24.青い海、白い街
広大な河口の彼方、ウィンドリの街。
青空と立ち並ぶ真っ白な建物のコントラストが美しい。無数の船が停泊し、港は人々で賑わっている。
カラフルな露店からは、売り子の元気な声が聞こえてくる。
「宿が無料でござるか!?」
シノブは嬉しい悲鳴を上げた。
シノブに宿への地図を渡しながら、街の役人かニコニコ笑う。
「当然です! あのクラーケンにどれだけ困っていたことか! しばらく街でゆっくりしていって下さい」
ルリットは手をぶんぶん振りながら、シノブがいかに活躍したのか語る。
「シノブお兄ちゃん、すごかったんだよ! くらーけんを、ざくーって切っちゃったの!」
役人はウンウンと頷いた。ふと、何かに気づいたように首を傾げる。
「あれ? 討伐にはもう一人居たと聞いていましたが……?」
「ああ、居たが……」
シノブは顔を顰めた。
「拙者達と奴は完全な他人故、行方など知らぬ!」
「そ、そうですか……」
役人は何かを察したらしく、おとなしく引き下がった。
ふと、男の叫び声が響いた。
「おお、地面が増える! 世界が回る! そうか、時間の歪みが暴れだしたのだな!」
続いてガラスが割れる音。
「何事でござるか……?」
シノブがあたりを見渡すと、ひとりの中年男性がステッキを振り回して怒鳴っている。顔が真っ赤だ。周りに散らばる酒瓶の破片から察するに、酔っぱらいだろう。
役人は誤魔化すように笑う。
「……ああ、あの人は高名な魔法使いなんです」
「あれが……?」
「酒を飲まなきゃ真っ当な紳士なんですよ」
シノブは改めて酔っぱらいを見る。確かに、身なりはきちんとしている。センター分けの茶髪。きれいに整えられた口髭。上質そうなロングコート。
「時の暴走を留めねば……! なんの、私なら酔っていてもできる! できるのだ!」
意味不明な事を喚いているが、その言葉選びには気品が感じられた。
ふと、酔っぱらいがルリットを見た。シノブはルリットを隠すように前に立つ。絡まれるのはごめんだ。ルリットは興味深そうに酔っぱらいを見ている。
「ルリット殿、見てはならぬ」
「どうして?」
「ならぬと言ったらならぬのだ」
シノブが言うなのそうなのだろう、とルリットは頷いた。
一方、酔っぱらいはじっと──顔は背け、目だけでルリットを追っていた。
「あの子は……いや、だが……」
ブツブツと呟くその姿は異様な感じで、彼の周りには誰も近寄ろうとはしなかった。
◆◆◆
その晩、シノブはルリットの髪を梳かしながら、セリオンの言動を分析していた。
ルリットの母、レイアについて何か手がかりになるような事は言っていなかったか……。いくらデータを引っ掻き回しても、該当するものは一つもなかった。
「なかなか上手くいかぬな」
シノブの溜息。ルリットは振り向いた。そして、思い出したように、
「ママは海が好きなんだって。ルリットにお話してくれたの」
と笑った。
「海が青色で、お家はみんな真っ白な街が好きなの。ここがその街なのかな?」
シノブの手がピタリと止まった。桃色の髪が、シノブの手のひらからひと束落ちた。
「ルリット殿、その話をもっと詳しく……!」
ルリットは首をひねる。
「ううん、ママ、それだけしか言わなかったから……」
夜は更けていく。すやすやと眠るルリットを見つめ、シノブは呟く。
「青い海……白い街……」
それは明らかにこの街を示しているように思えた。ルリットの穏やかな寝顔にシノブはフッと微笑む。
そして、静かにロウソクを吹き消し、スリープモードに入った。
◆◆◆
翌朝。宿のロビー。
「ルリット殿、準備はよろしいか?」
「うん! ママを探しに行こう!」
二人は目を合わせて頷いた。
「まずは聞き込みから……」
シノブがドアを開けると、そこに一人の男が立っていた。凄まじい程の至近距離で。あの酔っぱらいの男であった。
「ヒッ……」
シノブは思わず声を漏らす。無い心臓が早鐘を打つ。
「やあ、ごきげんよ……」
ガチャン、とシノブはドアを閉めた。




