27.時の歪み
「いらっしゃい!」
店主がまた繰り返す。これで何度目だろうか。ルリットは混乱して泣きだしている。
「シノブお兄ちゃん……!」
シノブの腕の裾をルリットの涙が濡らした。
「大丈夫、必ず出られる方法があるはずでござる」
そういうシノブも、かなり不安だった。周囲のあらゆるデータを解析するが、意味不明な結果しか出てこない。何度データを吟味しても“Error”しか出てこない。
「原因があるはずでござる……何か……」
「うえ〜ん……ぐすっ……」
その時。チカッ、とルリットの手の甲が光った。紋章の光だ。だが、いつもとは違い、点滅している。
「ルリット殿、手を」
シノブがルリットの手を取る。目を凝らして紋章を見るが、何も起こらない。
「光ってるね……」
「うむ」
ルリットはゴシゴシと目をこすった。
シノブは考える。どうにか脱出しなければ。辺りを見回す。
「まるで時間が止まったような──」
時間が止まる。それはルリットの紋章が引き起こす現象と一致する。シノブは閃いた。
「……ルリット殿の力を使えば……!」
ルリットが顔を上げる。シノブは続けた。
「この空間、同じ時を繰り返し続けておる。ルリット殿が持つ力をぶつければ、何かが変わるやも」
「ルリットの力……」
ルリットは紋章をじっと見つめた。
「でも、どうすればいいのかな? いつも勝手に光るから……」
「それは……」
シノブは脳内で、ルリットが紋章を使った時のデータをかき集める。
まず、森で魔物に襲われた時。次に、セリオンに追い詰められた時。そして、クラーケンの触腕が迫った時。
全て、ルリットの感情が酷く揺さぶられるような、危機的な状況だった。
ならば力を発揮させる方法は自ずと定まってくる。危機的な状況を作れば良い。
無論、シノブはルリット自身を危険な目には合わせたくない。と、なると。
「ルリット殿」
シノブは静かな目で語り掛ける。そして、懐からナイフを取り出した。
「シノブお兄ちゃん……?」
「すまぬ」
そう言って、シノブはナイフを自身の方に向けた。見せ付けるようなその動きに、ルリットは釘付けになる。
「嫌……!」
ルリットの声が震える。
シノブの腕が、ナイフを自身の首に刺そうと動いた。
刃が首に刺さろうとした、その瞬間。
「駄目ーーッ!」
ルリットの涙の叫びが響き、紋章が強く輝いた。眩い光が辺り一面を照らす。照らされた物の後ろに真っ黒な影ができる。
シノブの動きがピタリと止まった。ナイフは手から落ち、地面に転がる。
一瞬の後、シノブは目を見開く。
周りの空間が渦を巻くように歪む。秒針がぐるぐると回る。
「いらっしゃ、しゃ──!」
店主の言葉が壊れたレコードの様に途切れ途切れになる。
ゴゴゴ……と低い地鳴りのような音。激しい揺れ。
シノブとルリットは一瞬目を瞑った。そして、目を開けると。
「いらっしゃ〜い。なんにする?」
先程より年老いた店主が、オレンジを手に持っていた。
「え!?」
ルリットが驚いて、店主の周りをぐるぐると回る。店主はルリットの様子に首を傾げた。
「おいおい、あんまりちょこまか動くと商品に当たるだろう。ちょっと、そこの人! ちゃんと手を握っておいてくれ」
シノブは呆然としながらも頷いた。ルリットの手を握る。
「シノブお兄ちゃん! おじさんがおじいちゃんになった!」
店主が呆れたような顔をする。
「冷やかしなら帰りな!」
シノブはぼんやりとする意識を必死に引き戻し、オレンジを指差した。
「オレンジとレモン。それから、オリーブとトマトをいただこう」
ルリットが声を上げる。
「あとリンゴ! リンゴ下さい! 小さいのがいいの!」
店主は店をぐるっと見回して、
「リンゴは入ってないよ、お嬢ちゃん」
と申し訳なさそうに頭を掻いた。




