22.水底より出づる
「ははは! いやぁ、傑作だったね、さっきの君の顔!」
クラーケンの討伐船を前に、セリオンは腹を抱えて笑った。シノブは木箱に腰掛けて、無言でナイフを磨く。
「つれないな。君もそう思うだろ、ルリット」
問いかけるセリオン。ルリットはシノブの側でセリオンをキッと睨んだ。しかし、その迫力は猫の威嚇にも劣る。
「ルリット殿、拙者は早急にクラーケンを倒して帰るゆえ、ここで待っておるのだぞ」
ルリットはコクンと頷いた。そして、セリオンをチラッと見てシノブに耳打ちする。
「悪い人もやっつける?」
シノブは曖昧に微笑んだ。
「どうでござるかなァ……」
「全部聞こえてるぞ」
セリオンの言葉に、シノブは
「幻聴でござろう。悪化する前に医者にかかるのをオススメするでござる」
と突き放す。そして、ぷいっとそっぽを向き、淡々とナイフを磨いた。
「出るぞ! 乗り込めー!」
船の上から声が掛かる。
「行くか」
「うむ」
シノブが立ち上がったとき、無数の足音がバタバタと近づいてきた。それは、船着き場で足止めを食らっている客たちだった。
「気をつけて!」
「必ずクラーケンを倒してくれ!」
人混みに押し流されるように、セリオンとシノブは船に乗り込む。船が出ようという、その瞬間。
「きゃっ!」
誰かが意図せず、ルリットを押し出してしまった。ルリットはバランスを崩し、その勢いで船の中に乗り込んでしまう。
船は動き出し、船着き場から離れていく。
「ルリット殿! 無事でござるか!?」
幸い怪我はなさそうである。セリオンは黒い目を二人に向けた。
「今からでも引き返して貰うかい? 子供ちゃんには危険な船旅だ」
「そうでござるな……」
水夫に声を掛けようとしたシノブの手を、ルリットが強く引いた。
「大丈夫だもん! 私もくらーけん? と戦う!」
ルリットは至極真剣な表情だ。
「それに、悪い人と一緒は危ないから……。ルリットも一緒にいる……! シノブお兄ちゃんを守るの!」
「ルリット殿……」
シノブは膝をつき、ルリットを宥める。セリオンはわざとらしく溜め息をついた。
「足手まといにはならないでおくれよ」
「ならないもん!」
ルリットがキャンキャンと吠えた。
◆◆◆
船はスイスイと水の上を滑る。風が吹き抜け、甲板で水面を眺めるシノブとルリットの髪を揺らした。
「お魚さん、いるかな?」
「よく目を凝らせば見えるやもしれぬな」
「うーん……」
ルリットは水面を真剣に見つめる。シノブはルリットが落ちないようにしっかりと支えた。
「あ、みてみて!」
ルリットが水面を指差す。ちいさな渦ができている。
白い海鳥が鳴きわめき、船の周りに集まり始めた。
「あれは一体……?」
シノブもちいさな渦を見つめる。渦はじわりじわりと大きくなる。
「出たぞー!」
水夫の声が響き、帆桁につかまっていた海鳥達がいっせいに飛び立った。
危険を察知したシノブは、ルリットを抱きかかえて甲板から離れる。
渦は大きなくぼみのようになり、船を取り囲んだ。黒い影が水底から湧き上がってきた。
船と同じか、それ以上に大きい。
「来たな」
セリオンは甲板の上に出てきて、手のひらに冷気を纏わせた。
グラッとひときわ大きく船が揺れる。
ベタン、と何か大きな物が甲板に乗った。それはクラーケンの触腕だった。そして、ぬらぬらと光る巨体が、船を覗くように現れた。
強烈な潮の匂いがあたりに漂う。
シノブはルリットを抱え、船の物陰に隠れさせた。
そして、ナイフを構えて甲板に出る。
「参る!」
高く跳躍して、ナイフを突き立てようとする。だが──。
ヌルッ……とナイフはクラーケンの表皮を滑っただけ。全く切れない。
シノブは後ろに飛び、帆桁に着地した。
セリオンが叫ぶ。
「おい! まさか魔物も殺せないってワケか!?」
シノブは帆柱を支えに立ち上がり叫び返す。
「斬れる! だが表皮で刃が滑るのでござる!」
「なるほどな……」
右に左に船が揺れる。クラーケンが船に巻き付いて揺さぶっているのだ。シノブは帆桁から飛んで、セリオンの隣に着地した。
「お主の氷の手品で凍らせればよかろう!」
「アイツの体の芯まで凍らせるのは不可能だ」
セリオンは少し考え、シノブのナイフを指差した。
「表皮を凍らせれば切れるか?」
「可能性はあるでござるな」
セリオンは構え、何かを呟こうとした。瞬間、船が大きく揺れる。
ぐらついたセリオンの腕を、シノブが咄嗟に掴んだ。
「クソッ、一瞬でも止まってくれれば……。いや、そうだ……」
セリオンはルリットをチラッと見た。
「いい案がある。乗ってくれるだろう、シノブ?」




