8.スラムへ
ルミエール、スラム街。ごちゃごちゃとした汚い小路が迷路のようになっている。
ルリットの前を痩せたサビ猫が駆け抜ける。
「猫ちゃんだ〜!」
「ルリット殿、拙者から離れずに!」
シノブは警戒を解かず歩く。危険な場所にルリットを連れてくるのは不本意だったが仕方がない。
「三角のマークを持ってる人を探すんだよね!」
「うむ。その者らはルリット殿の母君について何か知っているはず。見つけ次第追い掛け……」
ふと、ルリットが何かを見て驚いた顔をした。
「シノブお兄ちゃん、もしかして」
ルリットの声が小さくなる。その小さな手が指差した先には数人の男たち。胸にバッチつけている。例のバッチだ。
シノブたちは素早く物陰に入った。
「お手柄でござるよ、ルリット殿!」
「うん、うん! ルリットすごいでしょ!」
男たちは何かを話し、歩き始める。シノブたちは隠れながら尾行する。
スラム街の奥へ奥へと向かっていく。あたりは次第に薄暗くなり、生臭くぬるい風が砂を舞い上げる。
男たちは地下への階段の前で立ち止まった。階段を守る見張りと話し始める。
シノブは彼らの会話を聞き取ろうと、聴覚センサーのレベルを引き上げた。
「ようやく紋章の子が見つかったらしい」
「何年探した?」
「さあな。だが、これでようやく理想郷へ行ける」
「馬鹿、紋章の子を捕まえてからの話だ。あのセリオン様もわざわざご自身で探しているらしいが……」
男達は地下へ降りていく。ルリットにも会話の一部が聞こえていたらしい。
「りそーきょー……ってなんだろうね?」
小首を傾げるルリット。シノブは、
「想像上の、理想的な世界……というのが一般的な解釈でござるな」
「ええっと……」
ルリットには難しかったらしい。シノブは難解な言葉を使った事を反省し、もう一度説明する。
「こうなったら幸せだ、という素敵な世界の事でござるよ」
「そうなんだ! じゃあ、さっきの人たちは良い人なのかな?」
「……それは」
どうなのだろうか。シノブは言葉に詰まった。子供を攫おうとしている謎の集団の“理想郷”とは……。
「ママもあの階段の下にいるの?」
「すまぬ……それは分からないでござる」
「そっか……」
「大丈夫、必ず会えるでござるよ」
シノブのルリットの頭を優しく撫でた。
聴覚センサーが地下からの話し声や足音を拾う。階段の下にはそれなりに人がいるようだ。
(地下に降りればルリット殿の母君の情報があるやもしれぬ)
しかし、階段周辺には見張りがいる。どうしたものか──。
ガタッ、と物音。
先程のサビ猫がシノブたちに近づいてくる。積み重なった荷物の上の空瓶が猫とぶつかる。空瓶がバランスを崩し、ルリットの頭に向かって落ちてきた。
「きゃっ!」
ルリットは咄嗟に屈み、シノブは酒瓶を腕で弾いた。瓶と腕がぶつかる金属音。飛んでいった瓶が地面とぶつかり派手な音を立てた。
「おい、誰かいるぞ!」
見張りが駆けてくる。
「ルリット殿、拙者に掴まるでござる!」
シノブはルリットを抱えて、階段に向かって跳んだ。そのまま吸い込まれるように地下へ突入する。
「待て! くそ! なんだ今の動き!?」
見張りはシノブたちを追い掛けようとする。が、誰かがそれを制した。
「そう焦らなくていい」
「セリオン様!?」
仮面の男──セリオンは目を細めた。
「意外と早かったな。わざわざ“落とし物”をしてやったかいがあった」
腐った水の臭いを纏った風が吹き抜ける。セリオンは悠々と階段を降りていった。
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