25.危険な紳士
コンコン、と上品にノックされるドア。シノブはドアに張り付いて、のぞき穴から目を凝らす。
「はっはっは。『ごきげんよう』よりは『おはよう』の方が相応しかったかな? おはよう、旅人たちよ! ウィンドリへようこそ!」
コンコン、コンコン……ノックの音が止まらない。ルリットが心配そうにシノブを見る。
「どうだろう? ひとつ、ここを開けてみると言うのは」
「お断りでござる!」
コンコン……コンコン……
「そう怖がらなくていい。我々の間に、物理的な扉も、心の壁も不要。そうは思わないかね?」
コンコン……コン……
静粛。
「つ、遂に諦めたでござるか……?」
シノブがホッとした、その瞬間。
「弁償はしよう! 失礼!」
ドン! とロビーのドアが爆破された。シノブはドアと一緒に吹き飛ばされたが、空中でくるりと回って着地した。
モクモクと立つ煙を掻き分けるように、その男は現れた。
「けほっ、けほっ……」
ルリットが咳をする。
「すまない。いささか野蛮な登場になってしまったようだ」
ロングコートのホコリを払う男。
音に驚いた宿の主人が飛んでくる。
「ガ、ガレオンさん……!? 酔ってんのか!?」
「いや、今日は素面だとも。それと、この扉はいくらだい? 明日までに振り込んでおくから、金額を教えてくれ」
そこで初めて扉が吹っ飛んでいる事に気付いた宿の主人は、その場に卒倒した。
◆◆◆
宿のロビー。ソファーに腰掛け、シノブとガレオンは向かい合う。ルリットはガレオンが注文したオレンジジュースを美味しそうに飲んでいる。
「すまないね。驚かせてしまったようだ」
丁寧な謝罪。シノブは思わず頭を下げたが、すぐに顔を上げた。
「いや、真に危険極まりない! ルリット殿が怪我をしたらどうするつもりでござる!」
「ほう。ルリットくんというのか」
ガレオンはルリットを見た。そして、その手の甲に浮かぶ紋章を見つめた。
シノブはその目線に気づく。
「もしや……何か知っているのでござるか?」
ガレオンはフッと微笑んだ。
「知っているも何も──」
「この子に紋章を刻んだのは私だよ」
シノブは身を乗り出す。その衝撃でオレンジジュースは激しく波打ち、ルリットが目をぱちくりさせた。
「それはどういう……!?」
シノブを制止し、ガレオンは続ける。
「私は知っている。知っているとも」
「紋章の事も知っている。そして、ルリットくんのお母様の事も知っている。まあ、何年も前の話にはなるがね……」
「なんと!?」
シノブがガレオンにぐっと顔を寄せる。
「近いな」
「お主が言うな! それで、レイア殿の事をご存知とは……!?」
ガレオンはにこりと微笑んだ。嘘くさい笑み。シノブは嫌な予感がした。
「教えない♡」
「は?」
こほん、とガレオンが咳払いをした。
「タダでは教えない、という意味さ」
ルリットはジュースを机に置いた。
「おじさん! どうしたら、教えてくれるの?」
「う〜ん、やっぱり教えてほしいかい?」
ルリットは大きく頷いた。
「うん! ルリットたち、ママを探してるの! 教えて!」
ガレオンは口髭を弄る。
「そうだね。おじさんじゃなくて、おじさまと呼んでくれたら考えよう」
「おじさま!」
ガレオンは腕を組んでウンウンと唸る演技をした。
「はっはっは。……考えたが、やはり教えられないな!」
ルリットはぷくーっとほっぺを膨らませる。
「いじわる!」
シノブは真剣な面持ちでガレオンを見つめる。ガレオンは敵意がないことを示すように、両手をひらひらとさせた。
「なに、取引さ。私の頼みを聞いてくれたら話すよ」
「頼みとは?」
ガレオンはルリットの紋章を見た。ルリットが顔を上げる。二人の目が合う。ガレオンは一瞬真面目な顔をした。
「なに、ちょっとしたお使いさ」




