第28話:王都の冷たい風と、歪められた真実
「……満室、ですか?」
「ええ。生憎と、どの部屋も埋まっておりましてな」
王都の高級宿屋の主人は、慇懃無礼な態度でそう言うと、パタンと帳簿を閉じた。
その目は明らかに私たちを――特にレオナルト様を、軽蔑の色で見ている。
「これで5軒目だぞ。どうなってやがる」
ガッツが苛立ちまぎれに貧乏ゆすりをする。
私たちは今、王家の仲裁を受けるために王都へ到着したばかりだった。
メンバーは私アレン、レオナルト様、ミリア、ガッツ、ヴォルフガング、ロレンツォ、そして「重要参考人」として護送馬車に乗せられたゲオルグだ。
ソフィアとクロは、留守番と情報収集のために領地に残している。
「……やはり、エリス嬢の手が回っていますね」
ロレンツォが溜息交じりに言った。
「私が事前に『重要参考人の保護』を報告したおかげで、表立って『誘拐犯』として捕縛されることはありませんでした。ですが……」
「世論は完全に操作されている、ということか」
私は街を行き交う人々の、ヒソヒソという話し声に耳を傾けた。
「聞いたか? あのエデルシュタイン家、バルトハルト家の『全面降伏』を蹴ったらしいぞ」
「なんでも、伯爵が全財産を譲ると言ったのに、『足りない』と難癖をつけたとか」
「挙句に、謝罪に来た嫡男を捕まえて人質にしたんだろ? ……強欲な田舎者はこれだから困る」
(……上手いな)
私は舌を巻いた。
エリスは事実(全面降伏の申し出と、その拒絶)を巧みに利用し、文脈だけを書き換えたのだ。
「法的に不可能だから断った」というこちらの理屈は伏せられ、「誠意ある申し出を踏みにじり、さらにふんだくろうとしている強欲な連中」というストーリーが出来上がっている。
「完全に悪役扱いね。……これじゃあ、まともな貴族は会ってくれないわよ」
ミリアが頭を抱える。
明後日の審問会までに、こちらの正当性を主張するための根回しをしたかったが、門前払いされるのがオチだ。
「……僕のせいで、みんなに迷惑をかけてごめん」
レオナルト様がしょんぼりと項垂れる。
宿すら取れず、路頭に迷う一行。惨めなものだ。
「おい、そこな田舎者たち!」
その時、背後から声をかけられた。
振り返ると、立派な馬車の中から、白髪の老紳士が顔を覗かせていた。
以前のパーティーで、国王陛下がコーヒーを絶賛した直後、他の貴族たちが様子を伺う中で真っ先に「私にも売ってくれ!」と手を挙げてくれた、あの有力貴族だ。
「おや、貴殿は……」
「宿に困っておるんじゃろう? ……乗るがいい。わしの別邸を貸してやろう」
老紳士はぶっきらぼうに言った。
「えっ? で、でも……僕たちと一緒にいると、貴方まで悪く言われてしまいます」
レオナルト様が遠慮するが、老紳士は鼻で笑った。
「ふん。わしは自分の舌と目を信じる。……あの美味いコーヒーを作り、民と共に泥にまみれる領主が、噂通りの強欲な悪党だとは思えんのでな」
【義理:85】。
この古狸だらけの王都で、稀有なほど義理堅い人物だ。
レオナルト様の「実直さ」が、ここでも種を蒔いていたのだ。
「……感謝します。この御恩は必ず」
「礼はいい。その代わり、極上の『エデル・コーヒー』を淹れてくれ。あれがないと最近、調子が出なくてのう」
私たちは地獄に仏とばかりに、老紳士の厚意に甘えることにした。
老紳士の別邸に落ち着いた私たちは、早速、明後日の審問会に向けた作戦会議を開いた。
「状況は不利だ」
私が切り出した。
「世論はエリス嬢の味方。彼女は『父の罪を償うために全てを差し出そうとした健気な娘』を演じ、私たちは『それにつけ込む悪党』という構図になっている」
「これを覆すには、決定的な証拠が必要じゃな」
ヴォルフガングが腕組みをする。
「ゲオルグの自白書だけでは弱い。エリス嬢は『脅されて書かされた』と主張するじゃろうし、実際、あのヘタレ息子なら法廷で証言を翻しかねん」
確かに。
地下牢で怯えているゲオルグは、エリスを前にすれば蛇に睨まれた蛙だ。土壇場で「嘘の自白を強要されました!」と叫ぶ可能性は高い。
「……そもそも、不思議だ」
私は前世の記憶――現代日本の「製品管理」の常識を思い出しながら、素朴な疑問を口にした。
「あれだけの偽物が市場に出回るなんて、普通ありえるか? ロレンツォ商会の流通管理は完璧だったはずだ。袋の一つ一つまで番号で管理されていると聞いている」
「ええ、その通りです。私が目を光らせている以上、在庫の横流しなど不可能です」
ロレンツォが頷く。
「なら、偽物は『ゼロから作られた』ということになる。……数百袋、いや数千袋単位で」
私は首を傾げた。
「それだけの原料――焦がした麦や毒草を調達し、加工し、袋詰めして、王都中にばら撒く。……そんな大規模な『工場』と『物流』を、誰にも気づかれずに動かせるものだろうか?」
私の何気ない一言に、その場にいた「切れ者」たちの目の色が変わった。
「……そうか!」
最初に反応したのはミリアだった。
彼女はバッと手帳を開き、猛烈な勢いで計算を始めた。
「アレンの言う通りよ。個人レベルの模倣犯じゃ不可能だわ。原料の麦だけでも馬車数十台分……そんな大量の物資を市場で買い集めれば、相場が動いてすぐにバレる」
「つまり、市場を通さずに調達したということですか?」
「ええ。自前の領地で生産したか、あるいは……」
ミリアの視線が鋭くなる。
「……独自の『裏ルート』を使って、大量の材料を王都に運び込み、この街の中で調合したか」
「街の中で調合?」
ガッツが首を傾げる。
「ああ。完成した『毒入り粉』を大量に持ち込めば、検問でバレるリスクが高い。だが、『ただの麦』として持ち込めばどうだ? 誰にも怪しまれずに王都内に入れられる」
私が補足すると、ロレンツォが冷徹な声で被せた。
「そして、運び込んだ先……王都内のどこかに『製造工場』を構え、そこで毒草を混ぜて袋詰めし、闇ルートへ流した。……これなら、誰にも気づかれずに大量の毒物を流通させられます」
「……奴らなら、造作もないことじゃな」
ヴォルフガングが低い声で頷いた。
「北の物流を牛耳る大貴族バルトハルト家。王都の衛兵にも顔が利く。……『自家消費用の備蓄』や『軍事物資』という名目を使えば、ノーチェックで大量の麦を運び込むことなど容易い」
点と点が繋がった。
私が感じた「違和感」を、天才たちが瞬時に「論理」へと組み上げ、犯人はやはりバルトハルト家であるという確信に至ったのだ。
「なるほど……。ならば、調べるべきは闇市ではないな」
ロレンツォが片眼鏡を光らせた。
「王都の関所の記録です。ここ一ヶ月、バルトハルト家名義で『不自然なほど大量の麦や資材』が運び込まれていないか。……そして、その荷物が王都内の『どこ』へ消えたか」
「私が洗うわ。商会のコネと、元役人の裏技を使えば、関所の帳簿くらい覗けるはずよ」
ミリアが不敵に笑う。
**【知略:65】の実務能力と、【知略:88】**の商才が、エリスの尻尾を掴むために動き出した。
「ガッツとヴォルフガング殿は、ゲオルグの護衛を頼む。……エリス嬢が口封じに刺客を送ってくるとしたら、今夜か明日だ」
「おう! 返り討ちにしてやるぜ!」
方針は決まった。
私はただきっかけを与えただけ。あとは彼らが、完璧な証拠を揃えてくれるはずだ。
「……アレン。僕は?」
レオナルト様が不安そうに私を見た。
「僕は、何をすればいい?」
「レオナルト様は……」
私は主君の目を見て、静かに言った。
「明後日の法廷で、ありのままの想いを話してください。怒りも、悲しみも、全て。……小手先の理屈ではなく、貴方の『言葉』が必要なのです」
王都の冷たい風の中、私たちの最後の戦いが始まろうとしていた。




