第4話:イカサマと覇王の器
「……ねえ、アレン」
思考の泥沼に沈みかけていた私の耳元で、ミリアが小さく囁いた。
彼女は呆れたような顔をしつつも、その視線は鋭くガッツを観察している。
「あの男、バカよ」
私はガッツの頭上を見た。【知略:20】。
ミリアの慧眼は恐ろしいほど正確だ。私は短く頷いた。
「……ああ、そのようだな」
「でしょ? 理屈が通じる相手じゃないわ。真正面から説得しても無駄よ」
ミリアは私のポケットに手を滑り込ませ、ある物を握らせた。
硬くて、小さい感触。サイコロだ。
「こういう手合いには、もっと単純で、派手な『餌』が必要なの」
「私に合わせて。……一芝居打つわよ」
ミリアは悪戯っぽくウインクすると、今までのお嬢様口調を捨て、挑発的な足取りでガッツのテーブルへと歩み寄った。
「あんた、さっきから聞いてりゃ偉そうに! 力が全て? 笑わせないでよ!」
突然の罵倒に、ガッツが眉をひそめる。
「ああん? なんだ姉ちゃん、死にてえのか?」
「死ぬのはあんたよ。……あんた、まさか気づいてないの? 私の主人が、なぜあんなヒョロヒョロの体で、こんな危険な酒場に平気な顔して立っていられるのか」
ミリアの大嘘に、私は必死でポーカーフェイスを保った。平気な顔どころか、内心は心臓が口から飛び出しそうだ。
だが、ガッツの単純な思考回路(知略20)には、そのハッタリが引っかかったらしい。
「……あ?」
「我が主君、レオナルト様は『天運』に愛されたお方。その加護を受けたアレン様もまた、常人にはない強運の持ち主なのよ。あんたの剣なんて、当たるはずもないわ」
「ハッ、運だァ? そんなもんで剣が止まるかよ」
ガッツが鼻で笑う。
そこで、私はミリアの意図を察し、前に出た。
「ならば試してみるか? ガッツ」
私は震える足を無理やり止め、ガッツを真っ直ぐに見据えた。
「『力比べ』と言ったな。いいだろう、受けて立つ。ただし、方法は私が決める」
私はミリアから受け取ったサイコロを二つ、テーブルの上に転がした。
「勝負はサイコロだ。一番大きな目を出した方が勝ち。それだけだ」
「はあ? ガキの遊びかよ」
「ただの遊びではない。これは『天運』の勝負だ」
私は大げさに両手を広げた。
「もし私が勝てば、お前の運命は我が主君のもの。黙って俺たちについてこい。……だが、もし私が負ければ」
私はテーブルの上の金貨袋を指差した。
「この金はお前のものだ。さらに、私の命もくれてやる。好きに斬るがいい」
酒場が静まり返った。
命がけの博打。それは、荒くれ者たちが最も好む娯楽だ。
ガッツの目がギラリと光った。
「……面白ェ。その減らず口、二度と利けなくしてやるよ」
ガッツは巨大な手でサイコロを掴み取ると、無造作に放り投げた。
コロコロと転がった二つのサイコロが止まる。
「6」と「5」。合計11。
限りなく最強に近い数字だ。
「ギャハハ! 見ろ! これが俺の実力だ! 運も実力のうちってな!」
ガッツが勝利を確信して笑う。
周囲の客からも「終わったな」「あいつ死んだわ」という声が聞こえる。
普通の勝負なら、私の負けだ。
だが。
「……ミリア」
「任せて」
私がサイコロを拾い上げようとした瞬間、ミリアが「あら、失礼」とわざとらしくテーブルにぶつかった。
一瞬の隙。
彼女の指先が、目にも止まらぬ速さで動く。元横領犯にして、裏帳簿のプロである彼女の手癖の悪さは、こういう場面でも遺憾なく発揮された。
私がカップの中でサイコロを振り、テーブルに叩きつける。
ゆっくりとカップを上げると、そこには――
「6」と「6」。合計12。
「な……ッ!?」
ガッツの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
酒場中がどよめきに包まれる。
「12だと……!?」
「言っただろう。私は『天運』に守られていると」
私は冷や汗を隠し、傲然と言い放った。
もちろん、ただのイカサマだ。ミリアがすり替えたのは、どの面でも6が出る重心の偏ったインチキサイコロ(グラサイ)だった。
だが、**【知略:20】**のガッツにそのトリックは見抜けない。
「バ、バカな……イカサマだ! てめぇ、何か仕込んだな!?」
ガッツが激昂してテーブルを叩き割る。
その殺気に、私の足がすくみそうになる。
だが、ここで引けば殺される。私は最後の賭けに出た。
「ほう、イカサマだと?」
私は静かに、しかし冷徹にガッツを睨みつけた。そして、私の「目」に見えている彼の秘密を、さも天からの啓示のように告げた。
「ガッツ。お前の**【野望】**は傭兵で終わる器ではないな?」
「あ……?」
「お前は常に飢えている。金ではない。名声でもない。『最強の将軍』として歴史に名を刻むことを夢見ている。……違うか?」
ガッツの動きが止まった。
図星だ。彼の**【野望:65】の正体は、金銭欲などではなく、武人としての頂点への純粋な渇望。
確かに彼は先ほど「覇王のためにある」と口にした。だが、それはあくまで雇い主への条件としての言葉だったはずだ。それを「将軍の器」「伝説」という、彼が酒を飲むたびに夢想していた具体的な言葉で言い当てられ、【知略:20】**の単純な脳みそは混乱の極みに達した。
自分が漏らした言葉から推測されたなどとは微塵も思わない。「こいつ、俺の心の奥底まで見えてやがる……!」と勝手に戦慄し、驚愕に目を見開いた。
(なんで……俺が誰にも言ったことのない夢を……!?)
「我が主君レオナルト様は、全てお見通しだ。お前の中に眠る『将軍の器』もな」
私は畳み掛ける。
「今のまま野良犬として生きれば、お前はいずれ名もなき戦場で死ぬ。だが、我が主君に賭けるなら、お前を『伝説』にしてやる」
「伝説……」
ガッツがゴクリと喉を鳴らした。
目の前で起きた「ありえない確率の勝利」と、「心を見透かしたような言葉(ステータス鑑定)」。
この二つが、知力20の彼の中で化学反応を起こした。
『こいつの主人は、本当にヤバい奴なのかもしれない』
ガッツの殺気が消え、代わりに困惑と、そして期待の色が浮かんでくる。
彼の頭上の**【野望】**が、65からさらに赤く輝き始めた。
「……ちっ。分かったよ」
ガッツは舌打ちをし、大剣を背負い直した。
「負けは負けだ。俺の命、預けてやるよ。……ただし!」
彼は私の胸ぐらを掴み、顔を近づけた。
「少しでも『運』が尽きたと思ったら、即座に抜けるからな。俺は負け犬の下にはつかねえ」
「ああ、構わない。……歓迎するぞ、ガッツ」
私は胸ぐらを掴まれたまま、必死に虚勢を張って笑ってみせた。
ガッツが手を離し、不貞腐れたように歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、私は大きく息を吐き出し、へたり込みそうになる膝を拳で叩いた。
「……やるじゃん、アレン」
ミリアが横でニヤリと笑い、こっそりと回収したインチキサイコロをポケットにしまった。
「あんた、意外と詐欺師の才能あるんじゃない?」
「褒め言葉として受け取っておくよ……」
胃が痛い。
キリキリと痛む。
だが、これで「内政の頭脳」と「最強の矛」が揃った。
どちらもいつ爆発するか分からない劇薬だが、今はこれしか手がない。
「帰ろう、ミリア。……レオナルト様が待っている」
私たちは、新たな爆弾を連れ、領主館への帰路についた。
こうして、私の胃が休まることのない日々が、本格的に幕を開けたのである。




