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凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


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第21話:黒い泥水と激怒する商人



「エデル・コーヒー」が王都でセンセーションを巻き起こしてから、三ヶ月が過ぎた。

エデルシュタイン領は、これまでにない活気に満ち溢れていた。


「ほらほら! 次の荷馬車が来るわよ! 箱詰め急いで!」

焙煎機ロースターの火加減はどうだ? 温度を一定に保てよ!」


北の開墾地には加工場が建設され、難民たちが忙しく働いている。

カッファの香ばしい香りが風に乗って漂い、街道には商品を運ぶ馬車が列をなす。

かつて「何もない」と言われた貧乏領地は、今や「黒い宝石の産地」として地図にその名を刻みつつあった。


執務室で帳簿を見ていたミリアが、うっとりとしたため息をつく。


「……信じられないわね。先月の税収、去年の十倍よ。十倍」

「ロレンツォの手腕と、現場の頑張りのおかげだな」


その向かいで、レオナルト様も懸命に慣れない決裁書類に判を押していた。


「すごいね、アレン。僕たちのコーヒーが、王都の人たちを喜ばせているんだね」

「ええ。レオナルト様のご威光のおかげですよ」


私も肩の荷が下りる思いだった。

借金の返済も順調。難民たちの生活も安定してきた。

ガッツはヴォルフガングにしごかれながらも騎士団(仮)をまとめ上げ、ソフィア王女も今のところ大人しくしている。


平和だ。

胃薬がいらない日々が、ようやく訪れたのだ。


――そう思った矢先だった。


バンッ!!


執務室の扉が、蝶番が壊れそうな勢いで叩き開けられた。


「……説明していただきましょうか、家老殿!!」


怒号と共に飛び込んできたのは、いつもの冷静沈着な仮面をかなぐり捨てた、鬼の形相のロレンツォだった。

漆黒のコートは砂埃で汚れ、髪も乱れている。馬を飛ばして駆けつけたことが一目でわかった。


「ロ、ロレンツォ殿!? 一体どうされたのですか、藪から棒に……」

「ロレンツォさん? どうしたんだい、そんなに怖い顔をして」


レオナルト様が不安そうに立ち上がる。

だが、ロレンツォは挨拶もそこそこに、手に持っていた革袋を私のデスクに叩きつけた。


「これが落ち着いていられますか!!」


袋の口が開き、中から黒っぽい粉が飛び散る。


「これは……コーヒーの粉?」

「いいえ。『黒い泥水』の素です」


ロレンツォはギリギリと歯ぎしりをした。


「王都で今、何が起きているかご存知ですか? 『エデル・コーヒーを飲んで、激しい腹痛と吐き気を催した』という苦情が殺到しているのです!」

「なっ……!?」

「えっ……!?」


私は絶句した。ミリアも顔面蒼白になっている。レオナルト様も目を丸くして言葉を失った。


「そんなはずはありません! 品質管理は徹底しています! 腐った豆や異物が混入しないよう、選別工程は二重に……」

「ええ、分かっています。私が検品した商品に間違いはありませんでしたからね」


ロレンツォは少しだけ声を落としたが、その目の奥にある怒りの炎は消えていない。


「問題なのは、市場に出回っている『これ』です。正規のルートではない、闇市や露店で『エデル・コーヒーの廉価版』として売られている代物です」

「偽物、ということか……」


人気商品が出れば、模倣品が出るのは世の常だ。

だが、ここまでロレンツォが取り乱すのはただ事ではない。


「ただの偽物なら、私が裏で潰して終わりです。ですが、こいつは質が悪すぎる。……ミリア嬢、ギルバート殿を呼んでください。今すぐに成分分析を」


急遽呼び出されたギルバートが、不機嫌そうにルーペで粉を覗き込む。


「……なんだこのゴミは」


ギルバートは一瞬で吐き捨てた。


「粒度がバラバラだ。石臼か何かで適当に挽いたんだろう。それに、この黒いの……カッファじゃねえぞ。ただの『焦げた麦』だ」

「麦……かさ増しか」


私は唇を噛んだ。

麦茶のようなものならまだ飲めるが、焦げるまで煎った麦はただの炭だ。苦味を演出するために混ぜたのだろう。


「それだけじゃありません」


横で粉の匂いを嗅いでいたミリアが、ハンカチで鼻を押さえて眉をひそめた。


「変な匂いがするわ。……腐った油のような、鼻を刺す刺激臭」

「貸してみろ」


私は粉を一つまみ手に取り、自身の「目」を発動させた。

前世の知識と鑑定能力が、その粉の正体を暴き出す。


【名称:粗悪な模造コーヒー粉】

【成分:焦げた大麦(70%)、カッファの搾りカス(20%)、その他雑草】

【含有毒物:下し根(微量)、痺れ草の根】


「……ッ!」


背筋が凍りついた。

これは、金儲けのための「安物」ではない。


「毒だ」


私が告げると、室内の空気が凍りついた。


「下し根……強力な下剤作用がある毒草が混ざっている。それに、舌を麻痺させる痺れ草もだ。微量だが、飲めば確実に体を壊す」


「そんな……っ!」


レオナルト様が悲痛な声を上げた。


「僕たちのコーヒーを飲んで、人が苦しんでいるの……? そんなの、あんまりだ……」

「レオナルト様……」


ロレンツォが、氷のような声で言った。


「……やはり、そうですか」


彼は片眼鏡を押し上げた。


「ただの金儲けなら、麦を混ぜるだけでいい。わざわざ毒を入れる理由は一つしかない」

「エデル・コーヒーの評判を地に落とし、我々を破滅させること……」


私が続けると、ロレンツォは無言で頷いた。

これは商売上のトラブルではない。明確な「攻撃」だ。

王都の人々は、本物と偽物の区別などつかない。「エデル・コーヒーを飲んで病気になった」という噂が広がれば、ブランドは一瞬で死ぬ。


「……誰の仕業か、見当はついていますね?」


ロレンツォの問いに、私は北の方角――隣の領地を睨みつけた。


「ああ。これほどの手回しの良さと、悪意の深さ。……バルトハルト伯爵以外に考えられない」


ゴブリンをけしかけ、経済封鎖を行い、それでも潰れなかった私たちに対する、次なる一手。

それも、私たちが一番頼りにしている「コーヒー」という生命線を狙い撃ちにする、陰湿極まりない策謀。


「王都での販売は一時停止しました。ですが、一度ついた悪評を覆すのは容易ではありません」


ロレンツォは私に詰め寄った。


「家老殿。これは戦争ですよ。剣を使わない、経済と信用の殺し合いです」

「……ああ。受けて立つしかないな」


私は拳を握りしめた。

せっかく手に入れた平穏が、音を立てて崩れ去っていく。

そして、敵がこのタイミングで攻撃を仕掛けてきたということは、間違いなく「次の一手」も用意しているはずだ。


その予感は、すぐに的中することになる。


「申し上げます!」


またしても、扉が慌ただしく開かれた。

飛び込んできたのは警備兵だ。そしてその後ろから、不機嫌そうなガッツもドカドカと入ってくる。


「おいアレン! 館の前に、隣の領主の使いってのが来てるぞ! ……なんか、ムカつくツラした野郎だ」


私はロレンツォ、そしてレオナルト様と顔を見合わせた。

マッチポンプ。

自分で火をつけておいて、消防士のフリをしてやってくる。

典型的な、そして一番厄介な手口だ。


「……通せ。話を聞こう」

「僕も出るよ」


レオナルト様が毅然と顔を上げた。


「僕の領地と、僕の大切なお客さんを傷つけた相手だ。……話を聞かなくちゃいけない」


その瞳には、かつてないほどの怒りと、責任感が宿っていた。

私は胃の痛みをこらえ、主君と共に新たな戦場へと向かった。

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