第36話:お節介な主君と、憂鬱な釣書
バルトハルト家との騒動が収束し、季節は秋を迎えていた。
エデルシュタイン領は、黄金色に輝く麦畑と、北の丘陵に広がる濃緑のコーヒー畑のコントラストが美しい、実りの時期を迎えている。
「……ふぅ。これで今期の決算報告は終わりか」
私は羽ペンを置き、大きく伸びをした。
かつては赤字と借金まみれだった帳簿が、今では見違えるほど健全な黒字で埋め尽くされている。
執務室を見渡すと、いつものメンバーが忙しなく、しかし充実した表情で働いていた。
ふと、私の「目」が彼らの頭上の数値を捉えた。
レオナルト
【統率:38 武勇:32 知略:30 政治:45】
以前はオール30台前半だったレオナルト様だが、**【政治】**が大幅に伸びている。
数々の修羅場をくぐり抜け、領主として多くの決断を下してきた経験が、彼を成長させたのだろう。
まだ「名君」には遠いが、もう「無能」とは呼ばせない風格が漂い始めている。
「アレン、お疲れ様。……この書類、ランドルフ宛でいいかな?」
声をかけてきたのは、私の隣にデスクを構えるミリアだ。
彼女の数値もまた、変化していた。
ミリア
【統率:28 武勇:18 知略:75 政治:78】
**【知略】**が10も上がっている。
ロレンツォとの化かし合いや、エリスとの裏工作合戦を経て、彼女の策謀家としての才能は完全に開花したようだ。今や私の指示がなくても、阿吽の呼吸で裏の処理を済ませてくれる。頼もしすぎる秘書だ。
「ああ、頼む。……ランドルフ殿も、向こうで張り切っているようだしな」
バルトハルト領との合併に伴い、エリスはレオナルト様の妻としてこの屋敷に住むことになった。
そして、空いた旧バルトハルト領の統治は、忠義を取り戻した老家老・ランドルフに代官として一任している。
彼は「エリス様が安心して帰れる場所を守る」と、若返ったように働いているらしい。
「おうアレン! 今日の警備配置、これでいいか見てくれ!」
ドカドカと入ってきたのはガッツだ。
ヴォルフガングにしごかれ続けた彼の数値は、劇的な変化を遂げていた。
ガッツ
【統率:45 武勇:82 知略:25 政治:08】
**【武勇】が80の大台に乗り、騎士団長クラスに到達している。
そして何より、以前は「10(烏合の衆)」だった【統率】**が、まともに部隊を指揮できるレベルまで成長している。
「俺が最強」という慢心が消え、「部下を守りながら戦う」ことを覚えた結果だ。
そして、私自身の数値も……。
アレン
【統率:55 武勇:45 知略:60 政治:70】
私もまた、凡人なりに成長していた。
特に【政治】の伸びは、胃痛と引き換えに得た実務能力の証だ。
(……いいチームになったな)
私は感慨に浸った。
寄せ集めの問題児集団だった私たちが、今や子爵家を支える強固な一枚岩となっている。
これなら、どんな困難が来ても乗り越えられるはずだ。
「アレン。ちょっといいかい?」
レオナルト様が、手招きをした。
その顔には、いつになく真剣な、それでいてどこか「もじもじ」した色が浮かんでいる。
「はい、何でしょう?」
私は席を立ち、別室の応接間へと向かった。
レオナルト様は扉を閉めると、テーブルの上にうず高く積まれた書類の束を指差した。
「……これは?」
「釣書だよ、アレン」
「釣書?」
「そう。……君のお見合い相手のリストだ」
「……は?」
思考が停止した。
見合い? 私が?
「ま、待ってくださいレオナルト様。藪から棒に何を……」
「アレン、君ももう26歳だろう? 結婚を考えてもいい年頃だ」
レオナルト様は、子供のような純粋な瞳で私を見つめた。
「僕はエリスさんと結婚して、とても幸せだ。……でも、ふと思うんだ。僕がこうして幸せでいられるのは、全部アレンが泥を被って、身を粉にして働いてくれたおかげだって」
「それは私の職務ですから」
「それでもだよ! 君には幸せになる権利がある。……いや、君が幸せになってくれないと、僕が申し訳なくて胸が張り裂けそうなんだ!」
【義理:100】。
他人の献身に対して、報いなければ気が済まない。
その善意が、時としてとんでもない「お節介」となって暴走する。
「見てくれよ。君の活躍を聞きつけて、王都や近隣の貴族からこんなに縁談が来ているんだ」
レオナルト様は嬉しそうに釣書を広げた。
「こっちは伯爵家の三女。こっちは豪商の令嬢。……どれも美人で、持参金もたっぷりだそうだよ」
「い、いえ結構です! 私はまだ仕事が恋人というか、領地のことで手一杯で……」
「ダメだよアレン。仕事ばかりしていたら、いつの間にかお爺ちゃんになってしまうよ?」
レオナルト様は引かない。
そこに、気配を察知したのか、エリスが優雅に入ってきた。
「あら、楽しそうなお話ですわね。……アレン様のお相手探しですか?」
「エリス嬢……止めてください」
「ふふ。でも、貴族としての箔をつけるには、良い縁談は必須ですわよ?」
エリスは面白がって釣書を覗き込んだ。
「あら、この方は……性格に少々難ありと噂の『氷の令嬢』ですわね。アレン様なら手懐けられるのではなくて?」
「私は猛獣使いではありません」
「こっちの方は……あら、家柄は良いですが、浪費癖が激しいとか。……アレン様の胃が持ちますかしら?」
楽しんでいる。完全に他人事として楽しんでいる。
「……何してるの、あんたたち」
不意に、部屋の温度が下がった気がした。
入り口に、書類の束を抱えたミリアが立っていた。
その表情は能面のようだが、背後から立ち上るオーラは明らかに「不機嫌」だ。
「ミ、ミリア。いや、これはレオナルト様が……」
「ふーん。見合い、ね」
ミリアは冷ややかな目でテーブルの釣書を一瞥した。
「いいんじゃない? 家老様も偉くなったものね。逆玉に乗って悠々自適の生活、おめでとうございます」
「いや、誤解だ! 私は断ろうと……」
「別に言い訳しなくていいわよ。……はいこれ、決裁書類。急ぎだから」
ミリアは私の胸に書類を押し付けると、踵を返して出て行ってしまった。
バタン! と乱暴に閉められた扉の音が、部屋に虚しく響く。
「……あらあら」
エリスが意味深に口元を隠して笑う。
レオナルト様は「あれ? ミリアさん、怒ってたかな?」と首を傾げている。鈍感すぎる。
「……はぁ」
私は深々とため息をついた。
ステータスは成長しても、こういう人間関係の機微だけは、数値化して攻略できない難問だ。
「とにかく、私は結婚する気はありませんからね!」
「ええーっ、一度くらい会ってみようよ! ね? 軽い食事だけでいいから!」
食い下がる主君と、逃げ回る家老。
平和な午後の一幕。
だが私は知らなかった。この呑気な騒動の裏で、王都から「白き断罪者」がこちらへ向かっていることを。
私の胃薬の在庫は、またしても底をつきそうだった。




