23.沈む触腕
「いい案?」
シノブは訝しげにセリオンを見た。
「しかしお主の言うことは──」
言いかけたところ、シノブたちに触腕が叩きつけられる。二人は咄嗟に躱す。ぶつかった場所には大きな穴ができた。木片が飛び散る。
「状況見ろよ! 悩んでる暇はないぞ!」
「……致しかたない! 任せた!」
シノブの言葉に、セリオンは小さく頷いた。
「クラーケンの注意を引いてくれ!」
シノブは触腕の上を飛ぶように走り、クラーケンの目の前に飛び出す。クラーケンの触腕がシノブを追いかけ始めた。
セリオンは走りながら指示を出す。
「シノブ! 合図を出したら俺のところに!」
「あい分かった!」
シノブはクラーケンの触腕を避け続ける。クラーケンはシノブに釘付けだ。船を揺らしなが夢中でシノブを捕まえようとする。
その時、セリオンが叫んだ。
「こっちだ!」
シノブは反射的にセリオンの方に跳んだ。そして、目を見開いた。
セリオンが立っていたのは、ルリットを隠した物陰の側だった。ルリットは驚いてシノブを見つめている。
「な……!」
何本もの触腕がシノブに殺到している。このままでは、触腕とルリットが正面衝突する。
「ルリット殿、逃げるのだ!」
不可能だ。触腕の方が遥かに早い。
ルリットは両手を握りしめ、その場にうずくまる。きつく目を瞑った。
「さあ、紋章の力を見せてくれ……!」
セリオンは小さく呟く。
瞬間。眩い光がルリットの手の甲から放たれる。波が光を反射してキラキラと輝いた。
光を受け、クラーケンの動きがピタリと止まった。
「貰った!」
セリオンは小さく呪文を呟いた。クラーケンの表皮が凍る。その全身が霜で白く染まった。
シノブはそれに気づき、忌々しそうな表情で再び飛ぶ。
そして、クラーケンを縦に一刀両断。今度は間違いなく切った感触があった。
クラーケンは大きく触腕をうねらせる。そして、ブクブクと海の中に沈んでいった。
シノブはクラーケンを見届けたあと、ルリットの近くに飛ぶように走った。
「ルリット殿!」
ルリットに怪我はない。ただ、余程恐ろしかったらしくシノブに縋りついた。
「セリオン、お主──!」
シノブは大股に歩き、セリオンの胸ぐらをつかんだ。
セリオンはニヤリと笑う。
「ルリットの紋章、俺の魔法、君の斬撃。結果は完璧。そうだろ?」
「言わせておけば!」
二人の間に火花が散る。
「もし力が出なければ、助けるつもりだったさ」
セリオンはルリットににこりと笑いかける。ルリットは怯えた。
「そもそも危険な目に合わせるなど!」
シノブが怒鳴る。周りの水夫達は二人のやり取りを遠目に眺めている。
「それを言うなら、あの時引き返して船着き場に置いていけばよかった。そうだろう?」
「それは……!」
淡々としたセリオンの口振り。シノブは否定できずに口ごもり、手を放した。
沈黙。セリオンは静けさに耐え兼ね、ばつが悪そうに口を開く。
「怖がらせたのは悪かった。それは認めよう」
ルリットが顔を上げる。
「大丈夫だったもん……! ルリット、怖くなかった……!」
精一杯の強がり。セリオンはルリットの方に目をやり、少し申し訳なさそうな顔をした。
シノブも少し落ち着いたらしく、小さなため息をついた。
「次からは、もう少し相談してくれぬか」
セリオンは、ふふ、と笑った。
「次があるのか?」
シノブはカッと目を開く。
「ない!」
◆◆◆
通常運航に戻った定期船。シノブとルリットが乗る便を見送りながら、セリオンは海風に吹かれていた。
流石に同じ便に乗るほど無神経ではない。
胸元から1枚の紙を取り出す。電報が印刷された紙である。
『ガレオン、キトク』
『差出人 ガレオン』
それだけである。セリオンは紙を見つめ、再び胸元にしまった。
「自分の危篤を自分で出すくらいだし、まだまだ元気だとは思うんだが……」
セリオンは河口の向こうを見つめ、小さく呟いた。
「師匠……」




