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凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


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第30話:王城の審問会(前編)~偽りの涙と強欲の汚名~



王城の大広間は、以前の華やかなパーティー会場とは打って変わり、重苦しい静寂に包まれていた。

玉座には国王ハインリヒ三世。

その左右には宰相や大臣たちが並び、我々とバルトハルト家の代理人を冷ややかな目で見下ろしている。


これは裁判ではない。「審問会」だ。

どちらに正義があるかを王が裁定し、その結果次第で家の存亡が決まる、言葉の戦争。


「――バルトハルト家当主代行、エリス・フォン・バルトハルト。前へ」


式部官の声と共に、一人の少女が進み出た。

会場がざわめく。

エリス嬢だ。だが、その装いは以前のような煌びやかなドレスではない。

装飾の一切ない、喪服のような漆黒のドレス。化粧も控えめで、その顔色は心なしか青白い。

か弱く、健気で、悲劇を背負ったヒロインそのものの姿だった。


「……陛下におかれましては、この度のような不祥事で御心を煩わせましたこと、万死に値すると存じます」


エリスはその場に平伏し、震える声で謝罪した。


「父と兄の愚行……毒物の混入などという大罪、弁解の余地もございません。私はただ、被害に遭われた方々と、傷ついた王国の名誉のために、この身を捧げて償う覚悟でございます」


完璧だ。

まずは全面的に罪を認め、反省の態度を示すことで、「潔い」という印象を与える。

国王も、その殊勝な態度に少しだけ表情を緩めたように見えた。


「面を上げよ。……して、そちの言い分は?」

「はい」


エリスは顔を上げ、涙に濡れた瞳で訴えかけた。


「私は、償いとしてバルトハルト家の全財産と領土を、被害者であるエデルシュタイン家に譲渡することを申し出ました。……ですが」


彼女はチラリと、こちら――レオナルト様の方を見た。

その目に宿る光が、一瞬だけ鋭く、冷たいものに変わる。


「彼らはそれを拒絶しました。それどころか……謝罪に向かった兄ゲオルグを拉致し、監禁したのです」


会場から「なんと」「野蛮な」という囁きが漏れる。


「兄は責任を感じ、自ら命を絶とうとしていました。それを捕らえ、『命が惜しければ更なる賠償金を払え』と脅迫しているのです! ……陛下、どうかお助けください。父と兄は罪を犯しましたが、彼らの行いは正義ではありません。ただの『強欲な火事場泥棒』です!」


エリスが泣き崩れる。

周囲の貴族たちの視線が、一斉に敵意となって私たちに突き刺さる。

「被害者面をして欲をかいた田舎者」「調子に乗った新興貴族」というレッテルが、この瞬間、完全に固定された。


(……見事なもんだ)


私は内心で舌を巻いた。

事実は9割合っている。だが、文脈を1割変えるだけで、こうも印象が変わるものか。

【政治:96】。大衆扇動と印象操作のプロフェッショナル。


「エデルシュタイン男爵。……弁明はあるか?」


王の鋭い視線が、レオナルト様に向けられる。

レオナルト様は緊張で顔を強張らせながらも、一歩前へ出た。


「へ、陛下。……彼女の言っていることは、半分正しくて、半分間違っています」

「ほう?」

「僕たちは、バルトハルト家の領土が欲しいわけじゃありません。彼女からの申し出を断ったのは……それが『王国の秩序』を乱すことだからです!」


レオナルト様は、震える声を必死に張り上げた。


「バルトハルト家は伯爵、我が家は男爵です。上位の貴族が、勝手に下位の貴族に臣従して領土を譲渡するなんて……そんなことをすれば、貴族の序列も、王国の法も滅茶苦茶になってしまいます!」


会場が少しだけ静まり返る。

「強欲」と言われた男爵が、まさかの「秩序」を口にしたからだ。


「僕は、家老のアレンから教わりました。貴族には守るべき一線があると。……だから、僕たちは彼女の申し出を受け入れるわけにはいかなかった。それだけです!」


レオナルト様は真っ直ぐに王を見つめた。

拙い言葉だが、そこには一点の曇りもない「正論」があった。

王も「ふむ……筋は通っておるな」と頷きかける。


だが、エリスは即座に切り返した。


「……秩序、ですか。綺麗事ですわね」


彼女は冷ややかに言い放った。


「その『秩序』を守るはずの方が、なぜ兄を拉致し、あのような書類を書かせたのですか? ……『自白書』という名の脅迫状を」


「うっ……! そ、それは……!」

「兄は脅されて、あることないこと書かされたと聞いています。父や私が毒殺を指示したなどという、根も葉もない嘘を!」

「嘘じゃない! 実際に指示書が……」

「偽造など簡単ですわ。貴方たちが雇っている、あの胡散臭い商人なら造作もないことでしょう?」


ロレンツォの方へ矛先が向く。

ロレンツォは片眼鏡を直しながら苦笑するが、貴族たちの目は「ああ、あの悪名高いロレンツォか」と納得の色を深めている。


「それに、考えてもみてください。私が自らの家の信用を失墜させるような毒を、わざわざ指示する理由がありますか? ……全ては、功を焦った兄と、一部の暴走した部下の独断です」


トカゲの尻尾切り。

それを、「身内を庇いきれなかった哀れな妹」という立場を利用して正当化している。

論理と感情、両面からの完璧な防壁だ。


「……分が悪いな」


隣でヴォルフガングが小さく呟いた。

このままでは、何を言っても「強欲な田舎者の言い訳」として処理される。

空気を変えるには、劇薬が必要だ。


私はレオナルト様の背中に手を添え、代わって前に出た。


「陛下。……家老のアレンと申します。発言をお許しいただけますか?」

「許す。申してみよ」


私はエリスに向き直った。

彼女は泣きはらした顔のまま、しかしその瞳の奥で「お前ごときに何ができる」と嘲笑っていた。


「エリス嬢。貴女のお話は感動的でした。……ですが、我々はここへ『お涙頂戴の演劇』を見に来たわけではありません」


私は懐から、昨夜奪取した「帳簿」を取り出した。


「感情論は抜きにして……『数字』の話をしましょう」

「……数字?」

「ええ。今回の毒入りコーヒー騒動。……王都で流通した偽物の総量は、およそ一万袋と推測されています」


私は帳簿を開き、王に掲げて見せた。


「これだけの物量を製造するには、大量の麦と、特殊な毒草が必要です。……エリス嬢、貴女は『兄と部下の独断』とおっしゃいましたが」


私はエリスを指差した。


「馬車50台分もの大量の麦が、バルトハルト家の正規ルートを使って王都に運び込まれ、スラムの倉庫へ消えていった記録がここにあります。……これだけの物資の動きを、当主代行である貴女が『知らなかった』で済ませるおつもりですか?」


エリスの眉が、ピクリと動いた。


「……まさか。そんな記録、あるはずが……」

「ありますよ。王都の関所の通過記録と、貴家の裏帳簿を照らし合わせれば一目瞭然だ」


私は畳み掛けた。


「そして、これが決定的な証拠です」


私はもう一つ、毒の入った小瓶を取り出した。


「昨夜、我々がその倉庫から押収した『濃縮下し根エキス』です。……現場には、貴家の紋章が入った木箱が山積みになっていましたよ」


会場がざわめき始める。

涙ながらの訴えよりも、冷徹な物証。

貴族たちも、目の前に突きつけられた「毒」の現物には反応せざるを得ない。


「……そ、それは……」


エリスが言葉に詰まる。

初めて見せる動揺。

だが、**【知略:92】**の頭脳は、まだ死んでいなかった。


「……捏造ですわ」


彼女は表情を一瞬で切り替え、毅然と言い放った。


「その帳簿も、毒も。……貴方たちが用意した偽物でしょう? 私たちを陥れるために、そこまで周到な準備をされていたとは……恐ろしい方々です」


あくまでシラを切る気だ。

証拠能力を否定し、水掛け論に持ち込む。そうなれば、王都にコネの多い彼女の方が有利だ。


「陛下! こんな詐欺師たちの言うことを信じてはいけません!」


エリスが叫ぶ。

場の空気が、再び彼女の方へ傾きかける。


(……くそっ、やっぱり口だけじゃ逃げられるか)


あと一押し。

彼女が言い逃れできない、決定的な「何か」が必要だ。

その時だった。


「……嘘をつくのは、もうやめようよ」


静かな、しかしよく通る声が響いた。

レオナルト様だ。

彼は私とエリスの間に割って入り、悲しげな瞳でエリスを見つめた。


「エリスさん。……君は、本当にそれでいいの?」

「……何のことですの?」

「家族を切り捨て、部下に罪を被せ、嘘で塗り固めた勝利……。そんなもので守った家に、何の意味があるの?」


レオナルト様は、証拠品や論理ではなく、彼女の「在り方」そのものを問うた。


「僕は、君のお兄さん――ゲオルグ殿と話したよ。彼は震えていた。『妹に殺される』って」

「……ッ」

「家族に怯えられるような生き方が、君の望んだ『覇道』なのかい?」


**【義理:100】**の言葉が、エリスの鉄壁の仮面にヒビを入れる。

論理で武装した彼女にとって、計算外の「純粋な善意」からの問いかけ。

それは、彼女が最も苦手とし、そして心のどこかで恐れていたものだった。


「……黙りなさい」


エリスの声が低くなった。

可憐な猫被りが剥がれ落ち、その下にある冷酷な素顔が覗き始める。


「甘ったれたことを……。力なき正義など、無意味ですわ」


彼女が本性を現そうとした、その瞬間。

重厚な扉が開き、一人の男が足を引きずりながら入ってきた。


「……待ってくれ。……俺が、話す」


「げ、ゲオルグ兄様!?」


エリスが絶叫に近い声を上げた。

そこに立っていたのは、ヴォルフガングとガッツに支えられた、ゲオルグ・フォン・バルトハルトその人だった。


「陛下……。全てを、自白いたします」


生きた証人の登場。

審問会は、ここから本当の修羅場へと突入する。

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