28.いなくならないで
「いつの間にか日暮れでござったか」
店から出ると、既に日が傾いていた。あの妙な空間で何時間過ごしたのだろうか。
海鳥が鳴いている。ルリットはそれを指差して数えている。
「やあ、お使いは終わったかな?」
物陰から出てきたガレオン。シノブは、少し不機嫌に、買ってきた物を押し付ける。
「知っていたのであろう。あのような異質な空間がある事を」
ガレオンはシノブから荷物を受け取り、フッと笑った。
「……あらかじめアレを伝えたら、君は取引を断ったんじゃないかね?」
「少なくもルリット殿を連れていくことはなかった」
「それでは無意味だ」
ガレオンは、夕日に背を向ける。
「……危険な目に遭わせてしまったことは謝ろう。無論、君たちだけで脱出不可能と分かれば助けるつもりだったよ」
思いがけず受けた素直な謝罪に、シノブは少しトーンダウンした。ガレオンが続ける。
「だが、アレを根本的に解決するには、ルリット君の紋章の力が必要だったのだ。アレは時の紋章を刻んだ時にできてしまった歪み……」
ルリットは自身の手の甲をじっと見る。続いて、ガレオンを見上げた。ガレオンの髪が風に揺れる。
「ねえ、おじさま。お使いが終わったら教えてくれるんだよね?」
ルリットの言葉に、ガレオンは曖昧に笑う。
「今日はもう遅い。明日、話をしよう」
「本当に? ちゃんと教えてくれるよね?」
ガレオンは膝をつき、ルリットと目線を合わせた。
「約束だとも。今日は帰りなさい。早く」
急かすガレオンに、シノブとルリットは顔を見合わせた。
赤い空、赤い海。海鳥の黒い影。
シノブとルリットが帰っていくのを、ガレオンは見送った。二人の姿が完全に見えなくなったのを確認し、ホッと溜息をつく。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
ガレオンは咄嗟に口を覆った。
手のひらに鮮血。海鳥の鳴き声が耳障りだ。
「……ままならないな」
ガレオンの瞳は揺れていた。
◆◆◆
誰もいない橋の上を、ルリットが走る。大きな石橋だ。海に沈む夕日が美しい。
シノブは先を行くルリットから目を離さない。ふと、ルリットがピタリと止まった。
大きな青い瞳が、夕日に染まる。その瞳が急に潤む。そして、ポロポロと静かに涙を零した。
「ルリット殿……?」
シノブが小走りに側に寄る。ルリットはシノブの足にしがみついた。
「シノブお兄ちゃん……」
「いかがされた」
「……行かないで……! ルリットをおいて、いなくならないで……」
途端、決壊したように泣きだすルリット。
シノブは先程の自身の行動を思い出す。フリとはいえ、自分にナイフを突き立てようとした。ルリットはそれで泣いているのだ。
「どこにもいかぬよ」
「……本当?」
「うむ」
ルリットが鼻をすする。シノブはルリットを抱き上げた。ルリットはシノブの服にしがみついた。
「ルリット殿……かたじけない」
長い影が1つ、ゆっくりと歩いていく。
波の音が心地よく響いていた。




