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凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


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第39話:科学と信仰の法廷



約束の三日後。

エデルシュタイン領の広場には、特設のステージが組まれていた。

観衆は領民だけでなく、噂を聞きつけて近隣の街からも集まった群衆で埋め尽くされている。


ステージの上手かみてには、真紅の法衣を纏ったグレゴリオ枢機卿。

下手しもてには、私とレオナルト様、そして白衣を着たギルバートとミリアが並ぶ。


「……愚かな。神の裁きを、このような見世物小屋で問うつもりですか?」


グレゴリオが不快そうに眉をひそめた。

彼は「教会の権威」を盾に非公開での服従を迫ったが、私たちは「領民たちの前で真実を明らかにすべきだ」と主張し、この公開討論の場を引きずり出したのだ。


「見世物ではありません。これは『検証』です」


私は一歩前に出た。


「枢機卿猊下。貴方はカッファを『悪魔の実』と呼び、それを飲むと『魂が汚れる』とおっしゃいました。……その根拠を、今ここで証明していただきたい」

「証明など不要。飲めば興奮し、不眠に陥る。それが証拠です」


グレゴリオは群衆に向かって両手を広げた。


「皆さん、聞いたことがあるでしょう? この黒い水を飲んで、夜通し踊り狂った者がいると! それは悪魔が憑依した何よりの証!」

「いいえ、違います」


すかさずギルバートが前に出た。彼の手にはフラスコやビーカーなどの実験器具がある。


「それは『成分』の作用だ。……見ろ」


ギルバートがカッファ豆から抽出した成分を、特殊な試薬と反応させる。液体が鮮やかな色に変化した。


「この植物には、心臓の鼓動を強め、眠気を飛ばす成分が含まれているだけだ。……これは『薬草』の一種に過ぎん。興奮するのは悪魔のせいじゃなく、薬効だ」

「薬効だと? そのような毒々しい色の薬があるものか!」

「色で判断するな、素人が。……毒キノコだって綺麗な色をしてるだろうが」


ギルバートの毒舌に、会場から少し笑いが漏れる。

流れは悪くない。


「それに、猊下」


今度はミリアが帳簿を広げた。


「貴方がたが推奨する『聖茶』。……これにも、同様の覚醒作用があるハーブが含まれていますよね? 成分分析の結果が出ていますわ」


ミリアは容赦なく数字を突きつけた。


「カッファが悪魔の飲み物なら、聖茶も同じく悪魔の飲み物ということになります。……違いますか?」


論理の挟み撃ち。

「科学的根拠」と「比較検証」。

無知な民衆を扇動するだけの宗教論法は、事実の前では脆い。

グレゴリオの顔色が変わり、額に青筋が浮かんだ。


「……屁理屈を! 神の恵みである聖茶と、異端の黒い水を一緒にするな!」


彼は論理を捨て、感情に訴え始めた。


「皆さん、騙されてはいけません! 彼らは言葉巧みに皆さんを地獄へ誘おうとしているのです! 教会の教えに背けば、この地に災厄が……」

「災厄をもたらそうとしているのは、そっちだろ!」


客席の最前列から、ガッツが野次を飛ばした。

それに呼応して、領民たちからも声が上がる。


「そうだ! 俺たちはカッファのおかげで飯が食えてるんだ!」

「畑を焼くなんてとんでもねえ!」

「教会は俺たちを飢え死にさせる気か!」


生活がかかっている領民にとって、教会の権威よりも明日のパンの方が大事だ。

場の空気は完全にこちらに傾いた。


(勝てる……!)


私が確信した、その時だった。


「……黙りなさいッ!!」


グレゴリオが杖を床に叩きつけた。

その一喝は、老体からは想像もできないほどの迫力で、広場の喧騒を一瞬で黙らせた。


「……金か。貴様らは、金のために魂を売るのか」


グレゴリオの目が、悲しみと怒りで潤んでいるように見えた。

演技ではない。本気の怒りだ。


「この異端者どもが! 貴様らがこの『泥水』を売り捌くせいで……聖茶の売上が激減しているのだぞ!」

「……え?」


本音が出た。

やはり、利権争いだったのか。私が追及しようとした矢先、グレゴリオは悲痛な叫びを上げた。


「聖茶の利益が何に使われているか、知らぬわけではあるまい! 王都の孤児院、貧民街の炊き出し、病人の治療……。教会の慈善事業は、すべてその収益で賄われているのだ!」


会場が静まり返る。

その事実は、私も知らなかった。いや、教会の慈善事業など「寄付金」でやっているものだと思っていた。


「国からの補助金など微々たるもの。……我々が商売をしなければ、誰が親のない子を育てる? 誰が路地裏の飢えた老人を救うのだ!?」


グレゴリオは私を指差した。


「貴様らが私腹を肥やすためにカッファを売れば売るほど、救える命が減っていくのだ! ……それを『悪魔の所業』と言わずして、何と言う!!」


圧倒的な正論。

いや、論理のすり替えかもしれない。だが、「弱者を救うための金」と言われてしまえば、こちらは「弱者から奪う悪党」になってしまう。


(……やられた)


彼のステータスを見る。

【政治:95】。

彼は知っていたのだ。論理で負けても、「正義のポジション」さえ確保すれば勝てることを。

民衆の目が、再び揺らぎ始める。


「そんな……孤児院の資金に……?」


レオナルト様が呆然と呟く。

彼にとって、それは一番弱い急所だ。自分の商売が、間接的に子供たちを苦しめていたとなれば、ショックは計り知れない。


「……子爵。貴方に人の心があるなら、即刻カッファの販売を停止しなさい」


グレゴリオが畳み掛ける。

勝負あったか。

私が反論の言葉を探して詰まった時、レオナルト様がゆっくりと顔を上げた。


「……枢機卿猊下。教えてください」

「何ですかな?」

「聖茶の売上が減って、具体的にいくら足りないのですか?」

「は?」


予想外の質問に、グレゴリオが眉をひそめる。


「……昨年の収益減は、金貨にしておよそ500枚分。このままでは、三つの孤児院を閉鎖せねばならん」

「500枚……」


レオナルト様はミリアの方を見た。

ミリアは瞬時に意図を察し、素早く計算盤を弾いて、指を三本立てた。

「出せます」の合図だ。


「……分かりました」


レオナルト様はニッコリと笑った。


「では、こうしましょう。カッファの販売は続けます。畑も焼きません」

「なっ、まだ強欲を張る気か!?」

「その代わり……エデルシュタイン家から教会へ、毎年金貨600枚を寄付します」


「……はあ!?」


グレゴリオが素っ頓狂な声を上げた。

会場中がどよめく。

600枚。聖茶の損失補填以上の額だ。


「それだけあれば、孤児院は続けられますよね? むしろ、もう一つ増やせるかもしれません」

「き、貴様……正気か? 敵である我々に金を恵むと言うのか!?」

「敵じゃありません」


レオナルト様は、真っ直ぐにグレゴリオを見つめた。


「貴方は子供たちを守りたい。僕たちは領民の生活を守りたい。……守りたいものがある者同士、争う必要なんてないはずです」


彼はステージの中央に進み出た。


「カッファも聖茶も、どちらも人を幸せにする飲み物です。カッファで得た利益で、教会の慈善事業を支える。……そうすれば、カッファを飲む人は間接的に孤児たちを救うことになる。これこそ『神の御心』に叶うことではありませんか?」


【義理:100】。

敵対する相手すらも、「目的(善意)が同じなら味方だ」と定義し直す、究極の包容力。

それは、政治的駆け引きしか知らないグレゴリオの想定を、遥かに超えていた。


「……ぐ、ぬ……」


グレゴリオは言葉を失った。

反論できない。相手は「金は出す、商売も続ける、誰も不幸にしない」という完全な解決策アウフヘーベンを提示したのだ。これを拒否すれば、それこそ教会が「金ではなく面子メンツに固執する悪魔」になってしまう。


「……アレン。契約書の準備を」

「……御意」


私は苦笑しながらミリアに指示を出した。

金貨600枚は痛い出費だ。だが、それと引き換えに「教会のお墨付き」を得られれば、カッファのブランド価値は盤石になる。

計算としても、決して悪くない。


「……負けましたな」


長い沈黙の後、グレゴリオは深々とため息をついた。

その表情からは、険しい政治家の顔が消え、憑き物が落ちたような安堵の色が浮かんでいた。


「よかろう、エデルシュタイン子爵。……貴殿の『寄付』、ありがたく頂戴する。その代わり、教会はカッファに対する異端の疑いを解こう」


彼は私に近づき、小声で囁いた。


「……家老殿。貴方の主君は、とんでもない『人たらし』だな」

「ええ。……私の自慢の主君ですから」


握手が交わされる。

科学と信仰の法廷は、まさかの「業務提携」という形で幕を閉じた。


だが、これで一件落着とはいかない。

教会のバックには、さらに強大な権力――王家の王位継承問題が絡んでいるのだから。


広場の熱狂をよそに、私は新たな胃痛の予感を感じ取っていた。

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