第35話:継承される覚悟と、王の贈り物
「……面を上げよ」
王都の謁見の間。
再びこの場所に呼び出された私たちは、国王ハインリヒ三世の御前で平伏していた。
私の横にはレオナルト様とエリス。
後ろには、縄で縛られたゲオルグと、神妙な面持ちのランドルフが控えている。
「エデルシュタイン男爵、そしてエリスよ。……ご苦労であったな」
王の声は穏やかだった。
報告は既に済ませている。同盟領内での反乱を、最小限の犠牲で迅速に鎮圧したこと。その手際の良さを、王は高く評価してくれているようだった。
「さて、処遇についてじゃが……」
王の視線が、後ろに控える二人に向けられた。
空気の温度が一気に下がる。
「ゲオルグ・フォン・バルトハルト。……其方、またやったそうだな?」
「ひぃっ……! お、お助けを……! 私は唆されただけで……!」
ゲオルグが情けなく額を床に擦り付ける。
毒事件で温情をかけられ、廃嫡で済まされたにも関わらず、再び反乱を企てた罪。もはや弁解の余地はない。
「二度目はないぞ。……毒をもって民を害し、あまつさえ反乱の旗頭となって兵を動かした。その罪、万死に値する」
王が冷徹に告げた。
「ゲオルグを『極寒の監獄島』への永久幽閉とする! ……家名も、名誉も、自由も、全て剥奪じゃ。冷たい石の牢獄で、一生かけて己の愚かさを呪うがよい」
「そ、そんな……いやだ、いやだぁぁっ!!」
衛兵に引きずられていくゲオルグの絶叫が、広間に虚しく響き渡り、やがて消えた。
エリスは無表情でそれを見送っていた。彼女の中で、兄への情はとっくに枯れ果てているのだろう。
「次に、ランドルフ」
王が老家老を見下ろす。
「主家の意向に背き、反乱を主導した罪は重い。……だが、其方は長年バルトハルト家に尽くしてきた忠臣でもあるとも聞く」
王はチラリと、レオナルト様の方を見た。
「エデルシュタイン男爵。こやつの処遇は、其方に任せる。……好きにするがよい」
「えっ? ぼ、僕にですか?」
レオナルト様が驚いて顔を上げる。
王はニヤリと笑った。
「うむ。毒を盛った相手すら許そうとした其方じゃ。……此度はどうする?」
試されている。
「甘さ」だけで許すのか、それとも領主として「決断」するのか。
ランドルフは覚悟を決めたように目を閉じ、首を差し出した。
「……煮るなり焼くなり、好きになされよ。主家を二つに割った罪、この首で償えるなら本望」
「……ランドルフさん」
レオナルト様は立ち上がり、老人の前に歩み寄った。
そして、その戒めを解くように手を添えた。
「貴方の首はいりません。……その代わり、これからの『命』をください」
「……何?」
「貴方の忠誠心は本物でした。ただ、向ける方向が少しズレていただけです」
レオナルト様は、隣に立つエリスを手招きした。
「見てください。彼女は、貴方が守りたかった『バルトハルト家』を、必死で守ろうとしています。泥を被り、頭を下げ、それでも民のために戦っている」
ランドルフが顔を上げ、エリスを見る。
エリスは気まずそうに視線を逸らしたが、その立ち姿は凛として美しかった。
「貴方の忠義を、過去の幻影ではなく……今、ここにいる彼女に向けてはくれませんか? 彼女には、貴方のような経験豊富な支えが必要なんです」
「……っ」
ランドルフの目から涙が溢れた。
処刑されると思っていた。罵倒されると思っていた。
だが、与えられたのは「新たな役目」と「進むべき道」。
「……若造が。……甘いわ」
ランドルフは男泣きしながら、深く、深く頭を下げた。
「この老骨、砕け散るまで……エリスお嬢様と、レオナルト様のために捧げましょう」
ランドルフ
【忠誠:100】
歪んでいた忠義が、正しい方向へと修正された瞬間だった。
「……ふっ。やはり面白い男じゃ」
その様子を見ていた国王が、満足げに頷いた。
「人を活かし、罪を憎んで人を憎まず、か。……よかろう。一件落着じゃな」
王は玉座から身を乗り出した。
「さて、エデルシュタイン男爵。今回の功績に対し、余からの『褒美』を取らせようと思う」
「ほ、褒美ですか? いえ、僕はただ……」
「遠慮するな。……これは余の思いつきであり、命令じゃ」
王は高らかに宣言した。
「エリス・フォン・バルトハルトと、レオナルト・フォン・エデルシュタイン。……両名の『婚姻』を、余の名において許可する!」
「「……はい?」」
レオナルト様とエリスの声が重なった。
私も思考が停止した。
……え? 今、なんて?
「そして、それに伴い……バルトハルト領をエデルシュタイン領へ正式に『併合』することを認める! エデルシュタイン家は本日をもって、男爵から**【子爵】**へと昇爵とする!」
ドカン、と爆弾が投下された。
婚姻。領地併合。昇爵。
一気に三つも!?
「ちょ、ちょっと待ってください陛下!?」
私が慌てて声を上げると、王は悪戯っぽく笑った。
「なんじゃ家老。不服か? 二人はもともと同盟関係にあり、相性も悪くないようじゃが?」
「そ、それはそうですが……いきなり結婚とは……」
「よいではないか。バルトハルト家は男爵へ降格させたが、エデルシュタイン家と一つになれば、実質的に元の規模……いや、それ以上の大領地となる。それを治めるには、子爵位くらいは必要じゃろう?」
王の理屈は通っている。
通っているが、あまりに強引だ。
だが、当の本人たちを見ると……。
「……え、エリスさんと……結婚……?」
レオナルト様は顔を真っ赤にして、チラチラとエリスを見ている。
そしてエリスもまた、扇子で口元を隠しているが、その耳まで真っ赤に染まっていた。
「……陛下のご命令とあらば、拒否権はございませんわね」
彼女はそっぽを向きながら、しかしレオナルト様の袖をちょこんと掴んだ。
「……よろしく頼みますわ、あ・な・た(・・・)」
その瞬間。
彼女の頭上の数値が、再び動き出したのが見えた。
エリス
【野望:00 → 99(再燃)】
凍りついていた野望が、熱を持って復活したのだ。
だが、その色は以前のような、家を乗っ取り他人を蹴落とそうとする禍々しい漆黒ではない。
愛する主君(夫)を支え、共に国の頂点へと登り詰めようとする、強烈なまでの「上昇志向」。
かつて家を乗っ取ろうとした怪物は、今や最強の「伴侶」として覚醒したようだ。
(……ああ、もう手遅れだ。完全に落ちている)
私は天を仰いだ。
これでエデルシュタイン領は、名実ともに中堅貴族へと躍進することになる。
領地は倍増。家臣も倍増。そして面倒ごとも倍増だ。
「おめでとうございます、家老殿」
ロレンツォが同情とも祝福ともつかない顔で肩を叩いてきた。
その口元には、皮肉めいた笑みが浮かんでいる。
「領地も家族も増えて、これからは益々忙しくなりそうですね。……また胃の痛む日々が始まりますよ」
彼は片眼鏡をキラリと光らせた。
「お祝いに、とびきりよく効く胃薬……山ほど差し入れておきますね」
「……ああ、頼む。一番強いやつをくれ」
私は深いため息をつきつつも、隣で幸せそうに笑う主君と、その手を握る元・最強の敵を見つめた。
まあ、悪くない結末だ。
泥だらけの聖人と、劇薬の仲間たち。
彼らの物語は、ここから「子爵家」として、新たなステージへと突き進んでいくことになるのだから。




