9.母の痕跡
「おい、侵入者は!?」
「見当たらねぇ! どこに隠れやがった!」
ノウス教団は入り組んだ地下水道を拠点として利用していた。シノブにとっては隠れやすく、好都合である。
追手が去っていくのを確認し、こっそりと動き出す。
「臭い……」
ルリットが鼻をつまんだ。確かに酷いニオイである。
シノブとルリットは物陰に隠れながら進んでいく。
「む? これは……」
ふと、シノブのセンサーが1本の髪の毛を感知した。地面に落ちた長いそれを拾い上げる。桃色の髪の毛。
「生体データ……ルリット殿との血縁者の可能性……」
「ママ!? ママの髪……!」
「毛根部分に新しい細胞──数時間前に抜けたものでござる」
ルリットはシノブに縋りついて、髪の毛を見つめる。青い目が大きく揺れた。
「ママがいた……! ここに!」
シノブは髪の毛がいくつか落ちているのを見つける。暴れたのか、揉み合ったのか。ただならぬ事があった様子である。
髪の毛を辿ると、少しだけ開いた扉があった。錆びた鉄の扉を引く。そこは小さな部屋だった。誰もいない。妙に静かだった。
手錠が転がっている。また、簡素な机に何枚かの紙。シノブは紙を手にとり内容をスキャンした。
「ルミエールにて逃走中だったレイアを捕縛、本拠地へ輸送する──」
(レイア殿……。状況から考えると、これはルリット殿の母君の事で間違いなかろう)
「……ママは?」
「どこかへ……連れて行かれたようでござる」
遅かった。もう少し早ければルリットは母親と再会できたかもしれない。シノブは肩を落とし、ルリットはひと粒の涙を流した。
シノブは更に紙をめくる。あまり重要な情報はない。だが、ある一文が目を引いた。
──紋章の子が持つ、時を操る力。理想郷を開くために不可欠。
「時を操る……?」
シノブはルリットの手の甲を見た。謎の痣。森で魔物に襲われた時、眩く光った。
あの時、魔物は突然“止まった”ように見えた。
(あれが、時を操る力だったのでござるか……?)
「ルリット殿、手を」
シノブはルリットの手を取り、痣を見つめる。ルリットも同じように痣を見た。
「これ、なんなんだろうね? へんなの」
シノブはひと呼吸おいて、どう説明すべきか考えた。
「ルリット殿、この手にはとても不思議な力が宿っているのでござる」
「不思議な力?」
「うむ、ルリット殿の力を欲しがる者たちもいる。だが、必ず拙者がお守りする故、安心召されよ」
ルリットはよく分からないながらも頷いた。シノブはルリットを安心させるよう、微笑みかける。
「これ以上の長居は危険でござるな。ルリット殿、ここを出るでござるよ」
ルリットの手を取り、扉を開けた瞬間。
冷たいものがシノブの首に当たる。
それは、氷でできたレイピアだった。部屋の温度が急速に下がっていく。
「やあ、探しものは見つかったかい?」
シノブはルリットを抱き寄せて後ろに跳び、体勢を整える。
「セリオン!」
セリオンはレイピアを構える。冷たい尖先が鋭い光を帯びている。
「レイアならさっき輸送されたばかりだ。残念だったね」
その言葉にルリットが身を乗り出して叫んだ。
「ママを知ってるの!?」
セリオンは少し間を置く。
「知り合いさ」
その目には複雑な感情がこもっていた。
「紋章の子。いや、ルリット。君がいないと計画は始まらない。俺達と来てくれるだろう?」
ルリットはただならぬ空気を感じたのか、静かに首を横に振った。
「嫌……! ルリットはシノブお兄ちゃんといる! お兄ちゃんといれば、なにも怖くないんだから……!」
シノブはルリットの言葉に力強く頷いた。セリオンはやれやれと呆れ顔だ。
「シノブお兄ちゃんが大好きってワケね。ハイハイ」
セリオンが仮面を外した。真剣な眼差し。黒い真珠のような瞳には余裕が感じられる。
「なら、楽しい力比べのお時間だ」




