第10話:森の奥の黒い宝石
ガッツによる「破壊的開墾」が始まってから数日。
北の荒れ地は驚くべき速度で平地へと変わりつつあった。その進捗に安堵した私は、次なるステップ――特産品探しへと着手することにした。
「……ねえ、アレン。本当にこんな所に『お宝』があるの?」
ミリアがドレスの裾を泥で汚しながら、不満たらたらに声を上げた。
私たちがいるのは、「魔の森」のさらに奥深く。太陽の光すら届かない、鬱蒼とした密林地帯だ。
先頭を歩くガッツの後ろには、案内役として、先日ガッツが開墾を手伝った村の老人――ゴル爺さんもついてきている。
「あるはずだ。……いや、あってくれなきゃ困る」
私は杖代わりの枝を突きながら、必死に周囲を見渡していた。
前世の知識によれば、こういう未開の地には、文明圏では知られていない有用植物が自生していることが多い。
そして私には、それを見分けるための最強の武器がある。
私の視界には、常に世界の情報が半透明のウインドウとして重なっている。
人物を見ればステータスが。そして、植物や鉱物を見れば――
【雑草】
【ただの石】
【毒キノコ(食べると死ぬ)】
このように、簡素だが「名称」と「特性」が表示されるのだ。
まさにゲーム画面そのもの。この能力があれば、毒見役なしで食材を探すこともできる。
「おい、アレン。なんか臭うぞ」
ガッツが、鼻をひくつかせて立ち止まった。
彼の手には、いつの間にか仕留めた巨大な猪がぶら下げられている。
「獣の臭いじゃねえ。……なんかこう、焦げ臭いような、甘いような変な臭いだ」
「焦げ臭い?」
私はガッツが示した方角へ目を凝らした。
そこには、赤い実をたわわにつけた低木が群生していた。
一見すると、どこにでもある野苺のようだ。
「ああ、あれか。あれは『赤苦』の実じゃよ」
ゴル爺さんが、興味なさそうに言った。
「食えんことはないが、種ばっかり大きくて果肉は少ないし、何より渋くて苦いんじゃ。鳥もあまり食わんよ。昔、飢饉の時に仕方なく煮て食ったが……不味かったのう」
現地の人間にとっては、ただの不味い雑草らしい。
だが、私の「目」には全く別の情報が表示されていた。
【名称:カッファの実】
【レア度:B】
【特性:強烈な覚醒作用、精力増強(微)、加工により芳醇な香りを発する】
「……カッファ?」
聞き慣れない名前だ。だが、その形状と「覚醒作用」「加工により香る」という特性。そして何より、実の中にある種子の形。
私の前世の記憶が、激しく警鐘を鳴らした。
(待てよ……これ、もしかして『コーヒー』か!?)
前世の私が、残業のお供として毎日浴びるように飲んでいた黒い液体。
この世界では見たことがなかったが、まさかこんな森の奥に自生していたとは。
「おい、食えんのかこれ?」
ガッツが無造作に赤い実を毟り取り、口に放り込もうとする。
「待てガッツ! そのまま食うな!」
「あぁ? なんだよケチくせえ」
「種だ! 重要なのは果肉じゃなくて、中にある種なんだ!」
私は慌てて駆け寄り、実をもぎ取った。
間違いない。この世界の人間は、この実の加工法を知らないだけだ。果肉を捨てて種を焙煎するなど、知識がなければ思いつくはずもない。
もしこれを飲み物として提供できれば……。
貴族たちが夜会で眠気覚ましに愛飲する、最高級の嗜好品になる可能性がある。
「……ミリア。これだ。これこそが、金貨300枚を倍にして返す『特産品』だ」
「はあ? ただの不味い木の実じゃない」
ミリアは疑わしげに赤い実をつまみ上げた。
ゴル爺さんも「領主様も物好きじゃのう」と首を傾げている。
「こんなのが売れるわけ? 甘くもないし、皮ばっかりで美味しくなさそうよ」
「加工次第だ。……騙されたと思って、これを手に入るだけ採取してくれ」
私は興奮を抑えきれずに指示を出した。
ロレンツォに見せた大言壮語が、現実になるかもしれない。
私の胃痛が、少しだけ期待の高鳴りに変わった瞬間だった。
領主館の厨房。
そこには、奇妙な香ばしい匂いが充満していた。
「……アレン。本当にこれを飲むの?」
レオナルト様が、カップに注がれた「黒い液体」を恐る恐る覗き込んでいる。
その隣では、ミリアとガッツも怪訝な顔をしている。
「毒じゃねえだろうな? 色がドブ水みてえだぞ」
「失礼な。これは『カッファ』……いや、『エデル・コーヒー』と名付けましょう。我が領地の名前を冠した、新たな秘薬です」
私はフライパンで黒くなるまで炒った種を砕き、お湯で抽出したばかりの湯気が立つカップを手に取った。
砂糖もミルクもない、純粋なブラックコーヒーだ。
私の「目」には毒性がないことは見えているが、主君に正体不明の液体を勧める以上、家老として毒味は必須だ。
「まずは私が毒味を」
私は皆が見守る中、カップに口をつけた。
熱い液体が口内に広がる。強烈な苦味、そして鼻に抜ける香ばしい香り。
(……これだ。この味だ)
前世の記憶が鮮明に蘇る。徹夜明けの朝、プロジェクト終了後の安堵感。それらと共にあった懐かしい味。
私は深く息を吐き出し、ゆっくりと味わってから飲み込んだ。
「……問題ありません。毒などではなく、素晴らしい芳香です」
私は新しいカップにコーヒーを注ぎ直し、レオナルト様に差し出した。
「さあ、レオナルト様。お試しください」
アレンが飲んで平気だったことで安心したのか、レオナルト様は覚悟を決めたように目をつぶり、カップに口をつけた。
「んっ……!?」
彼は一瞬顔をしかめ、それから驚いたように目を見開いた。
「に、苦い! ……でも、なんだろう。口の中に香りが残って……頭がスッキリするような……」
「ほう?」
興味を惹かれたミリアも、優雅な手つきで自分用のカップに口をつける。
「……あら。悪くないわね」
彼女は意外そうな声を上げた。
「最初は泥水かと思ったけど、この苦味……癖になるわ。甘いお菓子と一緒に飲んだら最高かも」
「だろ? 王都の貴族たちは、甘ったるい葡萄酒やハーブティーには飽きているはずだ。そこにこの『大人の苦味』と『覚醒効果』を売り込めば……」
「……流行るわね。爆発的に」
ミリアの目が、「金額」を弾き出す商人の目に変わった。
ミリア
【知略:65】
【政治:72】
【野望:40 → 45】
おっと、野望が上がった。
「これを使って一儲けしてやろう(あわよくば自分の懐に)」という計算が働いたらしい。
「ガッツ、お前はどうだ?」
「苦え! 不味え! 酒持ってこい!」
ガッツには不評だったようだ。まあ、予想通りだ。
「よし。商品としての価値はある。あとはこれをどうやって量産し、ブランド化するかだが……」
私が今後の展望を語ろうとした時、ミリアがカップを置き、冷徹な声で言った。
「アレン。これ、栽培はできるの?」
「……え?」
「森の奥に自生してるだけじゃ、数が知れてるわ。安定供給できなければ商売にならない。それに、あの森には魔物が出るのよ? 毎回ガッツを護衛につけて採りに行くの?」
痛いところを突かれた。
確かに、自生しているものを採るだけでは限界がある。北の開墾地で栽培できればベストだが、コーヒーの木が育つには数年かかる。
ロレンツォとの約束は「半年」だ。
「……栽培は長期的な目標だ。当面は、森での採取を組織化するしかない」
「誰がやるの? 農民たちは森を怖がって近づかないわよ」
「そこを何とかするのが、私の仕事だ」
私は強がって見せたが、内心では頭を抱えていた。
金脈は見つけた。だが、それを掘り出すためのツルハシ(人手と安全)が足りない。
「……おい、アレン」
ふと、ガッツが口を開いた。
「森の魔物が邪魔なんだろ? なら、俺が全滅させてくりゃいいんじゃねえか?」
「全滅って……森中の魔物をか?」
「ああ。最近、森の奥から変な気配がすんだよ。強いやつの気配がな。……そいつをシメれば、雑魚どもは散るんじゃねえか?」
ガッツはニヤリと笑い、腰の大剣を撫でた。
彼の野生の勘は、時として私の「目」以上に鋭い。
「……強い魔物、か」
もしそれが、森の生態系の頂点に立つ「主」のような存在だとしたら。
それを討伐することで、森の安全圏を広げられるかもしれない。
「分かった。ガッツ、お前に任せる。……ただし、単独行動は禁止だ。私も行く」
「チッ、またかよ。足手まといなんだよなあ」
文句を言いながらも、ガッツは嬉しそうだ。
ようやくまともな「強敵」と戦える予感がしているのだろう。
金貨300枚の返済期限まで、あと5ヶ月と20日。
特産品「エデル・コーヒー」の実用化に向けた、次なる冒険が始まろうとしていた。




