第11話:猛獣の師範と森の主
翌日。私たちは再び、北の開墾地に近いゴル爺さんの村を訪れていた。
到着するなり、村の入り口で待っていた子供たちが歓声を上げて駆け寄ってくる。
「あ! ガッツのお兄さんだ!」
「でっかい剣、また見せてー!」
あっという間に子供たちに囲まれ、ガッツは「うっせえぞチビ共!」と怒鳴りながらも、その口元は緩みっぱなしだ。
すっかり村のアイドルである。
「……信じられない光景ね」
後ろからついてきたミリアが、呆れたように呟く。
「あの狂犬が、尻尾を振って子供と遊んでるなんて」
「いい傾向だ。彼にとってここは『守るべき縄張り』になりつつある」
私は安堵しつつ、出迎えてくれたゴル爺さんに頭を下げた。
「ゴル爺さん、突然すまない。今日は折り入って頼みがあるんだ」
「家老様ならいつでも歓迎じゃよ。して、頼みとは?」
私は本題に入った。
「この村の皆に、森で『赤苦の実』……いや、『カッファの実』を採集してきてほしいんだ」
「カッファ? ……ああ、あの不味い実のことか」
ゴル爺さんは眉をひそめた。
「あんなもん集めてどうするんじゃ? 食っても腹は膨れんし、渋いだけじゃぞ」
「実は、あれには特殊な加工をすると『元気が湧いてくる薬』になることが分かったんだ」
私は「嗜好品」と言うよりも分かりやすく「薬」と説明した。
「王都で高く売れる可能性がある。皆が集めてくれた実は、このミリアが責任を持って買い取る。麦を作るよりも、いい実入りになるはずだ」
「なんと……あの雑草が金になると?」
ゴル爺さんの目が丸くなる。
横でミリアが、素早く計算した買取価格表(農民がやる気を出しつつ、こちらの利益もしっかり出る絶妙なライン)を提示する。
「ですが……」
ゴル爺さんの表情が曇った。
「金になるのはありがたいが、森は危ない。浅い場所ならともかく、カッファが多く生えている奥地には、最近『やばい魔物』が出るという噂じゃ」
「ああ、分かっている。だからこそ」
私はガッツの方を振り返った。
「彼に、その魔物を退治してもらう」
「おう、任せとけ!」
子供を肩車したまま、ガッツがニカッと笑った。
「俺様がその『主』とやらをミンチにしてくりゃ、文句ねえんだろ? ついでに森中の魔物もビビらせてやるよ」
「おお……ガッツ様がやってくださるなら百人力じゃ!」
村人たちの顔に安堵の色が広がる。
そこで私は、もう一つの提案を切り出した。
「それと、ガッツが森に入らない日……週に二回ほど、この村に来て『剣の稽古』をつけてもらうのはどうだろうか?」
「えっ?」
驚いたのは村の若者たちだ。
「最近、物騒だろう? 自分たちの身は自分たちで守れるようになりたいはずだ。ガッツは見ての通り最強だ。彼に教われば、そこらの野盗なんて目じゃないぞ」
私はガッツに向き直り、小声で囁いた。
「どうだガッツ。お前の強さを継承する『弟子』を作ってみないか? 将来、お前が将軍になった時、彼らはそのままお前の親衛隊になる」
**【野望】と【自己顕示欲】**をくすぐるキラーワード。
ガッツはピクリと眉を動かし、そして腕組みをして唸った。
「……弟子、か。悪くねえ響きだ」
彼はニヤリと笑い、若者たちを睥睨した。
「へっ、いいぜ。ただし俺の稽古は地獄だぞ? 泣いて逃げ出しても知らねえからな!」
「お願いします! ガッツ師匠!」
「俺たちも強くなりたいんです!」
若者たちが一斉に頭を下げる。
ガッツの頭上で、**【義理】**の数値がまた少し上昇したのが見えた。
【義理:40 → 42】
これで、ガッツはこの村に「縛られた」。
師匠という立場を得た彼は、もう簡単にこの村を見捨てられないし、裏切ることもできない。
「それともう一つ、ゴル爺さん。これが一番重要な計画だ」
私は真剣な表情で切り出した。
「森での採集は、あくまで当面の資金稼ぎだ。本当の狙いは、この村でカッファを『栽培』することにある」
「栽培……? あの荒れ地でか?」
「そうだ。ガッツが開墾してくれた北の土地は、日当たりも良く土壌も悪くない。あそこに、森から持ち帰ったカッファの若木を移植して育てたいんだ」
私は開墾地の方角を指差した。
「森の中へ採りに行くのは危険だし、数にも限りがある。だが、畑で育てれば安全かつ大量に収穫できる。数年後には、この村は麦ではなく『カッファの村』として豊かになるはずだ」
「おお……そこまで考えて……!」
ゴル爺さんが感嘆の声を上げる。
ただの思いつきではない、村の将来を見据えた計画だと理解してくれたようだ。
「ミリアが苗木の選定と植え付けの指導をする。採集のついでに、元気のいい若木を見繕って持ち帰ってくれ。頼めるか?」
「承知いたしました! 村の総力を挙げて取り組みましょう!」
ゴル爺さんは力強く頷いた。
これで、短期的な資金源(採集)と、長期的な産業基盤(栽培)の両輪が動き出した。
「よし、話はまとまったな」
私はミリアに目配せをした。
彼女は頷き、ゴル爺さんと共に具体的な買取手順と、移植作業の段取りの打ち合わせに入った。
「それじゃあ行くか、ガッツ。……森の掃除だ」
「おうよ! 待ちくたびれたぜ!」
ガッツは肩車していた子供を下ろし、背中の大剣を抜いた。
その殺気に、周囲の空気がビリリと震える。
私たちは村人たちの声援を受けながら、鬱蒼とした魔の森へと足を踏み入れた。
森に入って一時間。
私たちはすでに十匹近いゴブリンと、巨大な狼型の魔物を処理していた。
処理したのはもちろん、全てガッツだ。
「らぁっ!!」
豪快な一撃が、飛びかかってきた狼を空中で両断する。
返り血を浴びることなく着地したガッツは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「チッ、雑魚ばっかじゃねえか。……おいアレン、あの『強い気配』の主はまだ奥かよ? 焦らしやがって」
「ゴル爺さんの話では、森の最深部に巣食っているらしい。……お前の勘通りなら、もう近いはずだ」
「……ああ」
ガッツの表情から、ふと軽薄さが消えた。
彼は大剣を構え直し、森の奥――光の届かない暗がりを睨みつけた。
「いるな。……ビンビン来やがる」
その声には、武人としての緊張と、隠しきれない歓喜が混じっていた。
私の「目」にはまだ何も映らない。だが、肌を刺すような冷気が漂っているのは分かる。
「ガッツ、油断するなよ。……ミリア、下がっていろ」
「言われなくてもそうするわよ。……嫌な予感がするわ」
私たちは慎重に足を進めた。
やがて、木々が開け、少し開けた場所に出た。
そこには、巨大な岩のようなものが鎮座していた。
いや、岩ではない。
それはゆっくりと動き出し、巨大な四肢と、苔むした甲羅を露わにした。
【名称:グランド・トータス(変異種)】
【推定討伐レベル:A】
【特性:物理耐性(極)、再生能力、暴食】
「……デカい亀かよ」
ガッツがポツリと呟く。
全長は5メートルを超えているだろうか。その全身は岩よりも硬い甲羅で覆われ、口からは凶悪な牙が覗いている。
森の主。
この辺りの生態系を狂わせていた元凶だ。
「おいおい、硬そうだなァ。俺の剣が通るか?」
「普通の剣なら折れるだろうな。だが、お前ならどうだ?」
私が挑発すると、ガッツは獰猛な笑みを浮かべた。
「愚問だな。……叩き割ってやるよ!」
ガッツが地面を蹴った。
轟音と共に、人間対巨大魔物の、生存競争が幕を開けた。




