第12話:王の資質
「オラァッ!!」
ガッツの裂帛の気合いと共に、大剣が閃いた。
硬度で言えば城壁にも匹敵するグランド・トータスの甲羅が、豆腐のように両断される。
断末魔の咆哮を上げて、森の主が崩れ落ちた。
「……へっ、硬かったのは側だけかよ」
ガッツは剣についた体液を振り払うと、勝利の雄叫びを上げた。
森の空気が変わる。主を失ったことで、周囲に潜んでいた雑魚魔物たちが一斉に逃げ出していく気配がした。
「すごい……本当に一人で倒しちゃったわ」
ミリアが信じられないものを見る目で呟く。そしてすぐに、倒れた巨体へと駆け寄った。
「見てアレン! この甲羅、すごい魔力を帯びてるわ! 武具の素材にすれば金貨50枚は下らないわよ! お肉も食用になるし、牙も売れる!」
「……お前は本当にブレないな」
私は苦笑しながら、ガッツに労いの言葉をかけようとした。だが、彼はすでに次の獲物――逃げ遅れた魔物を追って森の奥へと走り出していた。
まあいい。彼の気の済むまで掃除させよう。
こうして、北の森の安全は確保された。
数時間後。ゴル爺さんの村。
討伐の報告を持って戻った私たちを待っていたのは、意外な人物だった。
「アレン! 無事だったかい!?」
粗末な農村の入り口に、泥で裾が汚れるのも構わず立っていたのは、我が主君レオナルト様だった。
護衛もつけずに(といっても護衛できる兵がいないのだが)、馬を飛ばして駆けつけたらしい。
「レオナルト様!? なぜこのような場所へ!」
「だって、森の主を退治しに行ったと聞いて……居ても立っても居られなくて」
レオナルト様は私の無事を確認すると、安堵でへなへなと座り込みそうになり、慌てて私に支えられた。
その様子を見て、村人たちがざわめく。
「あの方が……新しい領主様か?」
「なんて頼りなさげな……」
「先代様とは似ても似つかんのう」
正直な感想だ。
威厳もなければ覇気もない。ただのお人好しの若造に見えるだろう。
だが、次の瞬間、場の空気が一変した。
レオナルト様は私から離れると、集まっていた村人たち――その最前列にいたゴル爺さんの前まで歩み寄り、いきなり地面に膝をついたのだ。
「!」
「り、領主様!?」
貴族が平民の前で膝を折るなど、あってはならないことだ。ゴル爺さんが狼狽して後ずさる。
だが、レオナルト様は気にせず、ゴル爺さんのゴツゴツとした両手を握りしめた。
「貴方が、村長のゴルさんですね。……いつも、ありがとうございます」
「は、はい……?」
「父が亡くなってから、この村には何の支援もできず、逆にゴブリンの脅威に晒してしまった。それなのに、こうしてアレンやガッツ殿を信じて協力してくれた。……本当に、ありがとうございます」
レオナルト様の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
演技ではない。
【義理:100】。
他者の痛みや苦労を、自分のことのように感じ取り、感謝や謝罪を形にすることに一切の躊躇がない心。
貴族としてのプライドよりも、「人としての誠意」が暴走している状態だ。
「わ、わしらは……自分たちの畑を守りたかっただけで……」
「それでもだ! 君たちが麦を作り、こうして新しい作物にも挑戦してくれるから、僕たちは生きていける。……君たちは、僕の宝だ」
レオナルト様は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で微笑んだ。
「約束する。君たちが流した汗も、これから流す汗も、絶対に無駄にはしない。僕にできることは少ないけれど、君たちの暮らしを守るためなら、どんなことでもする」
静寂が支配した。
村人たちは呆気にとられ、やがて誰からともなくすすり泣く声が聞こえ始めた。
虐げられ、搾取されるのが当たり前の農民にとって、領主から「宝」と呼ばれ、手を取って感謝されるなど、天地がひっくり返るような体験だ。
私はこっそりと「目」を使った。
村人たちの頭上に、新たなパラメータが表示され、それが急上昇していくのが見える。
【忠誠度:40 → 95】
【忠誠度:35 → 98】
【忠誠度:50 → 100(MAX)】
洗脳に近い。いや、これは「狂信」だ。
能力値の高い人間には「頼りない」と映るレオナルト様の姿が、弱き者たちにとっては「自分たちと同じ目線に立ってくれる慈悲深い王」として映っているのだ。
「……あーあ。これじゃあ、不当な搾取なんてできやしないわね」
ミリアが肩をすくめた。
彼女の計算高い心にも、少しだけ「ブレーキ」がかかったようだ。あんな純粋な主君を裏切って私腹を肥やすのは、さすがに寝覚めが悪いと思ったのかもしれない。
そして、森から戻ってきたガッツもまた、遠くからその光景を眺めていた。
「……へっ。泣き虫な大将だぜ」
悪態をついているが、その手は大剣の柄から離れ、腕組みをしている。
「弱いくせに、逃げずに膝をつく度胸はあるじゃねえか」
そんな評価が聞こえてきそうだ。
レオナルト様は、能力値は低い。
だが、彼には**「他人の能力を120%引き出す力」**がある。
アレンには知恵を絞らせ、ガッツには剣を振るわせ、ミリアには計算させ、そして領民には「この人のために働きたい」と思わせる。
これが、王の資質というやつなのかもしれない。
「さあ、皆さん! 今日は祝いだ! 森で獲れた肉と、アレンが持ってきた『苦い薬』で宴会をしましょう!」
レオナルト様の号令に、村中が「おー!」と歓声を上げる。
こうして、カッファ栽培の拠点は、鉄壁の忠誠心によって守られることになった。
宴の夜。
焚き火の明かりに照らされたレオナルト様の横顔を見ながら、私は確信した。
この人は、化ける。
私たちが支え続ければ、きっと歴史に残る名君に。
そのためには――。
「……アレン。ちょっといいかしら」
宴会の喧騒から離れた場所で、ミリアが私を手招きした。
その顔は真剣そのものだ。
「何だ?」
「カッファの栽培計画と、ガッツの運用コスト。……計算し直したわ」
彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「ロレンツォへの返済期限までに、利益を出すための最短ルート。……これには、『もう一人』必要よ」
「もう一人?」
「ええ。作るのは農民、守るのはガッツ、売るのは私。……足りないのは、『モノを作る職人』よ」
ミリアの目が妖しく光る。
「カッファをただの豆として売るんじゃ二流。これを加工して、ブランド化するための技術者。……心当たり、あるんでしょ?」
私はニヤリと笑った。
さすがは私の秘書だ。考えていることは同じらしい。
「ああ。隣町に、腕はいいが頑固すぎて店を潰した細工師がいると聞いている。……次はそいつを『勧誘』しに行くぞ」
私たちの胃痛と冒険の日々は、まだまだ終わらない。




