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凡人家老のステータス・マネジメント ~義理100の若殿と、野望99の天才たちを使い潰して覇王にする~  作者: LINYADA


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第16話:王都の洗礼と黒い香気



王宮の大広間は、光の洪水だった。

天井から吊るされた巨大なシャンデリア。磨き上げられた大理石の床。そして、宝石と絹を纏った貴族たちの煌びやかな装い。

田舎の領主館しか知らない私たちにとって、そこは異世界そのものだった。


「……うっぷ」


会場に入った瞬間、ガッツが口元を押さえた。


「なんだこの匂いは。香水の匂いがキツすぎて鼻が曲がりそうだぜ」

「静かに。目立たないで」


ミリアが小声で叱りつけるが、彼女自身の顔も少し青い。

華やかさの裏にある、ドロドロとした欲望と見栄の気配。ここにいるのは全員が「敵」か「カモ」のどちらかだ。


私たちは会場の隅、目立たない位置に陣取った。

本日の主役であるレオナルト様は、仕立ての良い――しかし周囲に比べれば圧倒的に地味な――濃紺の服を着て、彫像のように直立している。


「……レオナルト様、大丈夫ですか?」

「(コクッ)」


無言で頷く主君。その顔は引きつった笑顔で固定されている。

作戦通りだ。


「あら、あれはどこの田舎貴族かしら?」

「見たことのない顔ですね。随分と貧相な身なりで……」


早速、周囲から嘲笑交じりの視線が突き刺さる。

扇子で口元を隠した貴婦人たちが、クスクスと笑いながら通り過ぎていく。

その視線の先にある数値を見る。


貴婦人A

【知略:45 政治:20 野望:90】


中身は空っぽだが、自分を高く見せたいという野望だけは一流だ。

まともに相手をする価値はないが、放置すれば舐められる。


その時、一人の男がワイングラス片手に近づいてきた。

派手な刺繍の入った上着に、これ見よがしな宝石の指輪。隣の領主、バルトハルト伯爵――の、息子のゲオルグだ。


「やあやあ、これはエデルシュタイン男爵ではありませんか!」


ゲオルグは大げさな身振りでレオナルト様の肩を叩いた。


「先代が亡くなられて大変だと聞いていましたが……まさか、こんな晴れがましい席にまで顔を出せるとは。余程、暇を持て余しておられると見える」


明らかな挑発。

周囲の貴族たちが、「おっ、始まったぞ」と野次馬根性で集まってくる。

レオナルト様の頬がピクリと動いた。

言い返したい。だが、口を開けばボロが出る。


「……」


レオナルト様は教えられた通り、無言で、ただ静かにゲオルグを見つめ返した。

そして、ゆっくりと口角を上げ、慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべた。


「……は?」


反応を期待していたゲオルグが拍子抜けする。

怒りもせず、卑屈にもならず、ただ「可哀想なものを見る目」で微笑む男。

その不気味な沈黙に、ゲオルグの表情が引きつる。


「な、なんだその目は! 私を愚弄しているのか!?」

「失礼、ゲオルグ様」


すかさず私が割って入った。


「我が主君は現在、ある『願掛け』を行っておりまして。……俗世の言葉を慎んでおられるのです」

「願掛けだと?」

「ええ。領民の安寧と、ある『奇跡』の成就のために」


私は恭しく一礼し、レオナルト様の右手をそっと持ち上げた。

手袋をしていない、日焼けしてゴツゴツとした、傷だらけの手。

手入れされた白魚のような手を持つ貴族たちの中で、その手は異様な存在感を放っていた。


「なっ……なんだその汚い手は!?」


ゲオルグが顔をしかめる。

周囲からも「まあ、野蛮な」「土いじりでもしてきたのかしら」と囁きが漏れる。

だが、私は声を張り上げた。


「これこそが、我が主君の勲章です」


会場が静まり返る。


「エデルシュタイン領は貧しい土地です。しかし、我が主君は民と共にくわを握り、荒れ地を切り拓き、血と汗を流してこられました。この手の傷一つ一つが、民と共に生きるという『覚悟』の証なのです」


私の演説に、レオナルト様が合わせるように、再び静かに微笑む。

その笑顔は、もはや「引きつった笑い」ではなく、苦難を乗り越えた者の「悟りの境地」に見えた――少なくとも、そう見えるように演出した。


「民と共に……?」

「まさか、領主自らが?」


ざわめきの色が、嘲笑から困惑、そして一部では感嘆へと変わり始める。

貴族社会において「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」は建前として重視される。それをここまで愚直に体現している(ように見える)存在は、彼らにとって未知の生物だった。


その時だ。

ファンファーレが高らかに鳴り響き、会場の空気が一変した。


「国王陛下、御成おなり!」


重厚な扉が開き、この国の支配者、国王ハインリヒ三世が入場してきた。

白髪混じりの威厳ある老王だが、その足取りはどこか重い。

私はすかさず「目」を使った。


ハインリヒ三世

【統率:92 武勇:60 知略:88 政治:95】

【状態:過労、極度の眠気、退屈】


(……チャンスだ)


王は疲れている。

連日の公務に加え、この退屈なパーティー。挨拶に来る貴族たちの美辞麗句を聞くのも限界に近いのだろう。何度もあくびを噛み殺しているのが見える。


「……行くぞ、レオナルト様。ミリア、ガッツ、準備はいいか?」

「えっ? まさかアレン、陛下に……!?」

「ただ配るだけじゃ二流だ。……どうせなら、一番デカい広告塔になってもらう」


私は震えるレオナルト様の背中を押し、人垣をかき分けて最前列へと進み出た。

ちょうど、側近が「これより献上品のお披露目を行います」と宣言したところだった。


「次は……エデルシュタイン男爵!」


名を呼ばれると同時に、私たちは王の御前に進み出た。

ゲオルグが「あんなド田舎に献上できるような宝があるものか」と嘲笑うのが聞こえる。


「……面を上げよ」


王の気だるげな声。

レオナルト様が顔を上げる。その横で、ミリアとガッツが手早くテーブルと器具をセットする。


「陛下。本日は、我が領地より『大地の黒き秘薬』を献上仕つかまつりました」

「秘薬? ……薬か。余は健康じゃ」


王は興味なさそうに手を振った。

だが、次の瞬間。

ミリアがミルのハンドルを回し始めた。


ガリガリ、ゴリゴリ……。


静まり返った広間に、豆を挽く音だけが響く。

そして、挽きたての粉から放たれる強烈な芳香が、王の鼻腔をくすぐった。


「……ん?」


王の目が少しだけ開く。

香ばしく、どこか心を落ち着かせるような、未知の香り。

私は手早く湯を注ぎ、抽出したばかりの漆黒の液体を、銀のカップに満たした。


「毒見は済んでおります。……陛下、日々の激務でお疲れのご様子。この『エデル・コーヒー』が、必ずや陛下の活力を呼び覚ましましょう」


私は恭しくカップを差し出した。

周囲の貴族たちが「なんだあの黒い水は」「泥水か?」とざわめく。

毒見役の騎士が私のカップを奪い取り、一口飲む。……問題なし。


許可が出ると、王はカップを手に取り、恐る恐る口をつけた。


「…………」


会場中の視線が集まる中、王は一口、また一口と飲み進める。

そして、カップをソーサーに戻すと、大きく息を吐き出した。


「……苦い」


その一言に、会場に緊張が走る。

ゲオルグが「ほら見たことか!」と笑い出しそうになった、その時。


「だが……素晴らしい!」


王がカッと目を見開き、椅子から立ち上がった。


「なんだこれは! 頭のかすみが晴れていくようだ! 体の奥底から力が湧いてくる! ……余の目が覚めたぞ!!」


その声には、先ほどまでの疲労感は微塵もなかった。

カフェインの覚醒作用と、熱い液体の刺激。それが、疲れ切った老王の体に劇的に効いたのだ。


「う、美味うまい! 余は気に入ったぞ! エデルシュタイン男爵よ、これは何という飲み物だ!?」

「は、はいっ! 『エデル・コーヒー』でございます!」


レオナルト様が、裏返った声で答える。

王は満足げに頷き、周囲の貴族たちを見回した。


「皆の者も味わうがよい! これぞ、我が国の新たな秘宝である!」


その宣言は、何よりも強力な号令だった。


「陛下が絶賛されたぞ!」

「あの香り……私も嗅いでみたいと思っていたのだ!」

「私にも一杯! 言い値で買おう!」


先ほどまで嘲笑っていた貴族たちが、掌を返してテーブルへ殺到しようとする。

ミリアが「ひっ」と悲鳴を上げかけ、ガッツが「押すな!」と怒鳴ろうとした――その瞬間だった。


「はいはい皆様! 順序良く! お並びください!」


パンパン、とよく通る手拍子と共に、一人の男が群衆の前に躍り出た。

漆黒のコートに片眼鏡。ロレンツォだ。

彼はいつの間にか、試飲テーブルの最前列に陣取っていた。


「『エデル・コーヒー』の販売および予約につきましては、すべて私、ロレンツォ商会が承ります!」


彼の登場に、会場に別の意味でのざわめきが走った。


「ロレンツォだと……? あの『王都の吸血鬼』か!」

「金のためなら貴族の寝首すら掻くという、あの悪名高い……」

「だが……あいつが噛んでいるということは、この商品は『本物』か」


軽蔑と、それ以上の恐怖、そして商才への絶対的な信頼。

ロレンツォは悪評すらも宣伝材料にするように、不敵な笑みを浮かべて一礼した。


「本日は特別価格にてご提供! さらに、ご自宅で楽しめる『専用ミル付きセット』の先行予約も受け付けております! 初回生産分には限りがございますので、お早めに!」


「くそっ、あいつに金を払うのは癪だが……流行りに乗り遅れるわけにはいかん!」

「ミル付きで10セット頼む! 言い値でいい!」


ロレンツォの見事な客捌きに、貴族たちが大人しく列を作り、次々と契約書にサインをしていく。

ミリアは計算に専念し、ガッツは用心棒として睨みを利かせ、そしてロレンツォが笑いながら金を回収する。

完璧な連携だ。


「……抜け目ないな、あの男」


私は苦笑した。

一番美味しいところを、一番美味しいタイミングで持っていかれた。

だが、そのおかげで混乱は収まり、レオナルト様も揉みくちゃにならずに済んでいる。


ロレンツォが私の横を通り過ぎざま、小声で囁いた。


「(……最高の舞台でしたよ、家老殿。これで当分の間、我々は笑いが止まりませんな)」

「(……後でたっぷりマージンを払ってもらうぞ)」


泥だらけの手を持つ凡庸な主君と、田舎の家老。そしてハイエナのような商人。

彼らが持ち込んだ黒い液体は、たった一夜で王都を征服したのだった。

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