。
私は望遠鏡を覗き込み、舌打ちをした。
「……来やがったな」
地平線の彼方から、土煙を上げて迫る軍勢。
掲げられているのは、帝国の旗だ。
王都の混乱に乗じて、一気に国境を突破し、既成事実を作ろうという腹だろう。
「数は?」
「およそ二千。……先鋒部隊だな」
隣で大剣を担ぐガッツが、獰猛な笑みを浮かべる。
「へっ、上等じゃねえか。……師匠がいない間に、俺の実力を試すにはちょうどいいハンデだ」
「油断するなよ。……我々の役目は、王都のレオナルト様たちが決着をつけるまで、ここを一歩も通さないことだ」
私は背後に控える「カッファ農民義勇軍(元難民たち)」と、私兵団を見渡した。
数は五百にも満たない。
だが、彼らの士気は高い。自分たちの居場所を守るためなら、鬼神のごとく戦うだろう。
「ミリア、補給線は?」
「完璧よ。……あんたが死なない限り、矢も食料も尽きさせないわ」
頼もしい相棒が、背中を守ってくれている。
「よし。……開戦だ!」
私が手を振り下ろすと同時に、ガッツが咆哮を上げて飛び出した。
王都と辺境。
離れた場所で、私たちの「国を守る戦い」が同時に幕を開けた。




