第41話:小さな引越しキャラバンと、原石の輝き
王都からエデルシュタイン領へ向かう街道を、長い長い行列が進んでいた。
荷物を満載した馬車が十台。そして、それに続く百人近い子供たちの列。
教会直轄の孤児院が、丸ごとエデルシュタイン領へ引っ越す一大キャラバンだ。
「お兄ちゃーん! まだ着かないのー?」
「ガッツのおじちゃん、肩車してー!」
「こら、走るな! 転ぶぞ!」
行列は賑やかだった。
不安に沈んでいたはずの子供たちは、遠足気分ではしゃぎ回っている。
それを警護するガッツは、全身に子供をぶら下げて「俺は遊具じゃねえぞ!」と怒鳴りつつも、その顔はまんざらでもなさそうだ。
「……ふふ。ガッツ殿も、すっかり『保父さん』が板につきましたわね」
馬車の中から、エリスが優雅に微笑む。
隣にはレオナルト様。二人はすっかり新婚夫婦(形式上はまだ婚約中だが)の雰囲気だ。
「子供たちが元気でよかったよ。……新しい環境に馴染めるか心配だったけど」
「子供は順応性が高いものです。それに、あの子たちにとっては『狭い王都』よりも、ここみたいな広々とした場所の方が楽しいでしょうし」
エリスの言う通りだ。
王都の孤児院は常に立ち退きの恐怖と隣り合わせだったが、ここでは誰も彼らを追い出さない。
領地に入ると、沿道では領民たちが出迎えに出ていた。
「ようこそ、エデルシュタインへ!」
「腹減ってないか? パンならあるぞ!」
「かわいい子たちだねぇ。アメちゃんあげよう」
かつては余所者に冷たかった領民たちも、今では余裕が生まれ、新たな隣人を歓迎している。
カッファの利益と、レオナルト様の「義理人情」が、領地全体の空気を変えたのだ。
「……良い国じゃな」
同乗していたグレゴリオ枢機卿が、しみじみと呟いた。
「わしが守りたかったのは、建物ではなく、この『笑顔』じゃった。……礼を言うぞ、家老殿」
「いえ。……子供たちは未来の労働力ですから」
私は照れ隠しに憎まれ口を叩いた。
だが、それは本音でもある。
この百人の子供たち。衣食住のコストはかかるが、教育を施せば、将来のエデルシュタイン領を支える貴重な人材になる。
私は職業病とも言うべき「目」を発動させ、はしゃぐ子供たちのステータスをさりげなく確認し始めた。
孤児A
【統率:15 武勇:20 知略:15 政治:10】
孤児B
【統率:10 武勇:15 知略:25 政治:15】
(……まあ、子供だしな。こんなものか)
大半はオール10~20台。
まだ才能が開花していないのか、あるいは凡人か。
だが、彼らが成長し、読み書きや計算、あるいは剣術を覚えれば、数値は伸びていく。
その成長を見守るのも、領地経営の醍醐味だ。
(おっ、あの子は……)
一人の少年が目に留まった。
荷馬車の修理を手伝っている、真面目そうな子だ。
孤児C
【統率:35 武勇:30 知略:45 政治:20】
【知略:45】。子供にしては高い。
手先も器用そうだ。ギルバートの弟子にすれば、いい職人になるかもしれない。
(あっちの子は……)
木の棒を振り回してガッツの真似をしている活発な少年。
孤児D
【統率:40 武勇:50 知略:10 政治:05】
【武勇:50】。将来有望な脳筋だ。
ヴォルフガングに預ければ、立派な兵士……いや、騎士団長クラスまで育つかもしれない。
私は心の中でニヤニヤしながら、「人材配置計画」を練っていた。
まるでゲームの序盤で、ランダム生成されたキャラのステータスを確認している時のワクワク感だ。
だが、その時。
行列の最後尾を、一人静かに歩く少女の姿が目に入った。
年齢は12、3歳だろうか。
色素の薄い金髪に、分厚い眼鏡。手にはボロボロの本を抱きしめている。
周囲の騒ぎには一切関心を示さず、歩きながら本を読んでいるようだ。
目立たない、地味な少女。
だが、その頭上に浮かぶ数値を見た瞬間、私は馬車から転げ落ちそうになった。
リコ
【統率:25 武勇:05 知略:88 政治:82】
【義理:50 野望:60】
(……は?)
二度見した。
【知略:88】。
ロレンツォやグレゴリオ枢機卿と同レベル。ミリアやギルバートを遥かに凌駕する数値だ。
そして**【政治:82】**。
子供が持っていい数字ではない。一国の宰相が務まるレベルだ。
「……おい、止めてくれ!」
私は慌てて御者に声をかけ、馬車を飛び降りた。
そして、最後尾を歩く少女の元へ駆け寄った。
「君、名前は?」
「……?」
少女はゆっくりと顔を上げた。
眼鏡の奥にある瞳は、子供とは思えないほど理知的で、どこか冷めていた。
「……リコです。……何か?」
「あ、いや。……何を読んでいるんだい?」
私は彼女が抱きしめている本を指差した。
それは教会の教典……ではなく、複雑な数式や図形がびっしりと書き込まれた、難解な学術書だった。
「……『古代建築様式と魔力回路の相関性』です。教会の書庫で拾いました」
「よ、読めるのか? これを?」
「……辞書があれば。あと、推測で」
リコは淡々と答えた。
独学で? この難解な書物を?
天才だ。紛れもない天才だ。
教会という閉鎖的な環境にいたせいで誰にも気づかれなかったが、彼女の脳内には、大人たちが束になっても敵わない知識と演算能力が眠っている。
「……リコ。君、計算は得意か?」
「……まあまあです。孤児院の帳簿の計算間違いを見つけるくらいなら」
「建物の構造とか、都市計画とかに興味はあるか?」
「……興味、というか。もっと効率的に配置すれば、移動時間が短縮できるのにとは思います。この行列も無駄が多いです」
彼女は前を歩く行列を指差し、淡々と言い放った。
「荷馬車を中央に集め、足の速い子供を外側に配置すれば、全体の速度は15%向上します。あと、休憩のタイミングも非効率的です」
(……本物だ)
私は震えた。
ガッツやミリア、ギルバートといった「一芸特化型」の天才ではない。
全体を俯瞰し、最適解を導き出す「万能型の天才」。
エリスに近いタイプだが、彼女のような「悪意(野望)」がない分、純粋な「頭脳」としてのポテンシャルは計り知れない。
「……リコ。君に、お願いしたい仕事がある」
私は彼女の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「学校に行かないか?」
「……学校?」
「ああ。この領地に、君たち子供のための学校を作る。……君には、そこで勉強するだけでなく、その『校舎の設計』と『カリキュラム(授業内容)』を考えてほしいんだ」
「……私が? 作る側を?」
リコの瞳に、初めて「光」が宿った。
退屈していたのだ。
自分の才能を持て余し、理解されない孤独の中で、ただ本の世界に逃げ込んでいた少女。
「君の頭脳が必要だ。……この領地を、もっと効率的で、住みやすい場所にするために」
「……給料は出ますか?」
「ああ。大人顔負けの額を出すよ。欲しい本も買い放題だ」
「……やります」
リコは即答した。
眼鏡の位置をクイっと直し、小さな胸を張る。
「私の計算通りに街を作れるなんて……最高の実験場ですね」
リコ
【野望:60 → 75】
おっと、野望が上がった。
どうやら彼女もまた、エデルシュタイン領特有の「一癖ある天才」の素質十分らしい。
マッドサイエンティスト(ギルバート)と組ませたら、とんでもないものが出来上がりそうだ。
「……アレン。また変な子を拾ってきたの?」
馬車から降りてきたミリアが、呆れたように私を見る。
私はニヤリと笑った。
「ああ。とびきりの『金の卵』だ。……将来、お前の右腕になるかもしれないぞ」
「あら、生意気ね。……まあ、お手並み拝見といこうかしら」
ミリアも何かを感じ取ったのか、リコに興味深げな視線を送る。
孤児院の引っ越し。
それは単なる慈善事業ではなかった。
未来の将軍、職人、そして天才軍師。
エデルシュタイン領の次代を担う「才能」たちが、今ここに集結したのだ。
子供たちの笑い声と、新たな希望の光に包まれて、キャラバンは領主館への最後の坂道を登っていった。
私の胃痛も、今日ばかりは心地よい高揚感に変わっていた。




