表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/33

29.出生

 翌日、シノブとルリットはガレオンを訪ねた。

「すまないね、呼び出すようなかたちになってしまった」

 ガレオンは申し訳なさそうに眉を下げた。


 ほとんど家具もなく、妙にこざっぱりとしている。あまりにも物がない。


「まあ、そこにかけなさい」

 上質な革のソファーにシノブとルリットは腰掛けた。対面のソファーに、ガレオンはゆっくりと座る。

「フカフカだね!」

 ルリットはニコニコだ。シノブは緊張していた。今からどんな重大な事が話されるか、気が気でない。


「昨日はありがとう。買ってきてくれたオレンジは、ウィンドリパイにしたよ。オレンジをそのままいれた大雑把なパイだが、街の名物料理なんだ」

 ルリットが座ったままぴょんぴょん跳ねる。

「パイ!? 食べたーい!」

 キラキラしたルリットの瞳。ガレオンは悲しそうに首を振った。

「人様に出せるような出来ではない。残念ながらね」


 海風が庭の木を揺らす。そよぐ木の葉が窓を引っ掻く音が小さく聞こえている。


「ルリット君はね、ガラスのヒビの様な物なんだ」

 突然始まった例え話に、シノブは首を傾げた。


「ヒビ……?」

「時の流れをガラスとしよう。ルリット君はそのガラスにある小さなヒビなんだ。そのヒビに刺激を与えれば、ガラスは崩壊する」

 ガレオンは続ける。

「ヒビを刺激すればガラスは崩壊する。──ルリット君を刺激すれば時間は崩壊する、という意味だよ」


 シノブは信じがたいものを見る目で、ガレオンを見た。


「時間の崩壊……!?」

 シノブの声に、ガレオンは目を瞑った。


「時間の崩壊。それは、すべての時間──過去・現在・未来が渾然一体となる世界。既に死んだ人間とも再会できる場所。それが教団の理想郷なのだ。レイア君がそう言っていた」


 母の名前を聞き、ルリットが目を輝かせる。シノブは絶句した。何故、レイアがそんな事を知っているのだろうか。

「ママの事、聞かせて!」

 ガレオンは頷いた。


「レイア君は、ルリット君に紋章を刻んで欲しいと言ってやってきた。まだ、ルリット君がお腹にいた頃の話だ」

「お腹に?」

 ルリットが不思議そうな顔をする。ガレオンは優しく微笑み、

「君が生まれる少し前の話だよ」

と付け加えた。シノブは真剣に聞いている。


「当時の私は若かった。研究の実験台として、喜んでレイア君を迎え入れたんだ。そして、ルリット君に紋章を刻んだ。ガラスにヒビを作ったのだ」

 ガレオンが少し黙る。シノブが口を開いた。


「レイア殿は……ノウス教団の──」

「信者だったよ。熱心な。だから、子供を理想郷計画に捧げた」


「ささげ?」

 ルリットが尋ねる。ガレオンはあえて答えなかった。シノブは優しくルリットを撫でた。

 ガレオンはルリットをじっと見つめる。


「しかし、ルリット君がここに居るということは……レイア君は教団を抜けて逃げたのだろうね」

「ママが?」

「ああ、君を守るために」


 シノブは顎に手を当てる。レイアはルリットを守るために逃げた。つまり、逃げなければルリットは危険に晒されるという事ではないか。


「ガレオン殿。ガラスのヒビに“刺激”を与えると言ったでござるな」

「ああ」

「刺激──とは。教団はルリット殿に何をするつもりでござるか?」

 ガレオンは少し考えて、首を横に振った。

「すまないね。それは分からない。ただ、あまり好ましくはない事だろう」

 その表情に嘘はなさそうだった。


 風が強くなる。木の枝がコンコンと窓にぶつかった。


「レイア君はルリット君を産み、すぐにここを去った」

 ルリットは足をバタバタとさせた。

「ねえ! ルリットが生まれたとき、ママはどんなだった?」

 期待のこもった眼差しに、ガレオンは優しく微笑んだ。


「──笑っていたよ。幸せそうにね」


「ママ……!」

 ルリットは満面の笑みを浮かべた。シノブも顔を綻ばせる。


 その時、ガタンと隣部屋から物音がした。シノブが立ち上がりかけるが、ガレオンがそれを制止した。


「猫だよ。飼っているんだ」

「左様でござるか」

 ルリットが立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねる。

「猫! 猫ちゃん! ルリット触りたい!」

「ふふ、駄目だよ。怖がりなんだ」

「え〜」


 ガレオンが寂しそうに微笑む。

「さて、私から話せる事はもうなさそうだ。先を急ぐ旅だろう。これ以上引き留めるわけにもいかないね」

「ルリット、おじさまとお別れしたくないなー。いっしょに来たらいいのに!」


 ルリットの無邪気な言葉。ガレオンは愉快そうに笑った。

「それはいい! だが、なかなかままならないものでね。私はここを離れられない。仕事が山積みなんだ」


◆◆◆


 シノブとルリットを見送ったガレオンは、ガチャン、とドアを閉じた。


「ゲホッ……ゲホ……!」


 酷い咳をしながら、よろよろと歩く。


「もういいぞ」


 その言葉を合図に、隣部屋からひとりの男が出てきた。

 男の黒真珠のような目は、心配そうにガレオンを見ていた。


「セリオン。音をたてるなんて、迂闊だな」


 セリオンは真剣な眼差しである。強い風が家を軋ませる。窓ガラスに木の葉と枝が激しくぶつかっている。


「師匠があんな嘘を言うからだよ」

 その言葉に、ガレオンは押し黙った。セリオンは責めるように続ける。

「レイアはあの子を──ルリットを産んだとき……」



「泣いていたじゃないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
どういうことー!レイアなぜそんなことをするんだ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ