表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/56

第40話:聖職者の裏帳簿と、小さな祈り



公開討論会での劇的な和解から数日後。

私たちエデルシュタイン一行は、グレゴリオ枢機卿の招待を受け、王都近郊にある教会直轄の孤児院を訪れていた。


「……ここが、彼が守りたかった場所か」


馬車を降りた私は、目の前の光景に少し驚いた。

王都の華やかさとは無縁の、質素だが手入れの行き届いた石造りの建物。

庭では大勢の子供たちが走り回り、シスターたちが洗濯物を干している。

貧しいが、悲壮感はない。どこか温かい空気が流れていた。


「ようこそおいでくださいました、子爵」


出迎えたのは、法衣を脱ぎ、簡素な平服に着替えたグレゴリオだった。

あの威圧的な枢機卿オーラは消え、どこにでもいる厳格なおじいちゃん、といった風情だ。


「昨日は手厳しい『尋問』をありがとうございましたよ。……おかげで、この老骨には随分と堪えました」

「お互い様ですよ、猊下。……私の胃こそ、キリキリと痛み通しでした」


私が苦笑しながら返すと、グレゴリオはふんと鼻を鳴らした。


「さあ、中へ。……貴方がたの寄付金が、ドブに捨てられていないことを証明せねばなりませんからな」


案内された院内は、清潔に保たれていた。

だが、私の「目」には、別のものが見えていた。

壁のひび割れ、継ぎ接ぎだらけのカーテン、そして子供たちの服のサイズが合っていないこと。

運営がギリギリの状態であることは明白だった。


「……ミリア、どうだ?」


私が小声で尋ねると、帳簿(見せてもらった)を確認していたミリアが唸った。


「完璧よ。……無駄な支出が一切ないわ。聖茶の売上も、国からの補助金も、一銅貨残らず子供たちの食費と医療費に回されている」

「着服はなしか」

「ええ。むしろ……」


ミリアはグレゴリオの背中を見た。


「枢機卿自身の私財も、かなり突っ込まれてるわね。……あの人、自分の服を買う金すら削ってるわよ」


グレゴリオ

【政治:95】

【野望:90】


権力欲の塊だと思っていた男が、裏では清貧を貫き、弱者のために金を注ぎ込んでいた。

彼の「野望」とは、自分が贅沢をすることではなく、教会という組織を強くし、より多くの救済を行うことだったのかもしれない。


「おじちゃーん!」

「グレゴリオ様だー! お菓子持ってきた?」


中庭に出ると、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。

恐れ多い枢機卿に対して、まるで親戚のおじさんに群がるような無邪気さだ。


「これ、こら。押すな。……今日は菓子はないぞ」

「えーっ!」

「その代わり、今日は『特別なお客様』をお連れした」


グレゴリオが横に退くと、子供たちの視線がレオナルト様に集まった。


「……こんにちは」


レオナルト様が、少し照れくさそうに手を振る。

すると、一人の小さな女の子が、おずおずと近づいてきた。


「お兄ちゃん、だあれ?」

「僕はレオナルト。……君たちのために、美味しい飲み物を持ってきたんだ」


レオナルト様は、屋敷から持参したミルク缶と、濃いめに抽出したコーヒー液を取り出した。

そして、たっぷりのミルクと砂糖を混ぜ合わせ、特製の「カフェ・オ・レ」を作って見せた。


「はい、どうぞ。……苦くないよ」


女の子が恐る恐る一口飲む。

次の瞬間、彼女の顔がパァッと輝いた。


「おいしーい! 甘くて、いい匂い!」

「本当!? 僕も!」

「私にもちょうだい!」


あっという間に大騒ぎになった。

子供たちはカフェ・オ・レに夢中になり、レオナルト様は「順番だよー!」と嬉しそうに配っている。

その光景を見て、グレゴリオがポツリと漏らした。


「……子供は正直だ。美味いものは美味いと言う」


彼は目を細め、遠くを見るような顔をした。


「私はな、家老殿。……神の教えが全てだと思って生きてきた。だが、腹を空かせた子供に説教をしたところで、腹は膨れんのだ」

「……ええ」

「だから私は、金を集めた。権力を求めた。……綺麗事だけでは救えぬ命があるとな」


彼は自嘲気味に笑った。


「その結果が、昨日の『悪魔の実』騒動だ。……焦りすぎて、本質を見失っていたのかもしれん」

「間違いではありませんよ。貴方の行動で、救われた子供たちがここにいるのですから」


私が言うと、グレゴリオは驚いたように私を見つめ、そして小さく頷いた。


「……貴家と組めたことは、神の導きかもしれんな」


その時、一人の少年が私の袖を引っ張った。


「ねえ、お兄ちゃん。あのでっかい人、本当に強いの?」


指差す先には、退屈そうに欠伸をしているガッツがいる。


「ああ、世界一強いぞ」

「じゃあ、僕たちの『先生』になってくれるかな?」

「先生?」

「うん。……最近、怖い人たちが来るんだ。ここを立ち退けって」


少年の言葉に、私の胃が反応した。

グレゴリオの表情が一瞬で険しくなる。


「……やはり、来ておったか」

「猊下? どういうことですか?」


私が問いただすと、グレゴリオは苦々しげに口を開いた。


「……この土地はな、王都の拡張計画の予定地に入っておるのだ。孤児院を取り壊し、貴族のための別荘地にするとな」

「なっ……!?」

「国からの立ち退き命令が出ている。それを私が政治力で抑え込んでいたのだが……最近、強引な地上げ屋が出入りしているようでな」


グレゴリオは声を潜めた。


「背後にいるのは、第一王子派の貴族たちだ。……どうやら、教会わたしの力を削ぐために、孤児院を潰そうと画策しているらしい」


王位継承問題。

派閥争いの余波が、こんな末端の、罪のない子供たちの場所にまで及んでいる。


「おいコラァ! ジジイ! 立ち退きの期限は過ぎてるぞ!」


タイミングを計ったように、門の外から野太い怒声が響いた。

見れば、柄の悪そうな男たちが数十人、武器を手に集まっている。

地上げ屋――いや、貴族に雇われたゴロツキどもだ。


「……ちっ。また来おったか」

「猊下、ここは僕たちに任せてください」


レオナルト様が前に出た。その瞳には、子供たちの日常を脅かす者への静かな怒りが宿っている。


「ガッツ! 出番だよ! 子供たちをいじめる悪い大人を追い払ってくれるかい?」

「へっ! 願ったり叶ったりだぜ! 退屈してたところだ!」


ガッツがニカッと笑い、ポキポキと指を鳴らして門へと向かう。

ヴォルフガングも「運動の時間かのう」と杖を持って続く。


数分後。

門の外からは「ひいいっ!」「化け物だあぁ!」「覚えてろよ!」という悲鳴だけが聞こえてきた。

圧倒的な暴力による、平和的(?)解決。


「……ふぅ。一先ずは追い払えたか」


グレゴリオが安堵の息をつく。だが、その顔色は優れない。


「だが、これは一時しのぎに過ぎん。奴らはまた来るじゃろう。次は、正規の手続きを踏んで衛兵を連れてくるかもしれん」

「……そうなれば、我々も手出しはできませんね」


私が言うと、グレゴリオは苦渋の表情で頷いた。


「子供たちを守るためには、ここを出て行くしかない。……だが、王都の近くにこれだけの人数を受け入れられる場所など、そうそうないのだ」


詰みだ。

政治力で負けている以上、この場所を守り抜くことは不可能に近い。


その時だった。


「あの……それなら、僕の領地に来ませんか?」


レオナルト様が、ふと思いついたように言った。


「え?」

「みんなで、エデルシュタイン領へ引っ越してくるんです。……あそこなら、土地はいっぱい余ってますから」


「……はあ!?」


私とグレゴリオ、そして戻ってきたガッツたちの声が重なった。


「れ、レオナルト様!? 孤児院ごと引っ越しですか!? 百人以上いますよ!?」

「うん。でも、難民の人たちを受け入れた時みたいに、みんなで暮らせばなんとかなるよ。空気も綺麗だし、ご飯も美味しいし……子供たちにとっても、王都の狭い庭よりずっといいと思うんだ」


レオナルト様は、目を輝かせて語る。


「それに、子供たちが来てくれたら賑やかになるよ。学校を作って、みんなで勉強したり、遊んだり……」


無邪気な提案。

だが、私の脳内で電卓が弾かれた瞬間、それが「妙案」に変わった。


(……待てよ。これは、アリか?)


孤児院を受け入れるコスト。それは確かにかかる。

だが、エデルシュタイン領には今、カッファの利益という莫大な資金がある。

そして何より、教会との太いパイプができる。

「枢機卿が直々に運営する孤児院」が領内にあるとなれば、教会の権威を借りて、他の貴族からの干渉を防ぐ盾にもなる。

さらに、子供たちは将来の領地を担う人材だ。


「……ミリア、どう思う?」

「……悪くないわね」


ミリアも同じ計算をしていたらしい。ニヤリと笑った。


「慈善事業への投資は、節税対策にもなるわ。それに、子供たちの世話係として難民の中から雇用を生み出せる。……枢機卿にとっても、政敵が多い王都より、私たちが守る領地の方が安全でしょ?」


私はグレゴリオに向き直った。


「猊下。……どうでしょう? エデルシュタイン領への移転。費用は全額、我が家が持ちます」

「……本気か?」


グレゴリオが呆気に取られている。


「教会の施設を、地方の、しかも新興貴族の領地に移すなど前代未聞だぞ」

「ですが、ここよりはずっと安全で、豊かです。……それに、子供たちも喜ぶと思いますよ」


レオナルト様が子供たちを振り返る。

「えーっ! お兄ちゃんの家に行けるの!?」

「でっかいお兄ちゃん(ガッツ)とも遊べる!?」

子供たちはすでに大賛成のようだ。


グレゴリオはしばらく子供たちの笑顔を見つめ、そして空を見上げた。


「……ふっ。完敗だ」


彼は肩の力を抜き、穏やかに笑った。


「よかろう。……神も、子供たちが笑顔でいられる場所を望んでおられるはずだ。エデルシュタイン子爵、貴殿の提案に乗ろう」


こうして、孤児院の「集団移住計画」が決まった。

宗教戦争の次は、引っ越し大作戦だ。

私の胃痛は収まる気配がないが、子供たちの歓声を聞いていると、不思議と悪くない気分だった。


「ミリア、輸送用の馬車の手配だ。……あと、特大の胃薬もな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ