7.夜半の駆け引き
「何奴……!」
シノブは身を低く構え、男を観察する。男は両手をひらひらと振って、緊張感なく笑った。
「昼間も会ったね」
「ひったくりの次は強盗でござるか?」
男は、ほう、と感心したようだった。
「俺の変装、見抜けるんだ。本当、君こそ何者なんだろうね」
とん、とん、と男は靴音を鳴らして歩く。距離が縮まる。シノブは男をキッと睨んだ。
「俺はセリオン。その子を──紋章の子を貰いに来た」
「紋章の子……?」
紋章。シノブは、ルリットの手の甲の痣の事だと確信した。
男の足は止まらない。このままでは、まずい。
シノブは懐からナイフを取り出した。途端、視界が赤く染まる。
《禁止行動:人間を害する行為は禁止されています》
(分かっている! どうにか……ハッタリで乗り切らねば)
「ルリット殿を連れていきたければ、拙者を倒してからでござる!」
シノブは跳んだ。そして、ナイフを振り下ろすフリをする。セリオンはそれを避けた。
「ヒュ〜♪ すごい跳躍力! 嫉妬しそうだ」
「ぬかせ!」
「次はこちらの番かな」
セリオンは手を突き上げ、一瞬の溜めの後に振り下ろした。数個の小さく鋭い塊が真っ直ぐシノブに飛んでくる。当たれば体を貫通しそうな勢いだ。
シノブはナイフでそれを弾き落した。床にバラバラと氷の塊が散らばる。
「全弾命中せず、か。凄まじい動体視力だ」
部屋の温度が急速に冷えていく。
(何故手から氷が……!? 仕掛けが全く分からぬ!)
意味不明な現象に、シノブの電子頭脳はショート寸前だ。
「なら数で勝負といこう」
セリオンが手を振り下ろす。2波、3波と氷の塊が飛んでくる。
シノブはそれを避け、弾く。その華麗な動きは、まるで激しい舞のようだ。
「弾だけじゃない! こういうのもある!」
セリオンは氷でレイピアの様な形を作り、シノブを突き刺そうとした。すんでのところで、小さなナイフがそれを受け止める。
「はは、まさか全部当たらないとは! 強いね」
「世辞は結構」
ギリギリ、と鍔迫り合いが続く。
「俺達がどれだけその子を探していたか……。レイアも、よくぞここまで隠し通したものだね」
(レイア……! ルリット殿の母君の名では……!?)
その時、窓の外で犬が吠えた。セリオンはレイピアを手放し、後ろ向きに跳ぶ。
「あちゃあ、見つかったか。これだから金持ちの家は嫌だね」
ドタバタと沢山の足音が部屋に近づいてくる。屋敷の警備が侵入者に気付いたのだ。
セリオンは窓枠に手を掛けた。
「紋章の子はノウス教団のものだ──では、また会おう」
シノブが追い付くよりも早く、セリオンは窓の外へ飛び出した。そのまま闇に溶けるように消えていく。
脅威は去った。シノブはナイフを仕舞う。氷の形のレイピアがじわじわと溶けていく。
ふと、シノブの足に何か小さいものが当たった。
「これは……」
小さな銀のバッチである。セリオンが落としていったのだろう。
三角の台座に、見覚えのある形が掘られていた。ルリットの痣と同じ形だ。
(ノウス教団は、ルリット殿の母君を知っている……?)
シノブはバッチを握り締め、セリオンが消えた闇を見つめていた。
◆◆◆
翌朝。シノブは屋敷の主人にバッチを見せた。主人は少し考え込んで答える。
「このバッチをつけた連中が、スラムに出入りしていると聞いたことがある」
「スラムでござるか……」
「向かうなら気をつけなさい。近頃は一層治安が悪い」
昨晩の事件を何も知らないルリットは、呑気な様子である。
シノブに結ってもらった三つ編みを眺めてはニコニコしていた。
シノブはバッチを摘んで、じっと見つめた。
(拙者達は、ルリット殿の母君に着実に近づいている)
それは確信に近かった。
屋敷を出る。強い風が吹き抜けた。灰色の雲が重く垂れ込めていた。




