5.ルミエールの街にて
ルミエールの街は、ルリットがいた町とは比べ物にならない大都会だった。
美しく大きな建物が立ち並び、数え切れない程の人々が行き交う。街の真ん中には巨大な塔がそびえ立ち、大きな影を落としていた。
「すごい! すごいね、シノブお兄ちゃん!」
ルリットはキョロキョロと落ち着かない。声を弾ませて、あらゆるものに興味津々だ。
シノブはルリットと逸れないよう、しっかりと手を握った。
(ここで母君を探すのは、砂漠からひと粒の砂を探すようなものでござるな……)
しかし、シノブは諦めない。全ては大切なルリットのためだ。
(ルリット殿を母君と会わせることが、今の拙者の使命でござる)
まず、街ゆく人々に声をかけて回った。しかし返ってくる答えは「知らない」「見たことない」ばかり。
高い建物に跳びあがり、街全体のスキャンを試みるが、ルリットの母親らしき人間はいなかった。
「見つからぬな……」
夕暮れの大通り。カラスが鳴いている。並木のマロニエが風に揺れた。
「疲れたねぇ」
「随分歩かせてしまったでござるな。すまぬ、ルリット殿」
実のところ、シノブの内部エネルギーの残量も危うくなっていた。
人探しのためにエネルギーを使いすぎたのだ。赤い目の奥で、警告灯がちらちらと瞬いている。
途方にくれる二人の耳に、男の叫び声が届いた。
「ひったくりだーー!」
ざわめく人混み。
シノブは叫び声がしたあたりを見る。裏路地の方に怪しい男が駆け込んで行った。
「ルリット殿、ここを動かぬよう!」
シノブはひらりと身を翻し、跳躍した。高い屋根の上から怪しい男を追い掛ける。
「待てい、そこの男!」
男は高そうな鞄を小脇に抱え、脱兎の如くひとけのない小路を走り抜ける。
速い。が、シノブはそれを遥かに超えて速い。男を捕まえるなど、赤子の手をひねるようなものだ。
(追い付くのは容易いが──)
壁を蹴って、男に急接近する。
手を伸ばした瞬間、頭の奥で警告音が鳴った。
《禁止行動:人間を害する行為は禁止されています》
シノブはわずかに顔を顰め、手を引っ込めた。娯楽用のロボットが人を攻撃するなど、決して許されない。そんなふうにプログラミングされている。
「ならば鞄を狙えばいい話!」
シノブはもう一度地面を強く蹴り、今度は鞄に手を伸ばした。男は驚いて避けようする。その隙をついて、シノブは鞄だけを器用に奪い取った。
「なっ!?」
「これは返していただくでござる!」
シノブは鞄を抱え、屋根に飛び乗った。
男は鞄に興味を示さず、むしろシノブを注意深く一瞥し、路地裏へ去っていった。
シノブは男の意味深な視線に首を傾げたが、すぐに踵を返した。
◆◆◆
シノブは鞄を手に、ひったくりの被害者の元へ向かう。上等なタキシードを来た恰幅の良い男は、鞄を見つけて嬉しそうな声を上げた。
「おお、良かった! 私の鞄だ!」
「これはお返しするでござる」
シノブが鞄を返すと、男は中身を確認して安心した様子を見せた。側で見守るルリットは嬉しそうに、
「シノブお兄ちゃんが頑張ったんだよ! すごかったの! ぴょんぴょん跳んでた!」
と声を上げる。シノブは照れ臭そうに笑った。
男はシノブの手を握り、強く握手をした。
「本当にありがとう。そうだ! よければ今夜、君たちを招待したい。どうだろうか?」
「なんと! 是非ともお願いしたいでござる!」
シノブはぶんぶんと頷いた。実は手持ちがない。食べ物と寝床にありつけるなら、願ったり叶ったりだ。
自分ひとりならともかく、ルリットを路上で眠らせるわけにはいかない。
男がシノブとルリットを馬車に招き入れる。
その様子を、マロニエの木の影から見つめる影が一つ。先程のひったくり犯である。ひったくり犯は、自身の顔の皮膚を思いきり引っ張る。
ベリッ、と皮膚だったものが剥がれて、別の顔が現れた。
「紋章の子に変な奴が引っ付いてるって報告は聞いていたが……。また随分面白い奴を連れてるな。やれやれ、面倒事は御免なんだが」
そう言いながらも、その顔には笑みが貼り付いていた。




