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凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


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第43話:王都の嵐と、花園の少年



【Side:レオナルト】


王都に到着した僕たちを出迎えたのは、重苦しい緊張感だった。

街を行き交う人々の顔は暗く、あちこちに武装した兵士が立っている。

「国王重体」の報せは、すでに公然の秘密となり、誰が次の王になるのかという噂で持ちきりだった。


「……ひどい有様ですね」


馬車の窓から外を眺め、エリスさんが眉をひそめる。

僕の隣に座る彼女は、今は妻(仮)として、そして参謀として僕を支えてくれている。

対面の席には、護衛役のヴォルフガング殿と、御者台の横にはクロもいる。

アレンとミリア、ガッツは領地を守るために残ってくれた。

ここからは、僕自身がしっかりしなきゃいけない。


「第一王子派(マクシミリアン様)と、第二王子派(ジークフリート様)。両派閥の私兵が街中で睨み合っていますわ。……一触即発です」

「どっちについても地獄じゃな」


ヴォルフガング殿が低い声で唸る。

僕たちは、騒乱を避けるように馬車を走らせ、上級貴族街の一角にある屋敷へと向かった。

以前、毒入りコーヒー騒動の際に宿を提供してくれた恩人――ベルンシュタイン侯爵の別邸だ。


「よく来てくれた、エデルシュタイン子爵。……待っておったぞ」


屋敷の奥で僕たちを迎えた侯爵は、以前会った時よりも随分とやつれて見えた。

白髪は増え、目の下には隈ができている。

だが、その瞳にある理知的な光だけは失われていなかった。


「侯爵閣下。……この度は、突然の訪問をお許しください」

「よいよい。今の王都で、心を許せる友は少ないからの」


侯爵は僕たちを応接室に通すと、人払いをし、重い口を開いた。


「……単刀直入に言おう。この国は今、分裂の危機にある」

「やはり、継承権争いですか?」


僕が尋ねると、侯爵は深く頷いた。


「うむ。長男のマクシミリアン様は官僚と法服貴族を、次男のジークフリート様は軍部と騎士団を味方につけ、互いに玉座を狙っておる。……陛下が倒れられてから、その争いは激化する一方じゃ」


侯爵は悔しげに拳を握った。


「どちらが勝っても、国は乱れる。長男は冷徹すぎて人の心を切り捨てるし、次男は武力に頼りすぎて血を流しすぎる。……それに、黒い噂もある」

「黒い噂?」

「……両陣営のバックに、『帝国』の影が見え隠れするのじゃ」


エリスさんが息を飲む気配がした。

帝国。隣接する軍事大国であり、ソフィアちゃんの祖国を滅ぼした元凶。

その手が、すでに王国内部まで伸びているというのか。


「では、侯爵閣下は……どちらの派閥にも属していないのですか?」


僕が尋ねると、侯爵は力なく首を振った。


「わしが推しているのは……三男のテオドール様だけじゃ」


テオドール。

その名前は、王位継承の話題ではほとんど挙がらない、影の薄い王子だ。


「あの方は優しい。争いを好まず、民の痛みが分かるお方じゃ。……だが、それゆえに力が弱い。有力な貴族たちは皆、勝ち馬に乗ろうと兄君たちの元へ走ってしまった」

「……味方は、侯爵閣下だけということですか?」

「情けない話じゃがな。……わし一人の力では、あの方を守りきることすら難しい」


侯爵は深く項垂れた。

アレンがいれば、彼の「目」で侯爵の本心を見抜いてくれたかもしれない。でも、今は僕の目でも分かる。

この人は、損得勘定で動く貴族社会において、孤立無援の王子を、ただ「その資質を信じる」という一点のみで支え続けているのだ。


「……会わせていただけませんか?」


僕は静かに言った。


「そのテオドール殿下に。……一度、お話をしたいのです」


王宮の奥深くにある庭園。

政争の喧騒から離れたこの場所だけは、静寂に包まれていた。

侯爵の手引きで庭園に入った僕とエリスさんは、花壇の手入れをしている一人の少年を見つけた。


線の細い、儚げな少年。

年齢は16歳ほどだろうか。高貴な服を着ているが、その背中はどこか寂しげだ。


「……テオドール殿下」


僕が声をかけると、少年はビクリと肩を震わせ、怯えたように振り返った。


「だ、誰……? 兄上の使い……?」

「いいえ。怪しい者ではありません。……僕はレオナルト。ベルンシュタイン侯爵の友人で、田舎から来たコーヒー屋です」


僕は武器を持っていないことを示すように両手を開き、ニッコリと笑った。

その屈託のない笑顔に、少年の警戒心が少しだけ解ける。


「……コーヒー屋? あの、苦い飲み物の?」

「はい。陛下にも気に入っていただいたものです。……もしよろしければ、一杯いかがですか?」


僕たちは庭園のベンチで、持参したポットからコーヒーを注いだ。

テオドール殿下はカップを両手で包み込み、温かさを楽しむように一口飲んだ。


「……苦い。でも、落ち着く味だね」

「よかった。……殿下は、ここでお一人なのですか?」

「うん。……部屋にいると、誰かが囁く声が聞こえるから。ここなら、花と虫しかいない」


テオドール殿下は寂しげに笑った。


「僕はね、王様になんてなりたくないんだ。兄さんたちみたいに強くないし、賢くもない。……ただ、静かに本を読んで暮らせればそれでいいのに」

「……」

「でも、周りは許してくれない。僕が生きているだけで『邪魔だ』って言われる。……怖いよ。僕はただ、平和に生きたいだけなのに」


その言葉は、かつての僕の姿と重なった。

父が死んで、いきなり領主になれと言われて……怖くて、逃げ出したかった。自分には無理だって、毎日泣いていたあの頃の僕。


「……分かります」


僕は、殿下の隣に座った。

エリスさんが、少し離れたところから静かに見守ってくれている。


「僕もそうでした。父が死んで、いきなり領主になれと言われて……怖くて、逃げ出したかった」

「えっ? ……君が?」

「はい。僕の能力はとても低いんです。剣も振れないし、計算も苦手で。……アレンという家老がいなければ、とっくに領地は潰れていました」


僕は苦笑した。


「でもね、殿下。……『弱くてもいい』って言ってくれる人がいたんです」


アレン、ミリア、ガッツ、ヴォルフガング殿。そして、エリスさん。

みんなの顔が浮かぶ。


「一人で強くなる必要はない。……助けてくれる人の手を握る勇気さえあれば、何とかなるもんです」


テオドール殿下の瞳が揺れる。

自分と同じ「弱さ」を持つ人間が、今はこうして堂々と立っている。


「……僕にも、握れる手があるのかな」

「ありますよ。侯爵閣下も、そして……僕たちもいます」


僕は手を差し出した。


「友達になりませんか、殿下。……政治とか派閥とか関係なく、ただの友達として」


テオドール殿下は、しばらくその手を見つめていたが、やがて恐る恐る、その手を握り返した。


「……うん。なってくれるなら、嬉しい」


その瞬間。

アレンのような鋭い観察眼は持っていないけれど、僕には分かった。

絶望に塗りつぶされていた少年の心に、小さな灯がともったことを。


「……見つけましたよ、テオドール様」


その時、庭園の入り口から冷ややかな声が響いた。

武装した数名の兵士たち。その装備には、第二王子派(次男ジークフリート)の紋章が刻まれている。


「ジークフリート殿下がお呼びです。……『少し話がある』と」


話で済むはずがない。

その腰の剣は、明らかに「排除」の意思を孕んでいた。

エリスさんがサッと扇子を閉じ、ヴォルフガング殿が音もなく僕たちの前に立つ。


テオドール殿下の体が、小刻みに震えている。

兄への恐怖。逆らうことへの畏れ。


「……帰ってください」


僕は前に出ようとした。だが、その前に、僕の袖を掴んでいた小さな手が、強く握りしめられた。


「……テオドール殿下?」

「……僕が、言うよ」


テオドール殿下は震える足を叱咤し、ゆっくりと立ち上がった。

そして、僕たちを背に庇うように前へ出た。


「……兵士たちよ。下がれ」


その声はまだ細く、頼りなかった。

兵士たちが鼻で笑い、一歩踏み出してくる。


「テオドール様、これはジークフリート殿下の命令でして……」

「兄上が用があるなら、兄上がここへ来いと伝えよ!」


テオドール殿下が叫んだ。

それは悲鳴にも似ていたが、明確な拒絶の意思だった。


「僕は今、大切な客人と茶会を楽しんでいる最中だ。……たとえ兄上であろうと、王族の礼節を欠く振る舞いは許さない」


彼は僕の方を振り返らず、しかしその手で僕を指し示した。


「この方は僕の友人だ。……僕の友人を害そうとするなら、僕にも考えがある」


兵士たちが顔を見合わせ、たじろぐ。

今まで言いなりだった「弱虫王子」が、初めて牙を剥いたのだ。

王族である彼に、下級兵士が手を出せるはずもない。


「……チッ。分かりました。そうお伝えします」


兵士たちは舌打ちをし、忌々しげに撤収していった。

嵐のような緊張感が去り、静寂が戻る。


「……はぁ、はぁ……」


テオドール殿下はその場にへたり込みそうになり、慌てて僕が支えた。


「殿下、凄かったですよ! 立派でした!」

「……うん。……怖かった」


テオドール殿下は涙目で笑った。

でも、その瞳には、さっきまでの「諦め」の色はない。


「友達を……守りたかったから」


僕は彼を強く抱きしめた。

王都の嵐の中で、最も小さく、しかし最も強固な「第三の勢力」が、今ここに誕生した。

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