第15話:泥だらけの社交界デビュー計画
「痛っ! ……あ、ごめんミリア!」
「もう! これで5回目よ! 私の足はステップ練習用の床じゃないの!」
領主館のホールに、ミリアの悲鳴が響き渡った。
王都出発まであと二週間。私たちは必死で、レオナルト様に「貴族のマナー」を叩き込もうとしていた。
だが、結果は惨憺たるものだ。
ダンスを踊ればパートナー(ミリア)の足を踏み、テーブルマナーを教えればナイフを落とし、気の利いた会話を練習させれば「えっと、その、天気はいいですね?」とどもる。
私は頭を抱え、レオナルト様の頭上の数値を確認した。
レオナルト
【統率:36 武勇:31 知略:29 政治:33】
……上がっていない。
いや、数ヶ月の激務と経験で「1」ずつくらいは上がっているが、誤差の範囲だ。
これでは、海千山千の古狸たちが巣食う王都の社交界など、一瞬で食い殺される。
「ダメだ……。付け焼き刃の特訓じゃ、ボロが出るだけだ」
私がつぶやくと、ミリアも疲れ切った様子でソファに倒れ込んだ。
「同感ね。……はっきり言うけど、レオナルト様には『威厳』とか『狡猾さ』みたいな貴族スキルは皆無よ。無理に演じさせても、滑稽な道化にしかならないわ」
「うう……面目ない……」
レオナルト様がしょんぼりと項垂れる。
その姿を見て、窓際で林檎をかじっていたガッツが鼻で笑った。
「へっ。弱え奴が強く見せようとしたって、すぐバレるぜ。俺なら一発で見抜いて叩き斬るな」
「……お前は黙ってろ」
私はガッツを睨みつけつつ、思考を巡らせた。
ロレンツォの言葉が蘇る。『失敗すれば、商品価値ごと全てがパーですよ』。
レオナルト様が「田舎の無能な領主」だと露呈すれば、エデル・コーヒーも「田舎のゲテモノ」扱いされかねない。
どうする?
弱点を克服するのは無理だ。なら、弱点を隠すか? いや、隠しきれるものではない。
ならば――。
「……逆だ」
私の脳内で、前世の記憶と、現状の戦力がカチリと噛み合った。
「無理に背伸びをするのはやめよう。レオナルト様、貴方はそのままでいい」
「えっ? でも、それじゃあ笑い者に……」
「笑わせればいいのです。ただし、『無能』としてではなく、『変わり者』として」
私は立ち上がり、壁に掛けられたボロボロの農具を指差した。
「作戦を変更する。名付けて『沈黙の聖人』作戦だ」
「沈黙の……聖人?」
三人が声を揃える。
「ああ。いいか、レオナルト様。王都のパーティーでは、貴方は基本的に**『喋らない』**でください」
「ええっ!? 挨拶もしないの!?」
「微笑むだけでいいのです。何を言われても、穏やかに、意味ありげに微笑む。それだけ徹底してください」
私は説明を続けた。
「そして、面倒な交渉や嫌味への対応は、全て私が引き受けます。武力による威圧はガッツ、金銭や流行の話題はミリア。……つまり、我々が貴方の『手足』や『口』になるのです」
「なるほどね」
ミリアが意図を察してニヤリとした。
「『主君があまりに尊大(あるいは深遠)だから、下々の者とは直接口を利かない』という演出にするわけね。……中身が空っぽだとは気づかせずに」
「言い方は酷いが、そういうことだ」
貴族社会では、得体の知れない沈黙は「不気味さ」や「大物感」に変換されることがある。
そして、ここからが重要だ。
「ですが、ただ黙っているだけでは『飾り物』と思われます。そこで、一点だけ……レオナルト様にしかできない役割を演じてもらいます」
私はレオナルト様の手を取り、その荒れた指先を見つめた。
農民と共に畑を耕し、泥にまみれた手。
貴族としては恥ずべき手かもしれないが、今のエデルシュタイン領にとっては勲章だ。
「貴方は『コーヒーの伝道師』です。未開の地で、民と共に泥にまみれ、奇跡の秘薬を作り出した慈悲深き領主。……そういう『物語』を売るのです」
商品は、モノだけでは売れない。物語が必要だ。
「田舎臭さ」を「神秘性」へ。「無知」を「純朴」へ。
短所を長所に読み替えさせるプロデュース。
「着ていく服も、煌びやかな礼服はやめましょう。質素だが仕立ての良い、清潔感のある服に。……そして、その手袋も外してください」
「えっ? でも、こんなゴツゴツした手じゃ……」
「それがいいのです。その手が、貴方の『本気』を証明する何よりの証拠ですから」
レオナルト様は自身の拳をじっと見つめ、やがて力強く頷いた。
「……分かった。やってみるよ、アレン。僕に難しい駆け引きはできないけど、この領地のみんなの頑張りを無駄にしないためなら、道化にだって聖人にだってなってみせる」
その瞳には、強い光が宿っていた。
ステータスは低い。だが、この**【義理:100】**の覚悟がある限り、彼は決して折れない。
「よし。方針は決まった。……野郎共、準備だ! 王都の古狸たちに一泡吹かせてやるぞ!」
「おう! 喧嘩なら任せろ!」
「はいはい、衣装の手配は私ね。……あんたたちの田舎臭さを抜くのが一番大変そうだけど」
ガッツとミリアも立ち上がる。
頼もしい、そして胃の痛くなるような旅立ちの時が来た。
一週間後。
私たちは王都への街道を進んでいた。
ロレンツォが手配してくれた馬車は快適だったが、私の心は休まらなかった。
「うおーっ! すげえ! 人がいっぱいだ!」
窓から顔を出してはしゃぐガッツ。
田舎道とは違い、王都に近づくにつれて往来は激しくなり、立派な石造りの建物が見えてくる。
「静かにしなさいよ、恥ずかしい」
ミリアは呆れつつも、その目はしっかりと周囲の服装や馬車の種類を観察し、流行を分析している。
そして、王都の巨大な城壁が見えてきた時。
私は改めて、自分たちの現状を確認した。
アレン(家老): 胃痛持ちのまとめ役。
レオナルト(領主): 喋るとボロが出るので「微笑み」縛りプレイ中。
ミリア(秘書): 金と数字の悪魔。
ガッツ(護衛): 猛獣。
(……改めて見ると、ひどいパーティーだな)
だが、ここまで来たら引き返せない。
門をくぐれば、そこは魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿。
私たちの「泥まみれの聖人作戦」が、いよいよ幕を開ける。




