第3話:脳筋傭兵との交渉決裂
一時間後。
埃まみれになりながら戻ってきたミリアは、ドン、と重そうな革袋を私のデスクに叩きつけた。
「はい、お望み通り。……死ぬかと思ったわ」
袋の口を緩めると、中には金貨と銀貨が無造作に詰め込まれていた。
ざっと見ただけでも、傭兵一人を半年は雇える額だ。正規の税収処理だけでは絶対に出てこない「埋蔵金」である。
「回収不能とされていた貴族への貸付金を、ちょっとした『脅し』……いえ、交渉で即時回収したの。あとは倉庫に眠っていた先々代の骨董品を、目利きの商人に売りつけてきたわ」
ミリアは鼻の頭についた煤を拭いながら、得意げに胸を張る。
その右手が、不自然にポケットのあたりを押さえているのを私は見逃さなかった。
……まあいい。手数料としては許容範囲だ。ここでポケットの中身を改めれば、彼女の**【義理:18】**は一瞬で一桁に落ちるだろう。
「見事だ。これならいける」
私は革袋を懐に入れると、ミリアに向かって顎をしゃくった。
「よし、行くぞミリア。お前も来い」
「はあ? なんで私が? 金は作ったでしょ。私はお風呂に入りたいんだけど」
「私がいない間に金庫を持ち逃げされては困る。それに、これから会う男は数字の計算が苦手だ。お前の口車が必要になるかもしれない」
「……あんた、さらっと失礼なこと言うわよね」
ミリアは不満げに頬を膨らませたが、監視の目を光らせる私に観念したのか、しぶしぶ後ろについてきた。
街外れにある酒場『赤き猪亭』。
昼間から安酒と博打の匂いが充満する、荒くれ者たちの巣窟だ。
以前の私なら足を踏み入れることさえ躊躇した場所だが、今の私には背に腹は代えられない事情がある。
「うわ、最悪。空気が淀んでる」
ミリアがハンカチで鼻を押さえながら毒づく。
私は周囲の威圧的な視線を無視して、酒場の一番奥へと進んだ。
そこに、その男はいた。
周りの客が遠巻きにする中、一人だけテーブルを占領し、巨大なジョッキを呷っている男。
黒髪を無造作に伸ばし、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。
ガッツ。
流れの傭兵であり、この界隈では「強すぎてパーティーが組めない」と敬遠されている厄介者だ。
私は彼の頭上に浮かぶ数値を確認し、ごくりと唾を飲み込んだ。
ガッツ
【統率:10 武勇:75 知略:20 政治:05】
【義理:30 野望:65】
【武勇:75】。
これは凄まじい数値だ。先ほど去っていった騎士団長ヴァイスには劣るが、単体の破壊力なら十分に「一騎当千」を名乗れる。
しかし、それ以外の数値が壊滅的だ。
特に**【知略:20】と【政治:05】**は、もはや「考えるより先に殴る」レベルであることを示している。
「おい、そこのデカいの」
私が声をかけると、ガッツはゆっくりと顔を上げた。
猛禽類のような鋭い目が、私とミリアを射抜く。
「ああん? なんだお前ら。ひよっ子と……囚人崩れか? ここは貴族のお坊ちゃんが来る場所じゃねえぞ」
「人を探している。ガッツ、お前だ」
私は懐から金貨の入った革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
ジャラリ、と重い音が響く。
ガッツの目が、一瞬だけ袋に吸い寄せられた。
「……ほう」
「単刀直入に言おう。エデルシュタイン家はお前を雇いたい。期間はとりあえず半年。報酬は相場の三倍だ。前金としてこの袋の中身をやる」
破格の条件だ。周りの酔っ払いたちがざわつくのが分かる。
ミリアも「出しすぎよ」と言いたげに私を睨んでいるが、これくらいのインパクトがなければ、この男は動かない。
ガッツはニヤリと笑い、革袋を手に取った。
そして、中身を確かめるように放り上げ――
バンッ!
次の瞬間、革袋はテーブルに叩きつけられていた。
「帰んな。興味ねえよ」
予想外の拒絶だった。
私は動揺を隠して問い返す。
「……金額が不満か? ならば成功報酬を上乗せしてもいい」
「金の問題じゃねえよ」
ガッツは飲み干したジョッキをドンと置き、私を頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見下ろした。
「俺はな、強い奴の下でしか働かねえって決めてんだ。お前、弱そうだろ」
「……私は家老だ。主君は別にいる」
「その主君ってのも、お前が代理で来る時点でたかが知れてる。どうせ、鼻水垂らしたガキか、剣も振れねえジジイだろ?」
図星を突かれ、私は言葉に詰まった。
ガッツの頭上にある**【野望:65】**が赤く脈動している。
彼はただの傭兵ではない。「俺はもっと上に行ける」「こんな掃き溜めで終わる器じゃない」という自負が強いのだ。だからこそ、泥船と分かっている弱小領主に雇われることを、プライドが許さない。
「俺の剣はな、覇王のためにあるんだよ。小銭稼ぎのために、弱小貴族の介護をするつもりはねえ」
ガッツはあくびをしながら、私を手で追いやる仕草をした。
「分かったら失せな。それとも、その金置いて、俺と『力比べ』でもしてみるか? 秒でミンチにしてやるけどよ」
挑発的な笑み。
周囲の荒くれ者たちも、面白い見世物が始まると期待して野次を飛ばし始める。
(まずい……)
完全に舐められている。
ここで引き下がれば、二度と交渉の余地はない。だが、力尽くで彼を従わせる武力(武勇42)も私にはない。
横を見ると、ミリアが「ほら、言わんこっちゃない」と冷ややかな目を向けている。
交渉決裂。
私の胃がキリキリと悲鳴を上げ始めた。
この脳筋男を振り向かせるには、金でも情でもない、奴の常識(ちりゃく20)を覆す「何か」が必要だ。
私は冷や汗を流しながら、必死に思考を巡らせた。




